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―07― コーヒー仲間

 マセガキ侵入事件の翌日。

 通風口を塞ぐ手間をどうするか考えながらコーヒーの道具を眺めていると、今度はきちんと正面の扉からコツコツとノック音がした。


「……誰だ? まさか、またシーナのいたずらか?」


 そう思いつつ扉を開けると、そこには整った顔立ちの青年が立っていた。淡い金色の髪は上品にまとめられ、長身で姿勢がいい。爽やかな笑顔を向けてくるあたり、まるで貴公子がそのまま歩いてきたような印象だ。


「やあ、セツくん。急に押しかけてごめんよ。ちょっと面白い豆が手に入ったもんだから、早く君と試してみたくてね」


「ああ……って、レヤードか。久しぶりだな。大歓迎だよ、ちょうどコーヒーの道具は出しっぱなしだし」


 彼の名はレヤード。

 オレにしては珍しい数少ない友達のひとりだ。

 知り合ったきっかけは、とある商人を通じてのコーヒー豆の取引だった。

 偶然、一つのコーヒー豆を取り合って、商人に交渉するときに知り合った。

 その商人いわく「コーヒーをここまで熱心に欲しがるのは、オレとレヤードくらいしかいない」ということで、すぐに意気投合。以来、こうしてコーヒー談議をし合う仲になった。


「さあ、入ってくれ。今ちょうどマグカップが空いたところなんだ。オレが淹れるから、豆を見せてくれないか?」


「もちろんさ。今日のはちょっと南の方で採れたものらしくてね。ふつうは高地の豆ばかりなんだけど、これは山脈の麓で収穫されたらしい。どんな風味が出るのか楽しみだよ」


 レヤードはシルクの袋からそっと取り出した豆を作業台の上に並べる。見た目は少し小粒だけれど、軽く手にとって鼻を近づけると、乾燥前から甘みが強い気がする。


「へえ……確かにフルーティっぽい気配があるな。これなら、浅めに焙煎して香りを生かす方が良さそうだけど……どう思う?」


「うん、僕も同感。あまり濃い苦味を出すタイプじゃないだろうから、手始めに浅炒りでどんな味が立つか試してみるのがいいかもしれない」


 こういう何気ない会話が、オレたちの一番の楽しみだったりする。

 なんだかんだと言いながら、オレは自作のミニ焙煎釜を取り出してコンロの火加減を調整。レヤードは器用に豆をかき混ぜながら、焙煎具合を見極める。息が合うというか、遠慮なく自分の考えをぶつけ合える仲だ。


「……よし、そろそろかな。パチッと最初のはじける音が鳴り始めたし、もうちょいで止めようか」


「うん、僕もそう思うよ。……ここだ!」


 レヤードがタイミングを図って火を落とす。

 軽く急冷したあと、挽きたての粉を丁寧にドリッパーにセット。お湯の温度や注ぎ方、蒸らしの時間——こまごまとした手順は多いけれど、そのぶん完成度に直結するから気が抜けない。

 そうして仕上がったコーヒーをマグカップに注ぐと、ふんわりと甘酸っぱい香りが広がった。期待が膨らむ。


「……どう?」


 恐る恐る、一口。湯気が鼻をくすぐると同時に、ほどよい苦味と花のような華やかな酸味が口いっぱいに広がって……


「うまい、これ。酸味強めだけど全然嫌じゃない。むしろ甘さを感じる」


「だろう? いやぁ、久々にヒットだよ。これだけ美味しいと、もっとたくさん飲みたくなるけど……難しいね。やっぱりコーヒーはまだまだ高級品だし、流通量も限られてる」


 と、そこでレヤードが困ったように笑う。


「もっと安くなればいいのにな。こういう香りの楽しみが広く伝われば需要も増えて、商人たちも本腰入れて取り扱ってくれるかもしれないんだけど……」


「そう思うよ。でも、流通経路が整わないと難しいだろうなぁ。高地の大半は危険地帯だし、長距離の輸送には護衛が必要だろ? そっちのコストが馬鹿にならない」


「うん。貿易がもっと盛んになれば、そういった障害も乗り越えられそうなんだけど。……はは、ま、二人で夢物語を語っても仕方ないか」


 そう言いながら、レヤードは楽しそうに微笑む。

 何というか絵になる笑顔だ。高い身長と端正な顔立ちはまるで貴公子。性格までいいから、オレとしては「なんでこんな善人がオレみたいな陰キャと仲良くしてんだ?」と不思議になる。

