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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―71― 来襲

 森の奥、木漏れ日がまだらに落ちる開けた場所で、わたし――リリア=ヴェルトは一人、息を切らしていた。


「はぁ……はぁ……っ!」


 自作の的に向かって、渾身の右ストレートを叩き込む。木の幹に括り付けた分厚い布の束が、鈍い音を立てて揺れた。続け様に左の回し蹴り……! だけど、なんだか軸がブレている気がする。

 以前なら、もっとキレがあったはずなのに……。


 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、少し離れて的を見つめる。

 ……うん、やっぱり、いまいち力が入っていない。

 手応えが薄いというか、なんというか……。以前のわたしなら、もう少し体重を乗せて、的の中心を正確に打ち抜けていた気がする。

 まあ、最近はこんな風に体を動かすことも少なかったし、当然といえば当然か……。

 わたしは溜息をつき、的を括り付けていたロープを解き始めた。汗を拭い、丸めた的を抱えて、とぼとぼと帰り道を歩き出す。


 このラグバルトの町に来てから、本当に色々なことがあった。

 そして、思い知らされた。自分の、ちっぽけさを……。

 セツさんの、あの規格外すぎる力……。絶界の魔女シーナさんの、理不尽なまでの強さ……。そして、普段はおっとりしているけど、いざとなると謎の威圧感を放つフィネアさん……。

 みんな、わたしなんかとは比べ物にならないくらい、遠い存在だ。


 かつてのわたしは、騎襲闘技(チバルレイド)で勝つこと、誰よりも速く動くこと、それだけにこだわっていた。

 でも、今思うと、なんて狭い世界で生きていたんだろうって感じ。

 プロの世界で挫折して……。もう一度自分を見つめ直したくて、色んな町を旅して、このラグバルトにたどり着いた。

 それで、わたしは一体、何を得られたんだろう……?

 旅に出る前は、絶対に強くなって、もう一度プロの騎襲闘技(チバルレイド)選手として、あの華やかな舞台に戻ってやるんだって息巻いていた。

 でも……今のわたしには、そんな情熱はどこかへ消えちゃったみたいだ。

 このままじゃ、プロなんて夢のまた夢……。もしかしたら、このまま引退、なんてことになるかもしれない。

 ……けど。

 不思議と、後悔はあまりない。だって、今の毎日は……うん、すごく楽しいし。

 セツさんと一緒に美味しいものを食べたり、フィネアちゃんとお喋りしたり……。シーナさんはちょっと怖いけど、なんだかんだ賑やかで……。

 この毎日が、ずっと続けばいいなって思う。

 でも、本当にこのままでいいのかな……? そんな疑問も、心のどこかでくすぶっている。

 あー、もう。

 わたしは思わず、わしゃわしゃと自分の頭を掻きむしった。なんだか、わけがわからなくなってきた。


 そういえば、この前のセツさん、本当にすごかったなぁ……。あの、なんだかよくわからない存在を、あっさり追い払っちゃうなんて……。

 ……あ。あと、あの時、セツさんを見ておもらししちゃった女の子……。大丈夫だったかな……。

 わたしが声をかけたら、ものすごい勢いで逃げて行っちゃったけど……。ちょっと心配だ。


 それとは別に、もうひとつ、胸の奥にもやもやとした懸念があった。

 わたしは立ち止まり、ポケットを探る。

 ごそごそと取り出したのは、一通の封筒。魔文(まぶん)だ。

 差出人の名前は……コーダ=コルツァーネ。

 ふぅ……。前回の手紙は思いっきり無視したから、もう来ないかと思ってたのに……。また来た。

 しかも、よく見ると、随分前に送られてきていたみたいだ。わたしが安アパートに引っ越したりしてたから、届けるべき住所がわからず配達が遅れちゃったのだろう。


 すでに今朝一度は読んだけど、再び中身に目を通す。

 内容は、前回とほとんど変わらなかった。

 相変わらず、自分の自慢話が延々と、これでもかってくらい書かれている。

騎襲闘技(チバルレイド)のプロリーグで大活躍中!」とか「ランキング3位なのよね、すごいでしょ?」といった文章だ。

 それから「なんで返信しないのよ!」といった文句が、これまた長ったらしく、本当に迷惑なくらいに綴られていた。

 そして、最後にはやっぱり……。「今度、リリアのところに顔を出してあげようと思っている」なんて、前回と同じようなことが書いてある。

 どうせ、口だけで来るわけないとは思うけど……。


 というか、今日の特訓だって、ぶっちゃけこの魔文(まぶん)が届いたからなんだよね。

 ちょっとでも体を動かせば、自分がまだ騎襲闘技(チバルレイド)に未練があるのか、それとももう吹っ切れたのか、はっきりするかなーって思ったんだけど……。

 特訓してみた結果は……うーん、よくわからなかった、というのが正直なところ。

 なんだか、もやもやするだけだった。


 そんなことをぼんやり考えながら、わたしはラグバルトの町へと続く道を歩いていた。

 石畳の通りには、パン屋さんのいい匂いや、鍛冶屋さんの金属を打つ音、楽しそうに話す人々の声が溢れている。活気があって、歩いているだけでなんだかワクワクしてくる。魅力的なお店もたくさん並んでるし……。

 今日も、帰ったらセツさんの家にお邪魔しちゃおうかな……。

 ……いやいや、いきなり訪ねたら迷惑かもしれないよね。うん。

 ……けど、シーナさんなんて、いつも何の断りもなく勝手にセツさんの家に侵入してるくらいだし……。それに比べたら、わたしがちゃんと玄関から訪ねるのは、全然、大丈夫なはずだよねっ! うん。


 とか、考えつつ、自分の住む小さな木造アパートの前までたどり着いた。

 よし、荷物を置いたら、さっそくセツさんのところへ……。そう思った、その時だった。


「――やっと帰ってきたわね、リリア。このあたしをこんなにも待たせるなんて、万死よ万死。せーっかく、こんな辺境に、わざわざ超スーパースターのあたしが来てあげたのよ」


 その、やけに芝居がかった、聞いているだけでイラッとするうざい語り口調……。

 こんな話し方をする知り合いなんて、わたしの記憶には一人しかいない。

 まさか、と思って顔を上げると……。

 アパートの壁に、ふんぞり返るように寄りかかって立っていたのは……やっぱり。

 どうみても似合っていない大きなサングラスを身に着けて、自信満々な笑みを浮かべる少女……。

 コーダ=コルツァーネ、その人だった。


「ねっ、あたしに会えてうれしいでしょ! 感激で涙を流したっていいわよ。そのときはあたしがあんたのことを優しく抱きとめてあげるから! だって、あたしは完璧でかわいいスーパースターなんだから。人気者にはそれなりの使命ってのがあるのよ!」


 ずかずかと自信満々に近づいてくるコーダを見て、わたしは思わず顔をしかめた。胸のあたりがむかむかしてきて、心の声が小声が漏れ出てしまう。


「うざっ……」

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