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第八話:刻まれる軌跡

 午前の光が魔道区の演習塔に差し込む頃、真也は魔道ギルドの実技講習室にいた。

 今日は一人ではなく、リィナが付き添いに来た。


 天井は高く、各机には白紙と魔導筆、それに試作用の火属性結晶が置かれている。

 中央では、講師のフェーリスが静かに口を開いた。


「本日の実技は、火属性E等級魔法《紅蓮弧刃(ロートクリーゲ)》の“魔法陣”を描き、簡易魔封紙片を自作することです。」


 室内に軽いざわめきが走る。

 真也も思わず隣のリィナを見た。


「魔法陣って自分で描くのか?」


「最初は誰でも紙に書くよ。魔素の制御に慣れてないと、空間に直接描こうとしても崩れるだけだからね。今日はその練習ってこと。」


 フェーリスが続ける。


「《紅蓮弧刃(ロートクリーゲ)》は、火属性の基礎戦闘術式です。発動すると前方扇状に火刃を放つ初級攻撃魔法であり、弧状の斬撃のように前方を薙ぎ払う効果を持ちます。」


 ホワイトパネルに魔法陣の例が投影される。


 中心に“燃焼核”を象徴する円、その周囲を取り巻く三重の火の運行環――魔法陣にはそれぞれ意味が込められていた。


「描く際には、回路の“繋ぎ”が最重要です。どこかが欠けたり、歪んだりすると、魔素は流れず失敗します。しっかり筆圧と手順を守って、丁寧に描くように。」


 真也は緊張した面持ちで魔導筆を握った。

 魔導筆は通常の筆とは異なり、筆先に微細な魔素結晶が埋め込まれているため、線の太さや魔素の通りを補助してくれる。


 白紙に向かい、呼吸を整え、手元に置かれた火属性の《朱炎晶》をそっと紙の左端に置く。


「よし……やってみるか。」


 まずは中央の燃焼核。円を描き、点を置く。

 そこから環を回すように、内円、中円、外円へと拡張していく。


 ――ずれてはいけない。


 僅かな乱れが、全体の崩壊を招く。

 だが、真也の手は思ったより安定していた。昨日の浮遊灯の練習で、“魔素の流れ”を多少なりとも理解していたからだ。


「……出来た。」


 描き上げた魔法陣は、たどたどしいが破綻はない。

 リィナが隣から覗き込んで、小さく頷いた。


「うん、線の太さも一定。回路の接続も大丈夫。あとは魔素を流すだけね。」


「ここに魔素を……。」


 フェーリスが講師台から声を上げた。


「紙に描かれた魔法陣に、朱炎晶を通して魔素を流し込みます。魔素は一定量で十分ですが、一度に流しすぎると術式が暴走します。呼吸を整え、意識を核へと集中させて下さい。」


 真也は朱炎晶に指を触れ、自分の魔素をゆっくりと流す。

 そのエネルギーは結晶を通して、紙面の魔法陣へと伝わっていく。


 その瞬間――


 紙の上の魔法陣が、うっすらと赤く輝いた。


「反応した……!」


 その光は一瞬だけだったが、術式が成立した証だった。

 リィナが小さく拍手を送る。


「おめでとう。これで真也の、最初の“手製魔封紙片”が完成したよ。」


「自分で……魔法を作ったんだ。」


 真也の胸に、じんとした実感が広がる。

 《模倣取得(リフレクシス)》ではなく、自らの手で描いた魔法。


「午後は、いよいよそれを“発動”させる段階に入ります。術式を信じ、魔素の流れを崩さずに唱えて下さい。」


 フェーリスの声が講義室に響き渡る。

 真也の中で、緊張と期待が静かに高まっていった。




/////





 講師が示したとおりの魔法陣を描き終えた教室では、受講者たちが一斉に準備を整え始めていた。

 真也の手元にも、魔法陣を描き写した羊皮紙が一枚置かれている。


 「では、実技に入ります。詠唱の言葉は《紅蓮弧刃(ロートクリーゲ)》──これを起動詞として魔素を流し込んで下さい。」


 講師の合図とともに、教室の空気が一変した。

 静寂に包まれる中、各々が羊皮紙に魔素を注ぎ込もうと集中する。


 真也は軽く息を吸い、右手の指先に意識を集中させた。

 今はまだ、体内の魔素を自在に扱えるとは言えない。

 それでも、講習で教わった呼吸と意識の流し方を思い出し、じわりと魔素を指先に集めていく。


 「……っ。」


 微かに青白い光が滲んだ。

 そのまま、指先をそっと魔法陣の中心へ押し当て、意識の中で発声する。


 「……《紅蓮弧刃(ロートクリーゲ)》。」


 しかし──


 ヒュン、と空気が抜けたような音だけが残り、魔法陣は何の反応も見せなかった。


 「ッ、失敗……?」


 隣では他の受講者の紙片が淡く光り、かすかに火花を散らしている。


 「焦らなくていいわ、真也。最初は誰でも魔素の流れを掴めないもの。」


 リィナの声が耳に届く。

 焦りと不安の混在する脳の中を正すように、スッと声が入ってくる。


 「魔素は“意識”の延長。流そうとするより、“共鳴”させる意識を持って。あなたの魔素と紙片の魔印を重ねるように。」


 「共鳴……。」


 真也は目を閉じ、再び魔素に意識を向ける。

 手製の紙片の魔印。そこには、自分の手で描いた魔法陣がある。ほんのわずかな歪みや線の震えさえ、記憶の中に刻まれていた。


 その細部を想像しながら、呼吸とともに意識を押し当てる。


 ……重なる。

 自分の魔素と、魔法陣が。


 「《紅蓮弧刃(ロートクリーゲ)》──!」


 その瞬間、羊皮紙の魔印が燃え上がるように発光した。

 弧を描くような赤熱の軌跡が走り、空中に炎の刃が浮かび上がる。火線は空を裂くように放たれ、教室前方に設置された訓練用の石柱へ──


 ザシュッ!


 ──一直線に切り裂いた。


 石柱の表面には、くっきりと焼け焦げた線が残されていた。小さなものではあるが、間違いなく魔法として成立している。


 「よっしゃ……!」


 ホッと安堵するように息を吐いた。

 指先が微かに熱を帯びている。

 だが、その熱さに不快感はなかった。


 「素直な軌道ね。初回にしては上出来よ。」


 リィナが、かすかに口元を緩めていた。

 講師も「合格です。」とだけ呟き、次の受講者へ視線を移す。


 その後も練習は続いたが、真也の中には確かな手応えが残っていた。

 たしかに、自分でも魔法を使える。

 スキルで“模倣”するだけではない、自らの手で紡ぐ魔術の軌跡──


 それは、戦いのための力であり、同時に、自分という存在をこの世界に刻む証だった。


 授業の終わりが告げられる頃には、教室にいた誰もが、初めての魔法の感触に興奮と疲労を覚えていた。


 真也は最後に、焦げ跡の残る自分の紙片を手に取った。


 ――次は、もっと強く。もっと速く。


 そう心に刻みながら、真也は静かに席を立った。

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