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第九話:記されし魔の型

 リィナが買い出しに出た朝、真也は一人で魔道ギルドの実技講義室へと足を運んでいた。

 建物の中には、既に数人の生徒が並び、講師の到着を待っていた。

 いくつかの浮遊灯が、蒼白い光を静かに落としていた。


「お、来たな新人。こっち来て席取っとけ。」


 声をかけてきたのは、ギルドの講師ゼクス。

 筋肉質な体躯に白衣を羽織り、手には分厚い板状の魔導タブレットを持っている。


「今日の講習内容は――魔法陣、だ。」


 そう言ってゼクスは、教室前方に設置された光板へと指を滑らせる。

 直後、空中に淡く輝く三つの円陣が展開された。


「お前たちが今後、魔法を用いるにあたって最も基本となる“型”だ。今日は火・水・光の三属性、F等級の魔法を三つずつ、計九個の魔法陣を扱う。――ああ、そうだ。今日は魔道筆は使わずに普通の筆を使うから、昨日みたいなアシストは無いと思えよ。」


 ざわめきが広がる中、真也は座席でごくりと息をのんだ。


 火:《焔迅弾(フレアシュトス)》《火花閃(フンクンシュタウプ)》《微熱誘爆(ヒーツブリッツ)

 水:《癒潮環(リントローフ)》《清滴浄化(クラールヴァッサ)》《水幕防御(ヴァッサヴァント)

 光:《光粒照明(リヒトケーゲル)》《祝癒光ヒーリッヒシュトラール》《閃光衝撃(ブリッツシュトース)


 講師の指示に従い、生徒たちは各自に配布された模造紙に、それぞれの魔法陣を筆記していく。

 図形は属性ごとに一定の傾向こそあるものの、円環・螺旋・接続符・転写紋などの構成は複雑で、単なる模写では済まない。


(クソッ……。線が一本ずれるだけで“死に陣”になるなんて……!)


 真也は焦っていた。線の太さ、刻印の角度、符号の配置位置……どれも厳密に定められており、わずかなズレでも魔法が発動しなくなる。

 ほんのわずかの慣れた生徒たちは、ぎこちないながらも筆を走らせていくものの、真也の紙は既に数枚目。

 焦りばかりが募っていく。


「おい新人、そこの外円はもう少し綺麗に書け。円が閉じてないぞ。」


 ゼクスの声が真也に向かって飛ぶ。

 慌てて修正を入れようとするも、誤魔化しが利く構造ではない。


(どうしてこんなに……覚えられないんだ。)


 火属性の魔法陣は勢いのある線が多く、攻撃性を強調した構造をしている。

 対して水属性は柔らかな曲線と点を中心とした安定性重視の形状。光属性に至っては、精密な幾何学模様と繊細な光量調整符が散りばめられている。


(似てるようで、全部違う……!)


 頭の中でパンク寸前だった。

 魔法名と対応する陣の形状、属性ごとの特徴、それらを全て脳裏に叩き込まなければならない。


「おい、新人……真也、だったな。」


 ゼクスがそっと隣に立った。


「これは“魔素の言語”みたいなもんだ。書ければいいんじゃない。“読めて”“理解できる”ようにならなきゃ、意味がねえ。」


「読める、ように……。」


「まずは一点集中しろ。《焔迅弾》だけでもいい。形、流れ、線の意味、すべてを刻み込む。九個いっぺんに覚えようとするな。器用貧乏が一番遠回りだ」


 短く言い残し、ゼクスは別の生徒のもとへ移動していく。


(――一つずつ、だな)


 真也は深く息を吸い、新しい紙に火属性の魔法陣を描き始めた。


 渦巻く魔素を、正しく導く構造体。

 一筆一筆、その線に意味を持たせながら、真也は魔法と“対話”を始めていった。


(俺は《模倣取得(リフレクシス)》を持ってる。でも、それを扱うには……努力して手に入れる力をちゃんと理解してなきゃ、意味が無い。)


 ふと、リィナの言葉が脳裏に蘇る。


『コピーしただけで満足してたら、どこかで潰されるよ。あのフレインみたいな奴にね。』


 次の瞬間、真也の瞳が燃えるように光を帯びた。


(やってやる……この魔法を、俺のものにする。)


 その決意と共に、真也の筆先は迷いを捨て、徐々に正確な陣形を描き出していった――。




/////





「よし、各自書き上げた魔法陣に自身の魔素を流し込め。まだ詠唱ではなく、構造の動作確認だけだ。無理に力を入れるなよ。焦ると爆ぜるぞ。」


 ゼクスの声に従い、教室の空気が緊張に包まれる。

 魔導紙に描かれた魔法陣。

 それはただの図形ではなく、“導線”であり“媒体”であり、“起動装置”だ。


 真也は静かに目を閉じ、自らの内側に意識を向けた。

 体内を巡る魔素――自分にとってはまだ未知の流れ。

 だが、講習や訓練を通じて、その存在を少しずつ“感じる”ことができるようになっていた。


(……この魔法陣に、力を通す。焦るな。慌てるな。)


 集中して、右手を紙の中心へとかざす。

 呼吸を整え、魔素を込めるイメージを強く描く。


「……今だ。」


 魔素が指先から紙へと染み込んだ――途端、魔法陣の線が淡い朱に光った。


 ピリ……という小さな音。魔導紙の表面が震え、光の粒が走る。

 真也の描いた火属性魔法《焔迅弾(フレアシュトス)》の魔法陣が、確かに“起動準備”状態に変化したのだ。


「――発動に移れ。今回は手製だから封印解除詩、《封印解術(ディスチャージ)》じゃない。直接、魔法名を唱えるんだ。」


 ゼクスの指示に、教室のあちこちで生徒たちが詠唱を開始する。


「《癒潮環(リントローフ)》!」

「《光粒照明(リヒトケーゲル」)!」


 光や水の淡い輝きが紙面から立ち上がり、実体を持って現れていく。

 そして――


「……俺も、行くぜ。」


 真也は、右手を突き出した。魔導紙の中央に、意志を込めて。


「《焔迅弾(フレアシュトス)》!」


 瞬間、紙が赤く発光し、弾けるように火花を散らした。


 シュバッ!


 手から放たれた複数の火球が、前方に設置された訓練人形の腹部へと突き刺さる。

 小さな爆発音と共に、焦げ跡が残った。


「やった……。成功した。俺の、魔法が……!」


 真也の胸が熱くなる。紛れもなく、自分の魔素で、自分の手で“火”を放ったのだ。

 たとえ補助具ありきでも、これは“魔法使い”としての第一歩だった。


「おう、よくやったな新人。威力も安定してる。」


 ゼクスが珍しく、目を細めた。


「だが、調子に乗るなよ。次は《火花閃》だ。こっちは瞬間点火型だ。紙面構造も違う。ちゃんと切り替えろ。」


「あ、ああ……了解っす!」


 思わず敬語になってしまった。

 だが、不思議と悔しさではなく、笑いがこぼれる。


(これだ……俺がこの世界で、“戦うための力”。)


 真也は手を動かす。新たな魔法陣を描くその筆先には、もう迷いはなかった。

 一つ一つ、“自分のもの”にしていく。

 模倣者(コピーキャスター)である自分の、真の力を掴むために。


 ――その眼差しは、確かに前を見据えていた。

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