第六話 髪色ピンク令嬢、覚醒する!逆ハーレムも二人目確保?
「こりゃ驚いた。お前、アリシア・グレイか?」
シリウス王子を待っていたら、ジョシュア・ゲートガードがきた。背筋がピンと伸びた騎士らしい筋肉質な体。銀髪に濃い緑の瞳。整った顔立ち。ジョシュアはどこかの国の王子だといっても納得できるような外見をしている。中身はクソだけどね。
貴族学園のときの同級だが、常に私を敵視してくる。王宮の採用試験の成績で私に負けたのがくやしいらしい。私は首席でジョシュアは次席、つまり二位だ。ちなみに王立学園の成績も私がトップだった。
つまり、ジョシュアは私に出会ってからというもの、一位をとったことがないのだ。
王宮に就職後、私は騎士団の事務局に配属されたが、同じ騎士団に騎士として配属されたジョシュアは、色々な手を使って私を貶めようとした。
ジョシュアは公爵家の権力も使って、私の勤務評価を書類上は実力不足、能力不足とすることに成功した。騎士団の事務局も公爵家とは争いたくないからね。
それで、とうとう私は騎士団から追放処分になったというわけだ。3ヶ月で私は騎士団を追放され、ジョシュアは順調に出世。今は小隊長になり、将来は騎士団長が確約されていると噂されている。
そういうのを聞くとちょっと悔しい。学生のうちは実力だけを評価してもらえたけれど、社会に出れば実力より家柄なのだ。
「へえ、芋臭いメガネ女だったのにな。ちょっとは見れるようになったじゃないか」
近くにきて、いやらしい目でジロジロみてくるジョシュアがうざい。それにしても、よく私だって分かったな。毎日一緒にいるシリウス殿下だって私だと分からなかったのにね。観察眼のあるゲス野郎なのか?
そんなことを考えているとジョシュアがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、私の肩に腕を回そうとしてきた。その腕をサッと避ける。途端にジョシュアの顔が怒りで赤くなる。
「くそっ、なに避けてるんだ、この女」
ジョシュア君、すまない。なにせ国境近くの辺境生まれ、辺境育ちなもんでね。語学が3ヶ国語ほど話せるのも普通だし、体術や剣術を身につけているのも普通のことなのだ。サバイバルしないといけないからね?
「お前だけは絶対に許さん!」
ジョシュアがそう叫びながら私の腕を掴もうとしたとき、私を後ろ手にかばうように割り込んできた奴がいた。素敵、どこの王子様かしら?あ、ウチの王子様でした。
「アリシア、待たせたな」
シリウス殿下がきた。今回は私の名前を間違っていない。
「これはこれは、シリウス殿下ではありませんか」
ちょっと馬鹿にした笑いを浮かべながら、芝居がかった挨拶をするジョシュア。ジョシュアは公爵家嫡男で、優先度は低いけれど王位継承権を持っている。
そのため、シリウス殿下が変人だし、弟王子たちはまだ幼いと表向きの理由をつけて、ジョシュアを次代の王にと押す勢力があるのだ。
最初は小さな勢力だったが公爵家が本気を出し始めたことから、ジョシュアを押す貴族はそれなりの数になってきている。まだまだジョシュアが次代の王になるには足りないけれどね。
そんなこともあって、ジョシュアはシリウス殿下にへりくだった態度をとらない。へりくだったら負けとか思っているのだろう。
「ジョシュアか、久しいな。ところで、私の補佐官になにか用か?」
いつの間にか殿下の補佐官になっていた私。
「私はただ、騎士団から放り出された無能と偶然にも出くわしたので、近況でも聞こうかと声をかけただけですよ」
「アリシアは王立学園でも王宮試験でも、君を退けて首席だったはずだが?3ヶ国語に堪能で、先程の動きを見るに武術の心得まであるようだ。多才だな。俺の補佐官殿は」
「くっ……」
ジョシュアが悔しそうな顔をしている。どれほど私のほうが成績がよかったとしても、男爵家である限り公爵家の嫡男様に成績マウントはとれない。だからシリウス殿下がハッキリと指摘してくれてスッキリした。
私がスッキリした分、ジョシュアの顔は歪む。
「変人と無能のコンビとはね。こんなのが次代の王とは聞いて呆れる。もう王位継承権を返上したらどうですか」
ジョシュアのあまりの言い草に、シリウス殿下も顔を青くして固まっている。シリウス殿下も有力貴族家の一員であるジョシュアと事を荒立てたくはないはずだ。
それを知っていて、あえて失礼な物言いをして問題を起こそうとしてくるジョシュアに、激しい怒りを感じた。
確かにシリウス殿下は私の名前を毎回のように間違えるし、初対面で黄緑色の液体をぶちまけてくるような変人だ。だけど、彼には国への殿下なりの愛情がある。不器用だけど悪い人ではないのだ。
そんなシリウス殿下のことを、これほど蔑まれるのは我慢できない。怒りが体をうねるように暴走し、そして何かが私の頭の中で砕け散った。
――パキン!
