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第六話:交錯する町、四つの輪

 山間を抜けたその先、霞む陽光の中に姿を現したのは、堅牢な石壁と魔素障壁に守られた町――《レーヴェル》。

 森と山とを背に、灰石と白石が交互に積まれた高壁が、太陽の光を淡く反射している。


「……ここが、レーヴェル町。」


 真也は思わず足を止めた。

 その目に映るのは、自然と文明が融け合ったかのような景観。

 城壁の上に並ぶ風車型の魔力吸引塔、門前に集まる商隊や旅人たち。

 そして、空を飛ぶ輸送鳥型の魔導獣。


「ようやく辿り着いたね。境界村から三日……予定より少し早いくらいかな。」


 リィナは腰に手を当て、前を見据えたまま言った。

 フードは外され、銀髪が風に流れている。


 二人はそのまま正門へ向かう。

 衛兵が立っており、魔素探知の結界が門に張られている。

 門の内外で騒がしく行き交う人々とは対照的に、番兵たちは鋭い眼差しを浮かべていた。


「入城の手続きは私がやるから、何もやらなくて大丈夫だよ。」


 リィナがそう言って進み出る。

 城門前に据えられた端末――立方体の魔導装置に手をかざすと、淡い光が浮かび、声が響く。


『氏名:リィナ・アルフェン、同行者一名――境界村にて初期登録済みの人物を確認。登録データ照合完了。』


「入出許可証、発行して。」


『承認されました。滞在期間:無期限、権限レベル:探索者区分C。証書は腕輪型、身体情報と連動済みです。』


 シュゥという音と共に、魔導装置から二本の金属製の腕輪がせり上がった。

 リィナがそれを受け取り、一つを真也に投げてよこす。


「それが入出許可証。これがあればレーヴェルの出入りが自由になるわ。ただし、破損・紛失は罰金対象だから気をつけてね。」


「おう。……なんだこれ、装着感が全然無いぞ?」


 真也は腕輪を手首にはめた瞬間、軽い震動と共に脈拍を感じた。魔素に反応して動作しているらしい。


 手続きが終わると、二人は門を抜け、町の中へと足を踏み入れた。


 ――その景色に、真也は息を呑んだ。


 整備された石畳の道の両脇には、魔導ランプが均等に配置され、通りには色とりどりの服を着た人々が行き交っている。

 空を滑空する配送用の魔導翼獣。

 各所に設置された透明な魔素案内板。

 異世界でありながらも、どこか近未来的な雰囲気さえ感じられた。


「すげえ……なんだよこれ……。」


「魔道を導くは《レーヴェル町》と言われる程に魔道に精通しているのよ。周辺の探索者、学者、観光客が集まる、いわば“中央拠点”。構造としては四つの区画に分かれていて、それぞれが役割を持ってるの。」


