―62― わたしが、フィネアちゃんを守らないと
目の前には、十人……いや、ざっと数えても十数人はいる悪そうな男たち。手にはナイフや棍棒が握られていて、獲物を囲むようにじりじりと距離を詰めてくる。
こんな人数、わたし一人で捌ききれるの……?
ちらりと背後にいるフィネアちゃんを見る。彼女はペストマスクをつけたまま、わたしのローブの裾をぎゅっと握りしめている。やっぱり、戦いには慣れていないんだ。
わたしが、フィネアちゃんを守らないと。
でも、どうやって? この人数を相手に、フィネアちゃんを守りながら戦うなんて……。
頭の中で必死にプランを立てる。
スピードで翻弄しながら積極的に前にでる? いや、これだけの人数を相手にそれをやっても、わたしを無視してフィネアちゃんに手を出す人がいるかもしれない。やっぱりフィネアちゃんの近くで防御に徹しながら隙を見て反撃? でも、わたしの魔術はそういった戦術に向いていない。
考えれば考えるほど、厳しい状況だとわかる。
こうなったら……手加減なんてしてる余裕はない! 最初から全力で、一人ずつ一撃仕確実に留めるしかない。
わたしは覚悟を決めた。身体強化の魔力を全身に巡らせ、いつでも飛び出せるように深く息を吸い込む。
そう決意した、まさにその瞬間だった。
「リリアちゃん――」
場違いなほど、明るく、そして落ち着いた声が隣から聞こえた。フィネアちゃんの声だ。わたしは「え?」と彼女の方を向く。
「リリアちゃんは離れた場所に避難しておいてね」
「へ……?」
フィネアちゃんが何を言っているのか、まったく理解できなかった。避難? どうやって?
疑問符が頭の中を飛び交うのと同時に、ふわり、とわたしの体が地面から浮き上がった。
「きゃっ!?」
何が起こったの!?
抵抗しようと手足をバタつかせるけれど、まるで意味がない。体が勝手に、ぐんぐん垂直に上昇していく。まるで、見えない糸か何かに引っ張り上げられているみたいだ!
「な、何の魔術……!?」
あっという間に路地の建物の屋根よりも高く、空へと持ち上げられたかと思うと、今度は強い力で地面に向かって引き戻される。
急降下! 目が回りそう!
ドスン! と軽い衝撃と共に、わたしはどこかの石畳の上に着地……させられた。
「い、痛……くはない。って、ここは……?」
周りを見渡すと、さっきまでの薄暗い路地裏じゃない。見慣れた、普通の通りだ。しかも、すぐ近くには……セツさんの家が見える。
どんな魔術を使ったら、一瞬でこんな場所に移動できるの?
フィネアちゃん……セツくんのおかげで賢者になれただけで自分はすごくないって言ってたけど、それでもこんなすごい魔術が使えるなんて……。
いや、感心してる場合じゃない!
わたしはハッと気づく。
フィネアちゃんが、わたしのことを守るために、逃がしてくれたんだ……!
まずい、このままじゃ、フィネアちゃんが一人であの男たちに襲われちゃう!
どうしよう、戻らないと! でも、戻ったってわたし一人じゃ……。
ぐるぐると焦りが頭を駆け巡る。
そのとき、ふと思った。
どうして、フィネアちゃんはわたしをセツさんの家のすぐ近くに?
「もしかして……フィネアちゃんは、わたしに『セツくんに早く知らせて』って、暗に伝えたかったんじゃ……?」
そうだ、きっとそうに違いない!
確かに、セツさんなら、あの規格外の強さを持つセツさんなら、あの程度のピンチ、きっと簡単に助けてくれるはず!
わたしは迷いを振り払った。
「疾風!」
魔力を脚に集中させ、わたしは全力で駆け出した。
セツさんはさっき「ちょっと用事ができた」って言って家を出たばかりだ。「家の近辺からそんなに離れないと思う」とも言っていた。なら、まだ遠くには行っていないはず!
通りを走り抜け、角を曲がり、必死にセツさんの姿を探す。
頼む、いてくれ……!
しばらく走ると、前方の道をのんびりと歩いている、見慣れた後ろ姿を見つけた!
「セツさんっ!」
わたしは声を張り上げる。セツさんがゆっくりと振り返った。いきなりのわたしの登場に少し驚いてる。
「大変なんです!」
息を切らしながら駆け寄るわたしの焦った顔を見て、セツさんは困惑した表情になった。
「フィネアちゃんが! あの、悪そうな男たちに囲まれていて……このままだと襲われます! セツさん、助けてください!」
わたしの必死の訴えに、セツさんは落ち着いた声で尋ねてきた。
「どんなやつが襲ってきたんだ?」
「えっと、十人以上いて、ナイフとか棍棒を持っていて……いかにも悪党って感じの……!」
男たちの様子を伝えると、セツさんは一瞬だけ考える素振りを見せたが、すぐに、こともなげにこう言った。
「ああ、それなら大丈夫だろ」
「…………え?」
わたしは一瞬、セツさんの言っている意味がわからなかった。大丈夫? あの状況で?
「フィネアはああ見えて、意外と強いからな」
「え……? フィネアちゃんが……強い……?」
セツさんの言葉が、まったく理解できなかった。フィネアちゃんが強い? あの、いつもおっとりしていて、戦闘なんて苦手だって言っていた彼女が?
わたしの頭は、ますます混乱していくばかりだった。
◇◇◇
リリアの姿が空の彼方へと消え、地面に下ろされたであろう場所はもう見えない。
フィネアは、それを確認することなく、ゆっくりと自分を取り囲む男たちへと向き直った。
男の一人が、汚い歯を見せてニタニタと笑いながら口を開く。
「へっ、仲間を逃がしてあげるなんて、お優しいこったねぇ。だが、てめぇは逃がさねぇぞ」
その嘲笑うような言葉に、フィネアは静かに首を横に振った。そして、顔を覆っていたペストマスクをゆっくりと外す。
現れたのは、穏やかで、どこか儚げな印象すら受ける少女の素顔。だが、その瞳の奥には、先ほどまでの怯えは微塵もなかった。
「違うよ」
凛、と響く声。それは先ほどまでの彼女の声とは明らかに違う、冷たさを帯びていた。
「逃がしたのは、あの子を助けるためじゃない」
「はぁ? 何言ってんだ、おまえ」
男たちは不可解そうな表情を浮かべる。フィネアは構わず言葉を続けた。
「だって、あなたたち程度なら、リリアちゃんを守りながらだって、戦うことはできるもん。……でもね」
フィネアは、ふぅ、と小さく息を吐く。
「見られたくなかったの。これからやることを」
「見られたくなかった……?」
「だって、わたしの魔術って……ちょっと、怖いから。せっかくできた友達に、怖がられるのは嫌でしょ?」
まるで世間話でもするかのような口調。だが、その言葉に含まれる不穏な響きに、男たちは眉をひそめる。「なに言ってんだ、こいつ……」「頭でもおかしいのか?」そんな囁きが聞こえてくる。
フィネアは、そんな彼らの反応を意にも介さず、静かに告げた。
「わたしはセツくんと違って……あんまり、優しくないからね」
その言葉が放たれた瞬間、フィネアのまとう空気が一変した。
穏やかさも、儚さも消え失せ、代わりに底知れない、冷え冷えとした『何か』が、彼女の全身から滲み出してくる。
ぞくっ。
男たちは本能的に悟った。目の前にいるこの小柄な少女が、自分たちの理解を、常識を、遥かに超えた存在であることを。
先ほどまでの余裕は消え、顔には恐怖と警戒の色が濃く浮かび上がっていた。