 どう見ても上級貴族か、少なくとも裕福な商家の御曹司にしか見えない。本人は「ただの庶民」って言うけど、絶対ウソだろうなと思っている。


「そういえばセツくん、ちょっと相談があるんだ。実はさ、とある知り合いがコーヒーをもっと広めるために今度貴族たちに振る舞おうと考えているみたいだけどさ、どうしてもコーヒーの味が安定しないって悩んでいてね。いろんな方法を試しているみたいだけど、なかなかうまくいかないみたいでさ、セツくんならなにかいいアイディアがあるんじゃないかなって」


 コーヒーはこの国ではまだまだ珍しいものだ。

 もし、貴族たちの中で流行れば、流通量も増えてもっと手に入るかもしれないし、オレとしてぜひ応援したいな。

 とはいえ、焙煎の度合いやお湯の温度、抽出の速度なんかコツを掴むまで難しいからな、味がブレるのは仕方ない。

 オレはマグカップを置くと、前世で得た知識のどこかにいいアイディアがなかったか考えを巡らせる。


「前に住んでたところじゃ、二つのガラス容器を上下に重ねたみたいな器具を使って、安定した味を出す方法があったな。下の容器でお湯を沸かして、上に移ったお湯がコーヒー粉を通過して、最後に下に戻ってくる。そういう仕組みを使うと、一定の温度と圧力で抽出できて、毎回同じような味を出しやすいんだよ」


「えっ、上下のガラス容器? そんな道具があるのかい?」


 レヤードは目を丸くする。そりゃそうだろう。この世界では、せいぜい金属のポットや陶器のドリッパーくらいしか見かけないんだから。


「ガラスを加工して作るんだが、そこがちょっと厄介なんだよな。熱に耐えられる材質じゃないと割れやすいし。あと、下の容器には小さな熱源を当てて湯を沸かす。……まあ、オレがいた地元ではわりとポピュラーだったんだけど」


 実際のところ、前世ではサイフォン式コーヒーメーカーと呼ばれていた。

 でもそんな単語、この世界じゃ通じない。だからざっくり原理だけ説明してみると、レヤードは感心したように唸った。


「なるほど。温度と圧力を意図的にコントロールできれば、確かに味にばらつきが出にくそうだ。今のやり方だと、湯の温度も雑に測るだけだし、抽出時間も感覚まかせだしなぁ」


「そういうこと。もしガラス細工に長けた職人がいるなら、試しに作ってみたらどうだ? たぶん初期コストはかかるけど、慣れちまえば安定した味が楽しめるはずさ」


 前世の地元ではさほど珍しくなかった器具が、ここでは画期的な方法らしい。見慣れない道具に戸惑いつつも、レヤードは嬉しそうに頷く。


「いやぁ、さすがセツくんだ。そんな方法があるとは思いつかなかったよ。友人に伝えてみる。もしかしたら職人に頼んで、試作してもらえるかもしれない」


 彼はそっとマグカップを置き、きちんとメモをとり始める。早速実行に移そうとするところ、レヤードってマメだよな。


「ありがとう。コーヒー好きとしては、いろんな人に美味しい一杯を味わってもらいたいからね。……さて、もう用は済んだし、今日はそろそろ帰るよ」


 そう言いながら、レヤードはパッと晴れやかな笑みを浮かべて立ち上がる。自分が持ち込んだ器具を片づける手つきも上品で、貴公子そのものだ。


「情報料としては安いもんだが……今度、また面白い豆が手に入ったら、そっちの器具づくりの進捗と合わせて報告するよ。楽しみにしててくれ」


「おう、いつでも歓迎するよ」


 そう言うと、レヤードは爽やかに頷き、玄関へ向かう。開きかけの扉の隙間から外の光が差し込むと、彼は軽く手を振って街へ戻っていった。

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― 新着の感想 ―
耐熱ガラスも密閉技術もないのにサイフォンは無理でしょう。 蒸留酒の技術があれば真空は作れるかも知れませんが中が見えないんじゃね。 熱湯に浸けて布で濾すのがせいぜいってとこかと。 味の均一さを求めるなら…
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