「痛っ!」
なにかが割れる音と同時に強い頭痛が襲いかかる。その頭痛は一瞬で消え去ると共に、私の中の怒りが収まり、急速に冷静さを取り戻した。
なんだこれ。自分への絶対的な信頼感。あふれる自信。世界のすべてが自分のものだと感じた。こんな気分になったのは初めてだ。もしかして、これが髪色ピンク・パワー?
シリウス殿下がジョシュアに何か言おうとしているのを、身振りでそっと止める。そして、お任せくださいとばかりにうなずいておく。そして私は温和な笑顔を浮かべてジョシュアに近づいた。
さあアリシア、頑張るのよ!某公爵夫人が言っていたのを思い出して!愛よ、愛!ジョシュアを愛する必要はないの。ただ愛で一瞬包んであげればいいのよ。
「まあ!ジョシュアって鍛えてるのね。さすが騎士様!」
「な、なんだ、お前。急に俺のことを名前呼びしやがって……」
ジョシュアはなぜか慌てている。すかさず側に寄って彼の腕に自分の手をそえてみる。某公爵夫人の真似っこだ。ジョシュアは触れられて、一瞬ピクッとしたが拒絶はしなかった。それどころか、されるがままになっている。
味をしめた私はさらに距離を詰め、ジョシュアの腕にぶらさがるように寄りかかってみた。そのとたん、不思議なことに、ジョシュアの心が私の中に流れ込んできた。
「んっ、なにこれ……」
――父上は私より弟のほうが後継者にふさわしいと思っている。
――母上が弟ばかり可愛がって悲しい。
――弟が優秀でいつも引け目を感じる。
――騎士にはなったものの自分に剣の才能などない。
――もう無理だ、私の無能はそのうちにバレる、きっと父上に捨てられる!
傲慢でなにもかも持っているように見えたジョシュア。でも違った。こいつは、苦しんでいる。だからといってシリウス殿下を侮辱した罪はなくならないけどね!
「ねえ、ジョシュア。あなた、立派な公爵様になるわ」
「なんなんだ、おまえ……」
ジョシュアの顔が少し赤くなる。今回は怒りで赤くなったんじゃない。視線を私へと向けない。これは……効いてる?
「だって、すごく真剣に剣の練習もしてるし、勉強も頑張っているじゃない?私は知ってるの」
ジョシュアが勢いよく私の顔を見た。その目には私の言葉を信じたいという思いが確かに宿っていた。でもそれは一瞬のことで、ハッとしたような表情で、ジョシュアは私の手を腕からはずした。予想外にとても紳士的な優しさで。
「離せ……お前になにが分かる」
そういうとジョシュアは踵を返して去っていったのだった。
+ + +
ジョシュアが足早に立ち去る姿を殿下と二人で見送った。
「殿下、ご覧になりましたか?」
「あ、ああ……。途中から君が、まるで別人のようだった」
私は殿下が貶められているのを見て怒りを感じているうちに自分の中でなにかが割れる音がして、それから自分が変わってしまったのだと説明した。私が今、体験したことが髪色ピンクな令嬢の能力なのかもしれないとも伝えた。
「アリリア、私を助けようとしてくれたんだな。感謝する」
「アリシアですが、どういたしまして。ところでこの能力は訓練すると、もっとパワーが増すように思います」
殿下も喜んでくれると思っていたのに、そうはならなかった。
「――アリシア、ピンク髪の令嬢を敵国に送り込む計画は取りやめだ」
「え?逆ハーレムはどうするんですか?と言ってもまだメンバーはシリウス殿下だけなんですが……」
「……近い内に二人目が押しかけてきそうじゃないか」
殿下がめずらしく、しかめっ面をしてブツブツ言っている。その横顔は相変わらず美男子だ。自分より美人な殿下の隣を歩くのは、かなりのプレッシャーだなと思っていると殿下が急に立ち止まった。
そして何も言わずに私の方へと腕を差し出してきた。もしかして、これってエスコートしてくれるってこと?殿下はそっぽを向いていて顔色が読めない。
私は目覚めたばかりの能力を使わないようにしながら、そっと手を殿下の腕においた。私の能力を使えば、殿下のことをすべて一瞬で知ることができるだろう。でもなぜか、そうはしたくなかったのだ。
殿下のことを一気に知ってしまうのは、もったいない。そう思ってしまった。
少しづつ、殿下のことを知っていきたい。そんな自分の気持ちに少し戸惑いながら、殿下と二人で歩き始めた。
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしかったら星評価をお願いします。




