―03― 旅の冒険者
新しい依頼者が来たのかと思って顔を上げると、見慣れない少女の冒険者が入ってきた。
一見して若い。子供だと言われても違和感ない。
だけど、腰には短剣を差している。髪を高い位置でまとめていて、かわいらしい雰囲気はあるものの、立ち方からしていかにも実戦をくぐり抜けてきた雰囲気だ。
「……すみません、受付ってこちらでいいんでしょうか?」
セレナは、腰に短剣を差した少女を見つめながら微笑みを返した。しっかりとした瞳でこちらを見据えているが、どこか余裕のない雰囲気も感じられる。
時刻はもう昼を過ぎていて、依頼を受けるには遅めの時間帯だ。セレナはなるべく丁寧に対応するべく、椅子から軽く身を乗り出す。
「いらっしゃいませ。こちらが受付ですが、何かご用件でしょうか? もし新規登録なら手続きを……」
そう問いかけるが、少女は小さく首を振った。すでにギルドカードは持っているらしい。
「いえ、依頼を受けたいんです。わたしは旅の途中でこの街に来た者でして……」
セレナは納得したように頷いて、カウンターの脇にある依頼書のラックを覗き込む。
「かしこまりました。まだ残っている依頼があるか、確認しますね」
ラックには朝のうちに引き取られた依頼のカードがずらりと並んでおり、未依頼の札はほとんど見当たらない。昼を過ぎると、大半の仕事はすでに埋まってしまうのが常だ。
「申し訳ありません。実は今朝のうちに、ほぼすべての依頼が引き取られてしまいまして……」
そう言って頭を下げると、少女はがっかりしたように肩を落とした。
何か切羽詰まっている様子で、言葉を探すように視線を彷徨わせている。しばらくしてから、かすれた声を出した。
「そうですか……。やっぱり遅かったですか。でも、どんな仕事でもいいので受けたいんです。汚れ仕事でも構わないので……ドブさらいならありますよね」
どぶさらいの単語を聞いた瞬間、セレナは先ほどの冒険者の姿を思い浮かべる。彼——セツさんがちょうど三十枚ほどのどぶさらいの依頼書を持ち去ったばかりだ。
「ごめんなさい。実はそのどぶさらいの依頼も、先ほどセツさんという冒険者がまとめて引き受けてしまったんです」
「え!? そんな!? 普通はみんなやりたがらないから残っているはずなのに……」
少女は大きく肩を落とす。よほど、お金に困っているんだろうか。
「あの、実をいいますと、どうしても今日中にお金を作りたくて……。その、実は今晩の宿代もなくて……。だから、無理を言っているのはわかってるんですが、なんとかお仕事はいただけないでしょうか……!」
少女はそういうと、深く頭を下げた。
ここまで必死にお願いされたら、無下にはしたくない。なにか救済策はないだろうかと、セレナは考え込む。
「もしよろしければ、セツさんっていう冒険者を追いかけてみるのはどうでしょう? 彼は出発してからあまり時間も経っていませんし、すぐに追いつくはずですよ。それで途中で合流して手伝わせてもらう形なら報酬を分けてもらえるかもしれません」
少女は半信半疑といった顔つきでセレナを見つめる。
「えっと、そんなうまくいきますかね? そもそも、どこに向かったかもわからないのに……」
「それならリストをお渡ししますから、順に探していただければ、どこかで会える可能性は高いと思いますよ。おそらく、ここから一番近いところの北側の住宅街にいるんじゃないかしら」
説得するようなセレナの言葉に、少女は視線を下げて少し考えたあと、意を決したように頷いた。
「その、セツさんがここを出たのは具体的に何分前ですか?」
少女の問いにそうですね、とセリナさんは口にしながら、壁にかかっている時計を確認すると、こう口にした。
「まだ十分ぐらいしか経っていないと思いますよ」
「それなら、すぐに追いつけそうです。わかりました。すみませんが、リストをお願いできますか」
セレナは住所一覧が書かれた紙を用意し、少女へと手渡す。
「ありがとうございます。もし彼に会えたら、どぶさらいの一部手伝わせてもらう形で報酬を分けてもらえないか交渉してみます。うまくいくかはわかりませんけど……」
「セツさんは優しい方なので、きっとお願いを断ったりはしないと思いますよ。ただ、少し口下手なところがありますので、そこだけは誤解しないであげてくださいね」
セレナは、少女の緊張を解くように微笑みかける。
彼なら、見知らぬ人とのやりとりはぎこちないかもしれないが、最終的にきっと折れてくれるだろう。セツさんが優しい方なのはセレナが一番知っていた。
「本当に助かりました。ありがとうございます、受付のお姉さん。すぐに向かってみます」
少女はそう言うと、セレナから地図と住所が書かれた紙を受け取る。ギルドの扉に向かう前にもう一度お礼を述べ、そそくさと出て行った。
(セツさん優しい人だから、絶対にうまくいくはずよね)
そして、もしセツさんが少女と出会ったなら、どんなやりとりがあるだろう。セレナは想像をかきたてられながらも、手元の書類を整理し始めた。ほんの少しだけ胸に募る嫉妬と期待を封じ込め、受付嬢としての仕事に専念する。
「んー、さっきの子、どこかで見たことあるんだけどな……」
それはずっと横にいた先輩の受付嬢ミレイの言葉だった。
セレナが振り向くと、彼女はうんうんと唸りながら、思い出せないとこめかみを抑え続けていた。