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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―57― うん、悪くない銃だね

「……もう一度、セツの暗殺を任せてもらえるとはな」


 わたし――黒鴉は、狭いホテルの室内で桃兎と向かい合いながら、こみ上げる複雑な感情を何とか抑えていた。

 シャワーを浴びたばかりで髪はしっとりと湿り、冷え始めた足元がじんわりと床にしみこむ。心も同じくらい、冷え切ったままだ。

 だが、桃兎は軽い調子で「そーだよ、おねえちゃん。あたしと一緒にセツって男を殺るの」と言い放つ。


「おまえと……二人でか?」


「あは、嫌そうな顔だね。F級冒険者ごときに二人がかりなんて情けない? ま、そりゃそうかもだけど」


 桃兎はにやけながら、テーブルの上で指をトントン弾ませている。わたしは悔しさに唇を噛み締めた。

 F級冒険者ひとりにどうして二人で手を組まねばならないのか。だが、この期に及んで意地など張ってはいられない。


「それに、おねえちゃんにはあたしの指示に従ってもらう。勝手な行動はゆるさない」


「……ああ、わかった」


 声がふるえる。だけど、それを押し殺すように返事をするしかない。

 わたしが一度ならず三度までも暗殺に失敗した以上、今のわたしに勝手なんて許されるはずがない。

 桃兎が「いい返事」とばかりに笑っている。

 その軽薄さに何度歯噛みしてきたことか。それでも、今は黙って従うしかない。最後のチャンスだからこそ、成功させなければ。


「じゃあ、おねえちゃん。まずは改めてこれまでの失敗を詳しく聞かせてくれない? どこで狙撃しようとした? どういうタイミング? ――ぜんぶ」


 桃兎の声はどこか浮ついた調子を装っているが、瞳は鋭い。


 わたしはホテルのベッド脇に腰を下ろし、かつての暗殺失敗について語り始めた。

 三度の狙撃を試み、それぞれ暴発したこと。前後の状況、狙撃ポイントから、銃身の状態まで――恥ずかしげもなく全部さらけ出すしかなかった。

 そのあいだ桃兎は声をはさむことなく、ただ相槌を打ち、「うん、うん」と頷く。だが、その顔には相変わらず嘲笑の色が浮かんでいるように見えて、胸が痛んだ。


 時間がたち、わたしの話は一通り終わる。

 桃兎は満足げに手を打ち合わせ、「へぇ~、じゃあ、暗殺するときに限って、三回とも銃が暴発したわけね。狙撃銃を構えて引き金を引こうとした瞬間に?」とまとめてみせる。


 わたしは悔しそうに顔をそむけながら「……ああ」と答えるしかない。まるで信じられない偶然だが、事実なのだから仕方ない。


「ほんっと、どんだけツイてないのよ、おねえちゃん。ドジってレベルじゃないねぇ、これは」


 桃兎が小さくあくびしながら、テーブルに置かれた狙撃銃を手に取る。


 今のこれは、前の暴発銃が完全に廃棄寸前だったため、新しく買い直したものだ。それなりの金額をはたいて工房の鍛冶師に作ってもらった。

 問題のあった部品は一切使わず、今度こそ絶対に安全という自信があった。

 だが、実際に使う前に、ボスに見捨てられたのだが。


「で、これが新しい狙撃銃なんだよね? ふむ、表面は特に変わったところはないし、魔導刻印もしっかりしてる。森で試射したら平気だったんだっけ?」


 ああ、とわたしはうなずく。

 実際、これまでの狙撃銃だって森の中で何十回か試し撃ちをしても一度も不具合はなかった。引き金の反応もよく、手ごたえは完璧だった。

 それなのに、いざセツを狙う段階でだけ――まるで呪われているかのように暴発するのだ。


 桃兎はふんふんと銃身を覗き込み、支点を動かしながら軽く狙いを定めるような仕草をしている。

 銃口がわたしのほうを向いたので、思わず息を詰めた。

 桃兎はわざとらしく、「撃っちゃおっかな~」なんて冗談めかして笑う。それから肩をすくめて、「うん、悪くない銃だね」と感想をこぼした。



 一方で、桃兎はそんな黒鴉の必死な顔を眺めながら、内心でせせら笑っていた。彼女――桃兎にしてみれば、黒鴉の素直さはもはや単純の一言に尽きる。


(「ボスがチャンスをくれた」とか言えば、こうやって簡単についてくるんだから。おねえちゃんったら扱いやすいったらないよね)


 桃兎は狙撃銃を丁寧そうに扱いながらも、まったく別の考えを巡らせる。

 おねえちゃんは、黒鴉というコードネームで暗殺者の世界で狙撃の腕こそ高く評価されていた。

 実際、彼女の狙撃の腕は大したもので、どんな条件下でも標的を一撃で仕留める。

 けど、実際は頭が堅く不器用。だから、今回のように騙される。


(それにしてもさ、三度も偶然暴発しちゃうなんて、さすがに本人はおかしいと思わないのかなー?)


 桃兎は指先で銃床をコンコンとノックする。

 今回、彼女は事前に鍛冶師も調べ上げた。

 裏から指示を出されて狙撃銃を細工した可能性を疑ったが、どうやらその線は薄い。森での試射でも問題なかったというなら、銃そのものが欠陥品とも言いがたい。


(ってことは、やっぱり問題はセツって男だよね)


 桃兎は冒険者ギルドにも潜入し、しばらくセツを観察してみた。だが、聞こえてくる話はどれも「才能のない底辺」というものばかり。

 どぶさらいしか受けないF級……そんなのが三度の暗殺を回避できるわけがない。しかし、事実として暴発が起きている以上、何らかの力が働いている。


(可能性としてありそうなのは、なんらかの結界のような秘めた能力をセツ本人が持っているとかかな。けど、本人を見た限り、どうもそうじゃなさそうなのよね)


 桃兎が改めて情報を洗い直したとき、絶界の魔女シーナの存在に突き当たった。

 セツの周囲でよく見かける危険人物。それが魔女だと聞けば、なんだってできてもおかしくない。銃を暴発させる程度の芸当、わけないに違いない。


 つまり、暴発の原因、それは――絶界の魔女シーナ。という結論に至るのは自明だ。彼女が裏からセツのことを守っていたのだろう。


(ふふ、つまり、この暗殺は魔女との戦いってわけね。面白そうじゃん。魔女を出し抜いてセツを殺せたなら……ものすごく快感なんだろうなあ)


 そう考えると、桃兎の胸ははやる。

 魔女をなんらかの方法でセツから引き離せばいい。そのために、おねえちゃんを囮として利用してもいいし、他の誰かにそれを任せる手段だってこっちにはある。


(ま、あたしの天才頭脳があれば魔女さんぐらい簡単に出し抜けるしね)


 桃兎は唇を弧にゆがめながら、そっと狙撃銃をテーブルへ置き直していた。

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