第五話 真面目ピンク髪女子、変身する
「君は特定災害としての自覚がなさすぎる!」
教壇に立つシリウス殿下が、背後の黒板を片手でバンバン叩きながら真剣な表情で言う。
殿下の執務室に急遽黒板などを運び込んで始まった『特定災害教室』では、不出来な私のために特別授業が開催されていた。先生はもちろんシリウス殿下だ。
「まずは逆ハーレムだ。これを作らなければ話にならない」
国を滅ぼしかけたピンク髪たちは、常に信者のような男たちを複数人侍らせていたという。
「でもシリウス殿下、私のハーレム要員はまだ殿下だけなんです……」
クワッと目を見開く殿下。そんなに驚かなくても……。
だいたい、このピンク髪とはいえ文官らしく地味に結い上げた髪、分厚いメガネ、無料支給の文官の制服。今の私に魅力的な要素などひとつもない。
だけど、このままだと特別手当はもらえないよね。ハーレムを作る努力は見せておかないといけない。でもなあ、ハーレムをつくる努力なんて、なにをしていいのやら……。
手っ取り早く努力しているように見せかけたい。――それなら買い物に行くのはどうだろうか。新しい服や装飾品が逆ハーレム活動に必要だと強く言い張れば通るとおもう。
でも買い物に行くのは苦手なんだよなー。なにを着ても似合わないし、どう着飾ればいいのかも分からない。いや、そんな弱気でどうする。弟たちの学資を稼ぐのだと思えば、なんだってできる!そう、私はできる!なんだって!
「シリウス殿下、あの、実は欲しいものがあるのです……」
シリウス殿下は一瞬驚いたような表情をしたあと、にやりと笑った。
「ほぉ、おねだりか。特定災害らしくなってきたじゃないか。さっそく俺の特別授業の成果がでてきたな」
さて、殿下の言う通り、本当に特別授業の効果が出ているか試してみようじゃないの。
「ショッピングに付き合ってくださいます?」
+ + +
「はぁ……買い物がこれほどまでに大変だったとは……」
そう言いながらドサッと執務室のソファに倒れ込むのはシリウス殿下。そんな殿下を見て笑っているのは殿下の叔母ブリジット・パーシィ公爵夫人だ。
「シリウス、今日は荷物持ち、ご苦労だったわね。私もアリシアも助かったわぁ」
ブリジット様に買い物の付き添いを頼んだのは、流行やファッションに無関心な私だけでは心もとなかったからだ。お願いしたところ、ブリジッド様は大喜びで来てくれた。大勢になると目立つので今日はイケメン軍団はお留守番らしい。
ピンク髪令嬢の研究をしていて思ったのだけれど、私はどうもなんでも一人でやりすぎる。もっと周囲に助けを求めてもいいのだと気がついた。そこでさっそくブリジット様を頼ってみたのだ。甥っ子の仕事絡みだし、頼っても失礼にはならないよね。
「でも王子を荷物持ちに使うなんて、さすがアリシアちゃんだわ!ピンクなだけありますわね」
ピンクが褒め言葉になっている。
調査では、髪色ピンク令嬢の前には身分の上下などない。皆、等しく下僕。平等の権化なのだ。上司であり王子でもあるシリウス殿下を、下っ端として自然に使いこなせなければ特定災害にはなれない。
「さっそく買ってきた服を着てみましょう。お化粧もするわよ!シリウス、あなたはどこかでお茶でも飲んで待っていなさい」
「俺の扱いがひどくないですか?いえ、なんでもありません。どこかで時間を潰してきますよ……」
シリウス殿下がブリジット様の片手の一振りで追い払われたあと、侍女さんたちが登場した。ブリジット様は自邸から何人もの侍女さんを連れてきていた。
「こちらがメイク担当の侍女、リーシャとマリアンよ。二人とも流行りのメイクが得意なの」
リーシャとマリアンと呼ばれた二人を見ると確かにオシャレで今どきな感じに見える。元々の顔立ちもいいんだろうけど、それだけじゃない垢抜けたものがある。
「――ブリジット様、メガネは外さないとダメでしょうか?」
若い令嬢はメガネを嫌がって、瞳に直接つける魔導レンズをつけている人が多い。私も一度試してみたけど、どうも目がゴロゴロして慣れることができなかった。それ以来、魔導レンズを試したことはない。