 リィナは歩きながら、足元を指さして説明を続けた。


「まず、今私たちが入ってきたこの周辺が《第一区画:居住区》よ。レーヴェルの住人たちが住んでる場所。一般の民家、工房、役所なんかがあるわ。」


 真也は視線を巡らせる。

 石造りの小家屋や植物を絡めた家など、バリエーションに富んだ建物が並んでいた。

 ベランダに干された洗濯物、庭先で遊ぶ子供たち。

 確かに生活の匂いがする。


「次に北側が《第二区画:商業区》。武具屋、道具屋、魔導店、料理屋まで一通り揃ってるわ。探索者の補給地点としても最も栄えているところね。」


「じゃあ、武器とかも手に入るのか?」


「ええ。ただし“魔導許可証”が必要な品もあるから注意して。あとで案内するわ。」


 続いてリィナは、南東側を指差す。


「あそこが《第三区画:観光区》。宿屋や飲食店、湯屋、土産店が集まってる。旅人や学者、観光客が利用する場所よ。」


「へえ……湯屋ってことは、風呂あるのか?」


「勿論。魔素蒸気を使った“導熱浴”なんてのもあるしね。」


 最後に、リィナはやや真剣な表情で東方を見やった。


「そして、あそこが《第四区画:魔道区》――最も重要な場所。魔道ギルドや魔道学校、研究塔が集まっていて、魔術やスキル研究の中心よ。」


「魔道ギルド……って、冒険者ギルドみたいな?」


「まあ似てる部分もあるけど、目的は違う。こっちは“魔法技術の提供・検証・監督”が主体。探索者登録や魔封紙片の購入もそこになるわ。」


「なるほど……そこで魔法について教えてくれたりすんのか?」


「そういうこと。君はこれから《魔封紙片(スペルリーフ)》を扱えるようになる必要があるし、魔素制御の基本も覚えなきゃ。」


 そう言って、リィナはふっと笑った。


「……レーヴェルに入ったからって、気を抜いちゃダメよ。こっからが本番なんだから。」


 真也はこくりと頷いた。

 町に入った安堵と、これから始まる新たな試練への高揚が、胸の内で静かに交錯していた。




/////




 レーヴェル町の第二区画――商業区に足を踏み入れると、空気が変わった。

 居住区よりもざわめきが大きく、人通りも格段に増えている。

 屋台の香ばしい香り、鍛冶屋の火花、浮遊看板が発する鮮やかな宣伝魔術――どれも真也にとっては目新しく、興味を引かれるものばかりだった。


「……すげえ、まるで未来都市みたいだ。」


「慣れるまでは騒がしく感じるかもしれないけど、探索者にとってはここが補給の命綱。道具屋も防具屋も全部揃ってるわ。」


 そう言いながら、リィナは一つの店に足を向けた。扉には《グリード魔具店》という看板が掲げられている。


 中に入ると、ガラス棚の中には大小様々な巻物が整然と並び、魔導防音結界の中で光を放っていた。

 真也が目を凝らすと、それぞれに等級【F〜C】と属性【火・水・風・土・光・闇】が記されている。


「ここが魔封紙片(スペルリーフ)専門店の一つよ。今はまず、《癒潮環(リントローフ)》を試してみるといいわ。」


 リィナが購入したのはF等級・水属性の最も基本的な魔封紙片だった。

 手渡された巻物は掌に収まるほどの大きさで、淡い光を帯びている。


「魔封紙片は、特定の魔法を事前に“封入(チャージ)”しておくことで、使用者の魔力の質に関係なく発動出来る使い捨てアイテムよ。ただし、発動には“起動詞”か詠唱が必要。」


「起動詞……?」


「これは個人設定できるけど、デフォルトだと“封印解術ディスチャージ”ね。声に出して巻物に込めるの。そうすると魔素の流れを読み取って、封印魔法が解除される。」


 リィナが軽く手本を見せるように、指を短剣でサッと切りつけ、もう一つの小巻物を手に取って穏やかな声で唱える。


「――《封印解術》。」


 パチッという音と共に、巻物から放たれた魔素がリィナの手を包み、心地よい光が灯った。彼女の指の小さな傷が、見る間に消えていく。


「すげぇ……これが、魔封紙片……!」


「じゃあ、やってみて」


 真也は緊張しながらも、手のひらの巻物を見つめる。封印された光が静かに脈打っている。


「……《封印解術(ディスチャージ)》!」


 巻物がぱん、と軽く弾けたように光を放つ。

 真也の身体に優しい魔素が流れ込み、肩の疲れがふわりと抜けていくのを感じた。


「おお、本当に効いた……!」


「よくできたわね。これが基礎の《癒潮環(リントローフ)》、水属性F等級。旅の間は常備すべき魔法の一つよ。」


 リィナは少し微笑んで言った。


「他にも属性ごとの効果、等級による威力や発動速度の違いがあるけど、それは実地で少しずつ覚えていけばいい。魔封紙片には限界もあるしね。」


「限界?」


「連続使用には耐えられないし、あくまで使い捨て。それと、魔素の濃度が薄い場所では不安定になる可能性もあるから、もっと良いものを買うには魔道区での登録が必要なの。」


 そうして二人は、第三区画を通り抜け、第四区画の魔道区へと向かった。

 そこは他の区画とは異なり、建築物が塔状だったり、浮遊石で浮かんでいたりと異様な光景が広がっていた。

 空気が澄んでいて、漂う魔素も濃い。


 リィナが案内したのは《中央魔道ギルド》。

 冒険者登録と魔封紙片の識別設定を行う場所だ。


 中に入ると、天井は高く、魔方陣が浮遊している。

 職員たちが多忙に動き回っていた。


「ここで登録を行えば、魔封紙片の高等等級が扱えるようになる。あと、スキルや魔法の干渉についてもサポートしてくれるよ。」


 受付で手続きを済ませた真也は、簡単な使用試験を行うことになった。


 手渡された紙片を用い、目の前に設置された訓練人形へ魔法を行使する。


「今度は火属性のF等級、《微熱誘爆(ヒーツブリッツ)》よ。注意してね」


 真也は深く息を吸い、巻物を構える。


「――《封印解術》」


 放たれたのは小さな火の爆発。

 人形の足元でバンと破裂し、地面にぱちぱちと音を立てて火花が落ちた。


「よし、反応も十分。火属性は扱いにくいけど、応用すれば牽制にも使えるよ。」


「すげぇ……魔法って、こうやって使うんだな……。」


「最初は紙片頼りでもいい。だけど、いずれ自分の魔素で構築・発動できるようになるのが理想よ。……《模倣取得(リフレクシス)》の相性を活かすためにもね。」


 その言葉に、真也は思わず息を飲んだ。


「そっか……俺のスキル、“拾って終わり”じゃないんだ。」


「当然。コピーしただけで満足してたら、どこかで潰されるよ。あのフレインみたいな奴にね。」


 名前を聞いて、真也の表情が引き締まる。


「……負けない。模倣したスキルで、あいつを超える。そのためにも……もっと知りたい、力のこと、魔法のことを。」


 リィナは、静かに微笑んだ。


「いい覚悟。じゃあ、明日からは魔素の感知訓練と紙片強化の実技。暫くレーヴェルに滞在して、色々と吸収していこう。」


 こうして真也は、探索者としての次なる段階へと進むため、魔法と向き合う日々を迎えることになる。

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