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―09― 見つかった

 俺は、いつものようにゆっくり眠ってから昼過ぎに目を覚ました。


「…………」


 なにか違和感があるなと思い、毛布をめくる。

 すると、そこには丸まった姿勢で寝ているシーナがいた。彼女は寝息を立てながら熟睡している。それも「ダーリン……」と寝言を口にしているような。


 どうやってはいってきた……。

 前回不法侵入につかったと吐いた通気口なら木の板を何重にもはめて、出入り不可能にしたはずだが。

 考えるだけで頭いたくなる。

 ヒョイ、と彼女の首根っこをつかんで玄関の外に放り投げる。地面へとぶつかったさい、それなりの衝撃があるはずだが、彼女はそのまま地面で眠り続けている。


 そんな彼女を無視してオレはさっさと、朝食(という名の昼食)を済ませる。

 さて、仕事に行かなくちゃ……いけないわけだが、例によって身体が重い。前世の社畜時代の教訓で「働きすぎは絶対NG」がモットーになっているから、気乗りしなくても仕方ない。


「でもまあ、さすがに食い扶持を稼がないといけないよな……。冒険者ギルドに行きますかね」


 大した気合も入れず、俺は立ち上がる。

 そういえば、このまま玄関をでたらさっき外に捨てたシーナと鉢合わせするかもな。まだ眠り続けているならいいが、玄関にでた瞬間に目を覚ますなんてことがあったら、もう厄介この上ない。

 そんなことを思ったオレは裏口からこっそり出ることにする。

 幸いシーナと出くわすことはなかった。


「……ここを通れば、今日も数秒の短縮になるな」


 前世から受け継いだ、ちまちました効率化の血が疼く。

 わざわざ路地を抜けて数秒を稼いでも、まったく大した得じゃないのは百も承知。それでも塵も積もれば精神を捨てきれないのがオレってわけだ。



 そんなこんなで冒険者ギルドに着いたのは、やっぱり昼を回った頃。今日もドブさらいを受注するだけだから、変に張り切る必要はない。


「セツさん、お待ちしてました……!」


 カウンターの向こうで受付をしているのは、いつものセレナさん。俺の目が合うや否や、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべるのが気になる。

 とりあえず挨拶がてら、いつものように依頼書を受け取ろうと近づく。


「こんにちは。今日もドブさらいの仕事、ありますか?」


「ええ、もちろんです。……はい、これが排水溝につまったスライムの除去依頼書たちです。今日も相変わらず数が多いです」


 そう言いつつも、セレナさんの視線が妙に落ち着かない。何か言いにくそうにしてる気配がひしひし伝わってくる。


「……あの、セツさん。ちょっと言いづらいんですけど……実は……」


「うん?」


 俺が首をかしげると、セレナさんは遠慮がちに言葉を探すような間を置いてから、小声で続けた。


「実は最近、セツさんのことを探している若い冒険者の方がいるんですよ。……ずっとしつこくギルドに通っては、あなたの情報を聞き出そうとしてて」


 若い冒険者? 俺の頭に一瞬、「シーナ」の名が浮かぶ。家に勝手に侵入するやつが、わざわざギルドでオレを探すだろうか? いや、あいつなら真っ先に家を直撃してくるだろ……。


「以前、軽い気持ちでセツさんのことを教えてしまって……まさかあんなにしつこくセツさんのことを訪ねてくるようになるとは思いませんでした」


 セレナさんは申し訳なさそうに目を伏せる。

 詳しく聞くに、その冒険者は何度も足を運んではオレが「いつ来るのか」「どこに住んでいるのか」と食い下がってくるんだとか。


「……なるほど。俺のスライム除去に何か思うところがあるのか……」


 俺は心の中でため息をつく。オレがドブさらいしかしないのは、こういう面倒ごとを避けるためでもあるのに。


「本当にすみません、セツさん。私としても、あんなにセツさんを捜し回るようになるなんて思わなかったんです……。どうやら彼女もお金に困ってるのか何なのか、焦ってるみたいで」


 セレナさんがしゅんとしているのを見たら、俺としても怒るわけにいかない。

 別にセレナさんが悪いわけじゃないし、こればかりは運が悪かったと思うしかない。表情には出さず、「まあしょうがないですね」と薄く笑ってみせた。


「大丈夫ですよ。いつもドブさらいの仕事を回してもらってるお礼もあるし、気にしないでください」


「セツさん……ありがとうございます。あ、でも、彼女にはセツさんの個人情報を勝手にバラすことはしないので、そこは大丈夫ですから」


「まあ、それなら助かります。向こうが必死になってるってことは、どこかでバッタリ遭遇しちゃうかもしれないですけど……」


 正直、こんなところで顔の知らない誰かに目を付けられるのは厄介だ。前世のトラウマがよみがえってくる。

 せめて会わずに済むなら、それに越したことはない。スライム除去でうまく稼いでるとでも思われたのかもしれないが……自慢するつもりなんてサラサラないし、適当にやり過ごせたらいいな。


 ともあれ、オレは束になったどぶさらいの依頼書を抱え、ギルドを出る。

 今回も三十件ほどあって、サクッと回れば夕方前には終わりそうだ。もしその「若い冒険者」と遭遇したらどうするか……うーん、とりあえず会わずにすむよう、祈るしかないか。

 なんてことを思いながら、外にでた瞬間、地鳴りのようなドォン……ドォン……という振動が、石畳を伝わって足の裏に染みわたる。


「な、なんだ……? 地震か?」


 周囲の人通りも一瞬ひるむ。

 冒険者らしき人たちが「魔物の襲撃か?」なんて緊張した面持ちで武器を構えだすから、オレもさすがに嫌な予感がした。

 ところが数秒もしないうちに、正体がわかる。


「——みつけたわよ! そこにいるのがドブさらいのセツねッ!!」


 叫び声とともに、視界の先で黒い影がビュンと弧を描く。よく見れば、女の子……というか少女が大きく跳躍して着地し、周囲の冒険者たちを押しのけてこちらへまっすぐ駆け寄ってくる。

 どうしてオレがギルドにいることがわかった、と考えていると、若い男の冒険者たちが近くで焚き火を炊いては煙をあげていた。

 どうやら、彼らがギルドの見張りをしていたらしい。


「斥候隊! ちゃんとセツをみつけてくれたみたいね! 感謝するわ!」


「あ、ありがたきお言葉……」


 男たちは震える声でそう口にしていた。いったいどんな教育をしたら、あんな怯えた態度になるんだ?


 少女は突き刺さるような視線をオレに向け、「ふっ」と勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ようやく会えたわね。ええと……あんたがセツ? ドブさらいの仕事を、一日に何十件もこなす冒険者だと聞いたわよ!」


 こういう場面に巻き込まれるのが嫌だからF級のドブさらいにこもってたのに……。オレは大きくため息をつく。


「わたしはリリア=ヴェルト。ヴェルト家の才女よ!」


 そう言って、彼女は勝ち誇ったかのようなドヤ顔をしていた。

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