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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界魔法少女短編集

魔法少女だけどパーティを追放されたので闇落ちします

作者: 音無來春

 人は誰もが過ちを犯す。

 時に都合の悪いとき、時に悪い状況が重なったとき、時に何の落ち度もないときにも、理不尽にそれは襲いかかってくる。


「レミリア、お前をパーティから追放する」


 冷たい声がパーティリーダーである勇者アルベルトから発せられた。 魔法少女レミリアは信じられないという表情で仲間たちを見渡す。しかし、その顔には同情も戸惑いもなかった。戦士ガイは腕を組み、神官リーネは目を逸らし、弓使いユリンは鼻で笑っていた。


「あの、私……何か間違ったことした……?」

「お前の魔法は火力はあっても、制御が効かない。危険なんだよ。もう俺たちには必要ない」


 それだけを言い残し、彼らはレミリアを置き去りにしてダンジョンを去っていった。


 レミリアは魔法少女である。

 魔法使いから派生される役職のようだが、違いはピンク色の派手でフリフリのついた子供っぽい服装になること。攻撃魔法が強力であることと浄化技が多いこと、また攻撃を受けても死ななかったり四肢が欠損しないといった謎の補正が働くことがあげられる。

 そんな彼女は不明な役職であるという理由で、どのパーティにも入れてもらえず忌避されていた。

 勇者だけは、アルベルトだけは自分を受け入れてくれたはずなのに。


 薄暗い迷宮の中をたった一人でさまよい歩き、とっくに水と食料は尽きていた。

 魔法少女といってもお腹は減るし、のども乾く。

 外に出るどころかどんどん奥地に入り込んでいる気がする。

 元パーティたちは神官リーネの聖なる導きの力でとっくにダンジョンを抜けているところだろう。


 段々と気が遠くなってきた。多分脱水症状を起こしている。

 失意と絶望に打ちひしがれながら、レミリアは倒れこむ。

 その薄れゆく意識の中、声が聞こえきた。


「おいお前、力が欲しいか?」

「だれ?」


 見ると黒い豚の姿をした、醜く同時にかわいらしい生き物が宙を浮かんでいた。


「俺の名はモルフィ。ダンジョン最奥に着いた褒美に、力をくれてやるよ」

「なにそれ。怪しい勧誘なら他を当たって……」

「お前の魔力、そのままでは宝の持ち腐れだ。だが、俺の眷属となれば制御の術を与えてやるぞ」

「私があなたの眷属になるわけ?」


 見たところマスコットのようだし、普通逆だと思うが。

 モルフィは嘘をささやく悪魔のようにキシキシと笑った。


「こう見えても俺はダンジョンマスターなんだ。迷宮の力を全て使える、まあ神みたいなもんさ」

「神様。じゃあ私の願いをかなえてくれる?」

「ああ。お前を捨てた元パーティへの復讐でも、富でも名誉でも力でも全てお前にくれてやる」

「そう……。なら、お前が私の眷属になれ」


 レミリアは前の前に浮かんでいる小動物の豚鼻を掴んだ。

 ギリギリと握りしめると、少しは愛嬌のあった顔が(みにく)くゆがむ。


「な、何をしやがる! てめえなんぞが俺に勝てると……」

「私、魔力だけなら自信があるんだよね」


 バチバチと手に魔力を込める。

 その力はダンジョンマスターである黒豚を、遥かに凌駕(りょうが)していた。


「何もんだ、お前!」

「魔法少女、っていうらしいよ」


 レミリアは昔から我慢していた。

 強大すぎる魔力が人を傷つけないようにと、自らの力を抑え込んでいた。

 魔法少女という役職が与えられた時も、この服装を周囲から笑われた時も、魔法少女として誰かのために戦ているときも、アルベルトとリーネが結ばれていると知った時もずっとずっとずっと!


 ずっとレミリアは、いい子であり続けていた。


「モルフィ、お前の力を、寄越せ」

「やめろぉ~~~‼」


 かわいも醜い黒豚のダンジョンマスターは、粉微塵(こなみじん)()ぜた。

 そしてすぐに元通りに復活して、赤い首輪が取り付けられた。

 眷属としての契約の証だ。


「こ、この俺が魔力負けしただと……」

「モルフィ、ダンジョンってどう動かすの?」

「そいつは簡単さ。お前の魔力を使えば自由自在に手足のように動かせるぜ ……、ってあぁ! 口が勝手に!」


 眷属化したものは、使用者の命令には絶対だ。

 マスコットを手に入れたレミリアは、試しに食料を呼び寄せた。

 軽く手招きをしてみると、牛と人の融合したような怪物ミノタウロスが歩いてきた。

 ミノタウロスはレミリアのそばへ近寄ると、膝をついて頭を垂れた。


「ねえ、お腹すいた」


 そう言うとミノタウロスは、手に持っている斧で自らの首をはねた。

 血がスプラッタのように噴出して、レミリアの服に降りかかる。

 ピンク色だった魔法少女服が赤に染まった。


「これを生で食べろって?」


 問うと迷宮が生き物のように動き出し、地中から溶岩が湧き火が噴き始めた。

 そして呼び寄せられるように炎の精霊サラマンダーが現れた。

 サラマンダーは火を噴いて、ミノタウロスの死体を燃やした。

 ミノタウロスの丸焼きが出来上がった。


「調味料とかないの?」


 問うとダンジョンが再び動いて火が消滅し水が沸き上がると、水の精霊ウィンディーネが現れた。

 レミリアはその水でのどを潤わせた。

 ウィンディーネは海水を生み出し、それをサラマンダーが燃やす。海水の水が蒸発されて生み出された塩を風の精霊シルフが運び、地の精霊ノームが作った石の器の上に降り注いだ。


