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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―54― 意気投合

 フィネアの突然の告白で場の空気が凍っていた。

 オレも、なんでその話をぶちまけるんだよ、と頭を抱えそうになる。

 

「ちょ、ちょっと待てフィネア」


 なんとか落ち着かせようとオレが口を開く前に、フィネアは椅子から立ち上がり、勢い任せにまくし立て始めた。


「わたしが『刻環の賢者』なんて呼ばれるようになったのは、セツくんが実は……その……新しい魔導刻印の理論をこっそりと──」


「あーはいはいはいストップ!」


 オレはとっさに片手を挙げ、フィネアの言葉を遮った。あわてて言葉を止めなければ、全部ぶちまけられかねない。

 いや、すでに半分くらい危ういが。


「落ち着けよ、フィネア。あんまり変なこと言うなよ。いま聞いた話じゃ、まるでフィネアが賢者になれたのは全部オレのおかげだ、って言っているようなもんだろ。そんなの荒唐無稽もいいところだ」


 もちろん、本当のところは『あらかじめオレが研究してた魔術理論』を彼女名義で発表してもらったわけだが……それを堂々と公言されると、面倒なことになるのは火を見るより明らかだ。


「けど、事実なんだもん……。ほとんどセツくんの研究成果をそのままわたしが……」


「いやいや、フィネアがとてつもなく優秀だったから賢者になれたんだろ。オレはただのF級でどぶさらい専門の底辺冒険者だぞ。そんなオレに、賢者に選ばれるようなすごい論文を書けるわけないだろ」


 反論の余地がない完璧な理屈なのに、シーナもリリアも黙って渋い顔をしていた。


「ふーん、ただのF級の底辺冒険者ねぇー」


 と、シーナは明後日の方を向きながら呟く。


「セツさんなら普通に有り得そうなのが怖い……」


 リリアはそう呟いて、青ざめていた。

 なんで、こいつらオレの言い分をまったく信じてくれないんだ!? こうなったら、もう一度、できるだけ冷静に説明を試みるしかない。


「いいか、落ち着いて聞いてくれ。賢者の称号って魔術界で一番すごい権威なんだろう。そんな賢者に認められるような論文を一介の冒険者であるオレが思いつけるわけ――」


 そこまで言い切る前に、シーナが「うるさいわね」という感じで手を振った。


「さすがわたしのダーリン、と言いたいところだけど、今回は流石にドン引きね。あんたが規格外な存在なのは知ってたつもりだけど、ちょっと想像を超えてきたかも。驚きを通り越して、引いてしまったわね」


 シーナは呆れた様子で語っていた。

 だから、なんで信じてくれないんだ。再び、反論しようとして、今度はリリアが割り込んでくる。


「セツさんが賢者ってのは、むしろ当然というか、逆に賢者じゃないほうが不自然な気がしますが……。でも、他人名義で発表して賢者の称号まで他人に渡してしまうなんて……驚きを通り越して恐怖しか感じないです……」


 駄目だ、もう二人ともオレの言い分なんて一切聞き入れるつもりがないようだ。

 向かいの席にいるフィネアはまばたきを繰り返しながら、なにか込み上げるものを必死でこらえているように見えた。


「よかった……やっと、わたしの気持ちがわかってくれる人が……」


 フィネアはそう呟いたかと思うと、瞳を潤ませて嬉しそうに小さく鼻をすする。まさかの涙ぐみシーンに、オレはビクッと身を引いてしまった。そんな大げさな話か……?


「フィネアさん……」


 リリアはそれを見て、驚いたように声をかける。


「だって、いままでこんな突拍子もない話、誰にも信じてくれないと思ってましたので……みんな『フィネア様すごい!』って称えてくれるたびに、わたしの心は押しつぶされそうだったんです。だから、お二人がわかってくれても、すごく嬉しいです……!」


 フィネアが一気に感情を吐き出すように言葉をこぼすと、リリアは無意識に頷き、彼女の手をそっと握った。


「これから、セツさんのことで困ったことがあれば、なんでも相談してください! わたしもフィネアさんほどではないですが、似たような経験をしたことがありますので。少しはお役に立てると思います!」


「リ、リリアさん……ありがとうございます……!」


 フィネアは手を握り返し、にこりと微笑んだ。リリアの言葉が余程嬉しかったのか、さらに涙ぐみそうになっている。

 すると、シーナまでもが席をずらしてフィネアの隣にやってきて、深刻そうに言う。


「まぁ、あたしもずっとダーリンには振り回されてるしね。賢者ちゃん、その……ダーリンは見た目以上に天然だから、これからもいろいろやらかすわよ。なにより悪質なのは、本人がそのことに自覚がないことね」


 いつもなら、しつこいぐらいにオレのことを全肯定するシーナが、こんなふうにフィネアに同調するなんて……珍しすぎてオレも思わず「マジか……」と呟く。

 フィネアはシーナが同意してくれたこともうれしかったようで、より一層嬉しそうに涙ぐむ。


「魔女さん……ほんとセツくんって、ものすごく天然ですよね。え? なんで、そんなに色々とできるのに、肝心なことがわかっていないの、みたいなことが多すぎます」


「「ホントにそれ!」です!」


 シーナとリリアがハモった。二人とも、オレに関してはある意味で共感できるらしい。

 そのまま三人はわいわいと盛り上がり始める。フィネアも最初はおどおどしていたのに、リリアやシーナから妙に優しく迎えられて、すっかり打ち解けた表情になっている。


「フィネアさん、これからももっと仲良くしてください!」


「はい、もちろんいいですよ! それと、わたしに対して、敬語とか全然使わなくていいですからね」


「えっ、じゃあ、フィネアちゃんと呼んじゃおっかな。賢者をちゃん付けするとか、ちょっと地元の知り合いに自慢できちゃいそう」


「えへへー、もちろん、いいですよ。じゃあ、わたしもリリアちゃんって呼びますね!」


「ちょっと、わたしもそのなかに入れなさいよ」


「もちろん、魔女ちゃんも敬語とか使わなくてもいいからね!」


「まあ、わたしはそんなこと言われなくてももともと使うつもりなかったけど」


 三人はすっかり意気投合したのか、楽しそうに談笑を続けている。

 その輪に――オレは入れていない。

 自分の家なのに、まるで居場所がなくなったかのような不可思議な気分だ。

 なぜみんなこんなに盛り上がってんだ……しかも、オレを話題にして勝手に仲良くなってるって……。


「…………ふぅ」


 オレは、ふと忘れかけていたコーヒーの香りをかぎながら、静かにため息を落としていた。

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