―41― おいしい料理
「じゃ、ふたりとも、ちゃっちゃと準備するから静かにしていろよ」
そう言って、俺は収納魔術で手早くいろいろと取り出す。さっき採ってきたフキノトウやコゴミ、ヨモギなんかもあるし、冷蔵機能がある魔道具に保管している野菜や小麦粉も取り出せば、あとは揚げるだけの簡単な作業だ。
フィネアもといがオレが考えた『刻環融合のアーティクル理論』のおかげで、こういう生活を豊かにする魔道具が安価で手に入るようになったんだよな。
これから使う魔道コンロもそんな便利になった道具のひとつだ。燃料である魔液を炎に変換させ、その炎の火力を調整する魔導刻印が刻まれている。
「おわぁ……これが魔導コンロですか……。最近、いろんな魔道具が出回るようになって便利になりましたよね」
リリアが興味津々に魔導刻印の光を覗き込む。
「ん、これだと火力調整も簡単なんだ。よいしょっと……まずは油をフライパンに入れて、温度を上げていく。……よし、山菜はさっき下処理しておいたけど、もう一度洗って水気をしっかり切らなきゃな」
「は、はい、わたしがやります!」
リリアが張り切って山菜を洗い始める。しゃしゃっと水をくぐらせたあと、食器棚から取りだした布巾で水気を軽く拭っている。おっかなびっくりな動きはしてるが、丁寧な性格なのか、手際は悪くない。
「ダーリン、わたしにもなにか手伝わせてあげてもいいんだけど」
リリアが手伝っているのを見て、自分も手伝いたくなったのかシーナが甘えた声で言ってきた。シーナのやつ、いつもはソファでだらけているくせに。
「じゃあ、シーナは衣を作るの手伝ってくれ。ここに小麦粉と卵、それから水を混ぜてくれ。むやみにぐるぐる混ぜすぎると粘るから、さっくりで頼む」
「任せなさい。まぜまぜすればいいだけなら簡単ね」
シーナはボウルに小麦粉と卵を投入して勢いよくかき混ぜ始める。ほんとは少しずつやったほうがダマにならないんだが。
まあ……いいか。どうせ誤差だし。
一方リリアはフキノトウの泥を落とし、コゴミのくるんと巻いた部分に残る汚れを丁寧に洗い流してくれている。
いちいち「この部分は切ればいいんでしょうか?」「先端が曲がりすぎてるけど食べられる?」なんて訊いてくるので、そのたびに教えてやるのは少し手間だけど、素直に従ってくれるから進みは悪くない。
やがて、ころもが準備でき、山菜の水気もほどよく拭き取れたところで、魔導コンロを起動。
魔術刻印で燃料が炎に変換され、一定の温度まで加熱できる仕組みは本当に便利だ。温度計を挿しておけば、だいたいの油温もわかるしな。
ちょうど170度あたりにキープしたところで、山菜をころもに潜らせてから投下すれば……。
ジュワァ……ッ。
華やかな泡とともに、フキノトウやコゴミが踊るように揚がっていく。魔導コンロのおかげで温度が急に下がりにくいのがありがたい。俺はトングで軽く転がし、気泡が落ち着いてきたあたりで油から引き上げていく。
シュッと余分な油を切って、紙の上に並べると、ほんのり薄緑のころもに包まれた山菜たちがいい感じに仕上がっている。ころもの隙間から蒸気とともに独特の香りが立ち昇って、たまらない食欲をそそる。
「うわあ……サクサクでおいしそうですね」
リリアが目を輝かせながら、揚げたての天ぷらに鼻を近づける。
そんな彼女の後ろではシーナが「ねー、あたしの衣作り完璧だったでしょ?」と得意げに胸を張っているから、まあ素直に褒めておくか。
「おう、なかなかいい感じの仕上がりだよ。二人のおかげで助かったな」
こうして、目の前には湯気をあげる山菜の天ぷらの盛り合わせができあがった。フキノトウの苦味、コゴミのシャキっとした食感、ヨモギの豊かな香り……すべて揚げることでベストなところが引き出されている。
さらに彩りを加えるために、余っていたニンジンやタマネギも刻んでかき揚げ風にした。少しだけ魔導コンロの火力を上げてサッと二度揚げすれば、外はカリッ中はふわふわ。
「さあ、終わり。まとめてテーブルへ運ぶか」
盛り合わせを小皿に移し、塩と、あとは醤油があれば最高だが、手に入らないので、代わりにハーブソースなんかも用意して、それらをリビングに運ぶ。テーブルは小さめだけど三人が座るくらいはなんとかなる。
「よし、できあがり。じゃあ、いただきますかね」
バサッと腰を下ろすや否や、リリアが興奮を抑えきれない様子でフォークを手に取る。シーナは相変わらず「ダーリンに食べさせてもらいたい」などとゴネているが、まあ黙って自分で食ってろと一蹴した。
「フキノトウから食べようっと……苦いんですよね? どれどれ……」
リリアが小さなフキノトウ天ぷらをつまみ、ぱくっと口に放りこむ。苦いと聞いてと身構えてたみたいだが、噛んだ瞬間に目を丸くした。
「うわっ、ほろ苦いのに、下にほんのり甘みもあって……すごい。サクサクで香りがすっごくいい」
彼女は一口ごとに感動しているみたいで、フォークを動かすたび「おいしい……!」と繰り返すからこっちまで嬉しくなってくる。
一方シーナはシーナで、ヨモギの天ぷらにかぶりつきながら「ふふ、悪くないじゃない。ちょっと苦みがあるのが逆にそそられるわね」とか言って満足そう。
こうして三人で揚げたての天ぷらを食べながら、なんだかんだわいわい盛り上がる。シーナとリリアが一緒の席で大丈夫か心配してたけど、結局食べているあいだは何事もなかった。やはりおいしい料理は、人間関係をまろやかにしてくれるもんだな。
「はぁ……ごちそうさまでした! セツさん、本当にありがとうございました! あの……」
食後、皿を片づけながらリリアが声をかけてきた。ちょっと緊張しているように見える。
「その、わたし、今日もこんなにおいしい料理をごちそうになって……もし、もし迷惑じゃなかったら、また遊びに来てもいいですか……?」
視線を合わせようにも、少し恥ずかしそうに俯いている。
となりでシーナが「ふん……」とつまらなさそうにしているのが気になるが、まあそんなに嫌悪感出してないから、許容範囲かな?
「別に構わんぞ。山菜だってこれからの季節はまだまだいろいろ出るし。また一緒に行って、食べような」
「あ、ありがとうございます……!」
「よし、じゃあ今日は解散だな。あんまり遅くなると危ないし、気をつけて帰れよ?」
「はい! きょうは本当に楽しかったです!」
そう言ってリリアは深々と頭を下げ、玄関へ向かう。家を出る直前に、こっそりこちらを振り返って、「また、近いうちに……」と口だけ動かして笑ってから去っていった。
窓の外はすでに夜闇が広がり、星がちらほら瞬いている。シーナは適当にソファへだらりと寝転んで、「今日はダーリンの家で寝よ~」などと呟いているから、オレとしては深い溜め息しか出ないけど……まあ、これはこれでいつもの日常だ。
後でシーナを家から追い出さないとな。どうせ朝になったら部屋に侵入してそうだが。