「ふーん。地味だけどしょうがないか」


 さすがにソースを作るのは時間がかかりすぎて、せっかくの肉が冷めてしまう。

 レミリアはミノタウロスの斧でミノタウロスの肉を切り裂いて、器に盛られた塩を付てた食べた。

 少々固いが、魔力が多分に含まれたミノタウロスの肉は、芳醇(ほうじゅん)で美味だった。


 3mを超える体長を全て食べつくし、満腹になって周囲を見渡す。

 岩の壁と床に囲まれていて、水があるとはいえ殺風景だ。

 血で赤く染まったハートの杖を空に掲げ、魔力を込める。


「変われ」


 その一言でダンジョンの内装がガラリと生まれ変わった。

 床はマゼンダ色の石へと変わり、空気はどこか甘く、狂気を含んだ香りを放つ。

 かつての冒険者たちの足跡は影に(おお)い尽くされ、赤い異形の花々が咲き乱れる。

 巨大な樹が中央に聳え立ち、その幹からは呻くような音が漏れる。

 枝葉は天井を貫き、果実を宿して、影を広げて世界を覆う。

 ダンジョンの壁からは、赤いハート型の魔石が浮かび上がりギラギラと輝いた。

 その子供らしい無邪気と狂気の入り混じった異様な空間には、新たなルールが支配していた。


 闇の魔法少女レミリアという絶対的なルールに。



数ヶ月後、かつてのパーティが再び同じダンジョンに現れた。 その奥地で立ちはだかったのは、黒きドレスに身を包み目に冷たい光を宿したレミリアだった。


「久しぶりね、ガイ、リーネ、ユリン、そしてアルベルト……私の魔法が暴走していたって言ってたけど、ちゃんと制御できるようになったわよ」

「お、お前……何者だ……?」

「レミリアよ。魔法少女のレミリア。あなたたちに捨てられたおかげで、私は本当の力を手に入れられたわ」


 ガイが鋭い目を向け、こちらに剣を構えた。


「お前のような魔法少女がいるか!」


 持ち前の筋力で素早く敵をほんろうし、強力な一撃を与える。

 パーティにいたころは本当に頼りになった。


「どいて」


 レミリアが言うと、ガイの側方に黒い魔力が放たれ、弾け飛んだ。

 そして黒ずんだハート型の壁にぶつかりズルズルと床に倒れ伏し、動かなくなった。


「ひっ」


 とリーネの小さい悲鳴が上がる。

 本来なら魔法を使えば全滅させていたところだが、一人だけで済んだ。

 ちゃんと加減できるようになっている証拠だ。


「化け物!」


 とっさにユリンが弓を構えて、こちらの首に矢を放った。

 それはレミリアのもとに届かず、空中で止った。


「邪魔」


 一言だけ言うと、矢が方向を変えて持ち主に向かって帰っていった。

 それが首筋に突き刺さると、ユリンの顔が紫色になって口から血の泡を吐き出した。


「グエッ」


 と悲鳴を上げて倒れ、動かなくなった。どうやら毒針が塗られていたようだ。

 彼女はパーティにいたころその抜け目ない性格で冷静沈着に物事を運び、モンスターの隙と弱点をついて戦闘を有利に進めることができた。

 とても頼りになる仲間だった。


「お、お願いだ、レミリア、俺たちが悪かった……仲間に戻ってくれ……」


 顔が青ざめた勇者アルベルトが震える声で言った。

 気力を振りたたせて精いっぱい取り繕っているようだ。


「今さら? 私をダンジョンの奥地に捨てておいて、それを言う?」

「あの時は仕方なかったんだ。ああするしかパーティが全滅しない方法は……」

「でもあなたは私を選んだ。あなたは間違いを犯したの」

「頼む。許してくれ」


 アルベルトは持ち前の主体性と明るい性格で、いつもパーティを導いてくれる存在だった。レミリアがどのパーティにも入れてもらえず独りぼっちでいた時に、うちのパーティに入らないかと声をかけてくれた。


