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3.新月の夜

 着替えてから向かった公園では、作業ツナギを着たおじさんが黄色いテープのリボン結びをしげしげと眺めていた。まだ何人かの子供たちが遊んでいるけれど、知らない大人がいるジャングルジムに近づく子はいない。


「『(ライ)』さん」


 昨夜聞いた屋号で呼びかければ、胡乱な目がこちらを向いた。


「確かに切れたのに。弱いながらもまだ効力が切れてねぇ」

「お手のものだと言ったじゃない。私の名前は『結』よ。昨日も言ったけど」


 片眉を上げて、観察するような視線をしばし向けてから、おじさんは一息つく。長めの前髪をうっとうしそうにかき上げると、落ち着いたこげ茶の瞳が見えた。無精な髭が無ければおじさんと呼ぶのは可哀想かもしれないけれど、已桐(みきり)の当主よりは確実に上だろう。

 余談だが、魑魅魍魎と対峙するときに、祓うだけではなく交渉材料にと髪や爪を伸ばしている祓い人は多い。が……


(この人はただの不精に見えるなぁ)


祓具(ふつぐ)師として、より効果を乗せられる名前を付けられたのか。月影は安泰だな」


 どこか刺々しい言葉に私はにこりと笑う。


「両親は私を祓具師にする気はないですよ。名前は已桐がつけたものですし」

「本家が? そんなに両家は近かったか?」

「近かった過去はありますよ」


 おじさんは眉を寄せたまま口を閉じ、しばらくしてから頭をひとつ振った。

 あら残念。まだ疑問は残っているでしょうに、嫌な予感でもしたのかしら。

 私は笑んだまま黄色いテープを取り出した。無地のものだが、おじさんが張ったらしい立ち入り禁止のテープと並べて張れば、()()()()()()()と認知されるはず。


「どうぞ。先に張ったテープの四隅に絡めてもう一度張ってください。終わったら私が()()ますので」


 『結ぶ』というのは言葉の綾だ。先の術式と後の術式を繋げて馴染ませる。感覚的にはそういうことをする。

 何か言いたげな目をしながら、おじさんは黙って言われた通りの作業をした。私は仕上げにと両方のテープに触れて口の中でいくつかの言葉を転がす。それでおしまいだ。

 新たな結界を確認したおじさんは再び胡乱な目を向けてくる。


「祓具師にする気が無いだぁ? 嘘だろ。それとも、祓い人にするつもりなのか?」

「だったら、おじさんに頼まなくてもいいんですけど」


 ちっ、と舌打ちの音が響く。


「……絶対おとなしくしてろよ? 面倒はごめんだぞ」

「はい」


 殊勝な返事にも疑わしそうな視線を向けられたけど、私だってみすみすチャンスを逃す真似をしたくない。これは本心だ。

 明るいうちにする準備はこれで万端。私は塾へと向かい、おじさんはジャングルジムに上りたそうに視線を向ける子供を威嚇するようにして追い払っていた。


 *


 塾から戻れば両親が慌ただしく支度をしていた。

 新月の晩、幼い頃は母が残っていたけれど、今は二人とも本家で夜明けまで詰めている。


「結ちゃん、お帰りなさい。私たちはこれから出るけど、何かあったらすぐ連絡を頂戴」

「うん。わかってる」


 後ろ髪引かれるように少しだけ振り返った両親に笑って手を振る。ドアが閉まって彼らの足音が遠ざかってから自室へと向かった。

 クローゼットの片隅から準備しておいた荷物を取り出し、シャワーにも入っておく。影穢(かげえ)が下りてくるのはだいたい丑三つ時なので、用意されている夕食を食べた後は仮眠をとった。


 午前一時半ころ。

 Tシャツにジャージ、その上にパーカーを羽織って児童公園へと赴く。髪は低めのポニーテールにして、万が一の時にも邪魔にならないようにしておいた。

 雷さんはジャングルジムの上に立っていた。

 前髪をハーフアップにして、ツナギの上からベルトで吊った日本刀に手を添えている。

 闇の中、街灯の照り返しを受けて姿勢よく空を睨む姿は、不覚にもかっこいいと思えるものだった。


「……こんばんは」


 集中を乱すだろうかと控えめに声を掛ければ、彼は空から私へと視線を移す。


「中に入らなきゃどこで見ててもいいが、ちょろちょろすんな……その荷物なんだ?」


 見学に不釣り合いなトランクケースを彼は指差した。


「護身用です。こちらのことは気にしなくていいようにと」


 トランクを開けて、中の弓を取り出す。

 モンゴル弓とかトルコ弓とかいうもので、和弓よりだいぶ小さいけれど飛距離も威力も申し分ない。その場で弦を張り始めれば、呆れた声が降ってくる。


「……あんたさぁ……」


 続く言葉は飲み込まれ、頭を振ると彼はまた空へと顔を向ける。


「……無駄に手を出さないでくれよ」

「わかってます」


 何事も無ければ見るだけだ。本当に、今回は。

 手早く弦を張り終え、ジャングルジムから少し離れる。彼の動きが良く見えるように。

 しばらくして、公園の街灯がちかちかと瞬いた。光量が半分くらいに落ちたと思うと同時に空に線が走った。誰かが良く切れるナイフでスッと線を引いたかのように。

 星の光も切り裂いた闇色の線は、その奥から湧き出す影に歪んでいく。

 雷さんは腰を落として鞘を握り、柄に手をかけた。

 鯉口を切る軽やかな音に、湧き出た影が震えたような気がした。

 

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