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―08― レヤードの正体

 ラグバルトの街を後にして、石畳の大通りをしばらく歩いていると、もうそろそろ街外れというところで執事のベルトンが追いついてくる。息を切らしながらも姿勢を崩さないあたりは、さすが我が家に仕える忠臣だ。


「殿下……! お捜ししましたぞ。まさか王都からこんなに離れた辺境のラグバルトまで、無断でお出かけとは……」


「やあ、ベルトン。今日はいい天気で散歩日和だろう? しかも、この街には素晴らしいコーヒー仲間がいるんだ。つい、長居しちゃったよ」


 そう言いながら微笑むと、ベルトンは苦々しげに眉を寄せる。

 もっともだ。僕——いや、本名は『レヤード・リュセイン』。公的にはヴェルトラス王国の第一王子ということになっている。


 けれど、こうして勝手に王都を抜け出すのは何度目だろう? 周りも半分あきれ顔なのは承知しているけれど、僕にはやりたいことがある。

 ……ベルトンの気持ちはわかっているけど、ずっと息苦しい王宮に籠っていたら、面白いことに出会えないからね。


 僕がわざわざ王都から離れたこのラグバルトの街に通うのは、とある理由がある。

 それがセツくんという、地味なくせに妙な知識を持った冒険者と出会えたことだ。彼とのコーヒー談義や、独特の考え方に触れると、王家の屋敷でずっと学者や廷臣たちから教えられてきたものとは、まるで違う風が吹いてくるように感じる。


「殿下、それにしても、なんであんな下層の街の冒険者などと……。お立場を思えば、もっと高貴な方々とお付き合いしていただきたいのですが」


「ベルトン、そういう堅苦しいことを言わないでくれよ。先ほども言ったけれど、セツくんは面白い。彼の持ってる知恵は、うちの文官連中が思いつきもしないようなアイデアばかりなんだ」


 僕が思わず声を弾ませると、ベルトンは目を細めて「はぁ……」とため息をつく。けれど、こればかりは譲れない。


「今日、彼が口にしたコーヒー器具だって、あまりにも斬新なアイディアだった。まあ、彼は地元ではポピュラーな方法だなんて言っていたけどね」


 とはいえ、あんな最新の器具が出回っているような地域があるとは思えないが。まあ、彼のああいう極端に謙虚なところも僕は気に入っているんだけど。


「あぁ、彼のような人間にこそ、将来、僕の右腕になってほしいんだが」


「流石に、それは多くの貴族たちが反発するのでは……!」


「わかってる。でも、それこそ面白いじゃないか。いっそのことセツくんが王宮に入ってくれたらな。たとえば妹のローザと……ふふ、流石に先走りすぎかな」


 そう言って苦笑すると、ベルトンは慌てたように「殿下、そればかりはあまり軽々しく……!」と声を潜める。

 昔からそうだが、この執事はとにかく王家の格式を大事にする。だが、僕は王族だからこそ、型破りに生きたいと思っている。


「しかし、殿下。万が一、ラグバルトの街で危険に巻き込まれたらどうなさるのです。第一王子が不慮の事故に遭えば、王家の威厳にも関わりますぞ」


「心配性だなあ、ベルトン。僕だって一応の護身術は身につけてるし、万が一のために周囲に警戒もしてるよ。それに……」


 僕は思わず唇を綻ばせる。想い浮かぶのは、先ほどセツくんから教わったコーヒー器具の話や、以前にも聞いた効率化のアイデア。それを思い返していると、気持ちが高揚するんだ。


「もしラグバルトで事件が起きても、あのセツくんがきっと何とかしてくれる気がするんだ。あの男、地味に見えるけど妙に頼りになるからね」


「そ、そこまで信用を……。はあ、殿下は変わられませんな……」


 ベルトンは苦笑いしながらも、ちゃんと僕に歩調を合わせてついてきてくれる。小さい頃からこの人には世話になっているが、こうして黙って付き合ってくれるのはありがたい。


「そうだ、ベルトン。この先の街道沿いに馬車が待ってるんじゃないか? 僕もそろそろ王都に戻るつもりだよ。早速、試したいことがあるからね」


「早速、例のコーヒー器具を試作するのですね。はぁ、わかりました」


 ベルトンはため息をしつつも肯定してくれる。なんだかんだこの執事は僕のやることに懸念を示しながらも、きちんと付き合ってくれるのだ。その頼もしさは、僕の自由奔放さを支えてくれる大きな支柱でもある。


「セツくんも、まさか僕が王子だなんて想像してないだろうね。もし彼が王都に来てくれたら、どんな顔をするかな……ふふ」


「まあ、驚くでしょうなあ。それこそ腰を抜かすのでは」


「だろうね。まあ、そのときにはしっかりお礼をしなくちゃ。コーヒーをたんまり用意してさ。ああ……一緒に王宮であの美味いコーヒーが飲めたら、最高だろうな」


 そう思うだけで、足取りが軽くなる。


「殿下、馬車が待機しております。どうかそちらへ……」


「了解。じゃ、行こうか、ベルトン」


 僕は先に進んでいた執事の後を追う。しばらくのちに、木陰に停められた立派な馬車が見えてきた。

 車輪の軋む音とともに、このラグバルトの街とも一時お別れだ。だが、そう遠くないうちにまた来るだろう。それまでにセツくんがどんな新しいアイデアを練っているか、今から楽しみで仕方ない。

 だからこそ、彼がいつか本格的に王宮の場にやって来たらどれほどの旋風を巻き起こすのか――僕にはそれが楽しみで仕方ない。想像するだけで、胸の奥がわくわくと騒ぎ出すのだ。


「セツくんはどうにも自分が目立つことをやけに嫌う傾向があるみたいだけど、それもまた時間の問題だろうね。なんせ彼のような傑物がいつまでも無名のままでいられるわけがないだろうから」


 たとえ、彼にその気がなくとも、あれほどの才能を隠し通せるはずがないのだから。

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