シュンとうなだれた私の姿が面白かったのだろうか、ブリジット様がクスクス笑っている。
「そんな情けない顔をしないでちょうだい。特別ボーナスのことを考えるのよ!自然と笑顔になるでしょう?」
「あ……確かに」
特別ボーナスのことを頭に浮かべた途端、私の顔がゆるんだのを実感する。
さすがブリジット様だ。髪は金髪だけど中身はピンク髪なブリジット様を甘く見てはならない。言うことがいちいち実践的だ。これからは隠れて師匠と呼ばせてもらおう。
「実はね、あなたのために腕のいい魔道具師に魔導レンズをつくらせてあるの。試してみない?どうしても合わなければメガネのままでいいじゃない」
ブリジット様にそういわれて断ることはできない。魔導レンズを試してみることになった。
数時間後、鏡の前で驚きのあまり固まる私がいた。鏡の中の見知らぬ令嬢も、私と同じように固まっている。
「えっと、誰?」
「もう、アリシアって馬鹿ねぇ」
ブリジット様は単なる冗談だと思っているらしいけど、私は本気で言っている。本当に、この鏡に写った令嬢はどこのどなた?
ツヤツヤのピンク髪はふんわりと緩めに結われている。おくれ毛が少し出ているあたりがトレンドなのだろうか。メイクでは目の周りに少しキラキラする粉がつけられている。全体的に色味を抑えた柔らかい印象のスタイルだ。
普通に微笑むと上品なんだけど、ちょっと皮肉っぽく笑うと小悪魔感が出る。なにこれ!顔の表情まで計算してメイクしてるの?
「アリシア様は少々いじわるな表情に魅力がございますので、そこが映えるように盛ってみました」
メイクをしてくれた侍女のリーシャが少し得意そうに説明してくれる。その横で侍女のマリアンもウンウンとうなずいているが満足そうだ。メイクってすごいんだな。私の思ってたメイクの域を脱してるよ。
侍女のリーシャとマリアンの腕の良さを実感しているところへ、シリウス殿下が戻ってきた。殿下はいつになく真面目な顔で私に話しかけてきた。
「えっと、誰?」
おい!殿下のくせに冗談はよせ。そのセリフは私がすでに使用済みだ。あれ?殿下の表情からして本当に気がついていなさそう。そんな甥っ子を見て、ブリジット様はあきれたように言う。
「もう、シリウスって馬鹿ねぇ」
ブリジット様が私に言った馬鹿とシリウス殿下に言った馬鹿とでは意味が違う気がする。シリウス殿下はブリジット様の反応から、ようやく目の前の令嬢が自分の部下、つまり私だと気がついたようだ。
「え、え、ええええ!?これもピンク髪の能力なのかっ!?変身能力まであるとは……」
私の能力ではなく、侍女のリーシャとマリアンのメイクの能力のせいです。でも、これは一応、変人王子なりに褒めてるんだよね、きっと。殿下を驚かせて気分も良くなったところで特定災害としての訓練を積んでみよう。
私のような凡人には努力あるのみだ。
「シリウス殿下、エスコートをお願いしても?遊びに行きたいんですの」
ニコッと微笑みながらエスコートをお願いすると、殿下は分かりやすくドギマギして、二歩ほど後ろへ後退した。口を開けたり閉じたりしているので、私が変身した衝撃からまだ抜けきれていないようだ。
名義のみとはいえ、ハーレム要員にイエス以外の答えを許してはならない。
「では、私、先に玄関口でお待ちしておりますわ。早くいらしてくださいね」
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シリウス殿下に衝撃から立ち直る時間を与えてあげたくて、先に来てしまったけれど、どうやら一緒に行動したほうが良かったようだ。
「こりゃ驚いた。お前、アリシア・グレイか?」
シリウス王子を待っていたら、ジョシュア・ゲートガードがきた。私を騎士団から追放した憎いやつ。試験で一位になれなかったから私を恨んでいるらしい器の小さい公爵家の嫡男様が馴れ馴れしく話しかけてきた。
キモっ。