 信じていた。なのに。


「もう、いいわ。早くその二人を連れて帰りなさい」


 元パーティへの興味などとうに失せた。ガイは頑丈だし、ユリンは毒消しの治癒魔法をかければ生きられるだろう。

 私が背を向けた、その時だった。


「何をしているのアルベルト! 早くそいつを殺して!」


 リーネが叫んだ。

 勇者アルベルトはその声を聴くと、まるで言いなりになったように突撃してきた。


「うおおおおおお!」

「死ね」


 パァンと、アルベルトの頭がトマトのように弾けた。

 ビチャビチャと返り血を浴びたが、いつしか黒く染まってしまったドレスがその色を反映することは無かった。


「あ、あ……」


 リーネは腰を抜かして地べたに座り込んだ。


 リーネ。ああ、リーネ。

 お前はパーティで何の役にも立っていなかった。

 治癒魔法も防御魔法も、もちろん攻撃魔法も。

 レミリアはそれらの魔法を全てにおいて使えたし、リーネの上位互換だった。


 なのにアルベルトは彼女を選択した。理由は簡単、恋仲にあったからだ。

 レミリアが攻撃魔法を使った時に巻き添えを食うのはいつもリーネだった。

 他の人はうまく避けるのに、リーネだけはどんくさく、いつも助けてもらっていた。


「ねえ、あなたは何で選ばれたの?」

「い、嫌……。来ないで……!」

「なぜ私は選ばれず、あなたが選ばれたのかって聞いているの」

「いやああああ! 助けてえええええ!」


 とうとう泣き出してしまった。

 以前にもこんなことがあった。確かあれはレミリアの攻撃魔法が彼女の腕をかすった時の事だった。

 大した傷ではないのに、治癒魔法をかければすぐに治るだろうに、泣き始めた。

 その時にはパーティメンバーがレミリアを見る目は冷ややかなものになっていた。

 アルベルトと恋仲になっていたのが発覚した時とどちらが先だっただろう。

 忘れてしまったが、どちらにせよパーティはすでに彼女の手中にあったのだろう。

 勇者を篭絡し、剣士を味方につけ、弓使いと結託した。

 レミリアはリーヤのうるさい口を、魔法の鎖でふさいで言った。


「ねえ、ガイが私の服の事を『幼いから着替えた方がいい』って言った時、あなたは笑っていたけど何を考えていたの?」

「……」


 何も言えずふるふると首を振るだけだった。

 少しだけ鎖を緩めた。


「ユリンが私の魔法のコントロールの訓練に付き合ってくれている時、あなたが来てユリンを引っ張って連れて行ったことがあったっけ。あの時は?」

「もう、許して。そんなつもりはなかったの」

「ならアルベルトに私を殺せっていったとき、あなたは何を考えていたの?」

「……」


 口をふさいでいないのに押し黙ってしまった。

 もう尋問(じんもん)も飽きてきた。


「最後に何か言いたいことはある?」

「お願いします。命だけは助けてください」


 レミリアは少し考えて、言った。


「いいわ。帰してあげる」

「ほ、本当?」

「ええ、私は一切手を出さないわ。このダンジョンの最奥からあなた一人で生きて帰れるなら 、ね」

「え……」


 レミリアは姿を消した。

 そこに残ったのはリーヤと戦闘不能の元パーティたち。

 そしてダンジョン内にいる、レミリアが魔力を与えた強力なモンスターの群れだった。


「いやああああああああああああああああああああああああ‼」


 モンスターの大群は元パーティのメンバーを余さず食い尽くした。

 これだけの数に囲まれていれば聖なる導きの力などという補正は意味をなさない。

 彼女は選択を誤った。

 勇者を死に向かわせなければ、勇者を戦わせている隙に自身の治癒魔法でパーティを回復させ、生き延びることができた。

 死んでちぎれたレミリアの手には、聖なる十字架が握られている。


 困ったときの神ほど頼りにならないものはないのだが、人に頼ってばかりだった彼女は最後まで何かにすがらずにはいられなかったのだろう。

 パーティメンバーの過ちは彼女を信じたことだ。

 レミリアを追放さえしなければこんなことにはならなかった。

 であればレミリアの過ちは何だったのだろうか。


 それは勇者の誘いに乗って、このパーティに加入したことである。

 最初から一人であれば、ダンジョンの奥地に取り残されることは無かった。

 最初から一人であれば、足手まといができずに済んだ。

 最初から一人であれば、制御などせずともこの力を存分に使うことができた。

 

 またダンジョンに新しい白骨体が4つ並んだ。

 その血肉はダンジョンの糧となり、更に巨大化し道を入り組ませる。


「あの~。俺はどうすればいいんでしょう?」


 ふいにモルフィが出てきてごまをすってきた。


「私に話しかけないで」

「はいレミリア様! かしこまりました!」


 マスコットは姿を消した。

 レミリアは迷宮の奥地でただ一人、静謐に佇む。


 しかし彼女は幸せだった。

 彼女は孤独と友達になった。彼女は孤独を愛した。


 そしてまた、新しく別の探究者がダンジョンに入ってくる。

 レミリアが少し手を動かせば、迷宮は形を変えて人々の歩みを阻む。

 魔法の法則すら歪み、光は反転し色を失う。

 いつしかレミリアは、運よく生き延びた探究者によってこう呼ばれることになる。


 魔王、と。

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