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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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22/67

―22― 講習会はどんな様子ですか……?

「うーん……腹減った」


 夕飯のことをぼんやり考えながらオレ――セツはベンチでのんびり腰掛けていた。

 とはいえ、周囲は講習会の真っ最中。早く終わらねぇかな。


「……あー、ガーデニングの水やり、帰ったら忘れずにやらないとな」


 肩をすくめながらため息をつく。

 このままだと帰宅時間が遅くなる。そうなればミニトマトの収穫も遅れるし、さらに明日は休みたいし――と、頭の中はすでに帰宅後の段取りでいっぱいだった。


 しかし、そんなのんきな思考をしているうちに、ふと気づく。

 視線を戻してみると、いつの間にかリリアがシーナにボコボコにされているではないか。


「あらら……。リリア、頑張ってんな……大丈夫か」


 シーナはどうみてもやばいやつではあるが、最低限の加減はしてるはず。流石に、殺しはしないだろう……多分。

 それにしても、他の冒険者はシーナほど強くはないみたいで、一方的にやられている。講習会と言いつつ、これは単なるリンチのような? ま、でも実戦形式の指導ってこういうもんなのかなぁ。

 この世界にきて、誰かと特訓なんてしたことがないから、その辺りの事情にはどうしても疎い。

 そんなことをぼんやり思っていたら――バッチリ目が合ってしまった。リリアと。


「ん?」


 リリアは明らかに怯えていた。

 せっかくの強気キャラもどこへやら、顔面蒼白で、オレを見つめながらこっちにすばやく近づいてくる。


「セツさん……、あの人こわいよぉ……!!」


 そう言った途端、リリアが胸に抱きついてきた。めちゃくちゃ擦り寄ってくるもんだから、びっくりして思わず腰を浮かせてしまう。

 普段はえらそうにMVPだとかスピードが得意とか言ってたのに、いったい何があったのか、今は完全に子犬のように震えている。

 目がうるうるで、こちらに助けを求めているようだ。


「え、えっと……」


 まずい、まったく状況が把握できていない。


「ダーリン。邪魔しないでって言ったよねー?」


 案の定シーナがこっちを睨んできた。全身から漂う殺気がピリピリと刺さるようだ。

 リリアはその殺気にビクッと震え、さらにオレの肩にしがみついて小動物みたいに隠れようとしている。


「セツさん、セツさん……お願いします、リリアを助けてください! あ、あの人がいじわるするんですっ……!」


 あれだけ強気だったリリアがこんな顔をするなんて……。正直、戸惑いを隠せない。

 どことなくあざとい感じもするけど、でも実際かなり痛めつけられたみたいだし、目にも涙を浮かべてるから真剣に怖がっているのは確かだろう。


「……シーナ、流石に落ち着いたらどうだ?」


 オレはリリアを抱きとめつつ、シーナに向き直る。それでも彼女は子供のように頬をふくらませて、わがままそのものの表情を浮かべていた。


「やだーやだー! こいつをボコボコにしたいー! 今せっかくいいところだったのにー!!」


「いいから、落ち着けって。もう十分ボコボコにしただろ? リリアも泣いてるぞ」


「えー、だって泣かせるのが楽しいんじゃない! ひとしきり遊んだらポイッてやろうと思ったのに……!」


 こいつ、よくこんなヒドいこと平然といえるな。とりあえず、ここは適当に丸め込むしかなさそうだ。んー、なにかいい方法でもないかな。


「そ、そうだな……、シーナ……あとでこの街の行きつけの店に行こう。スイーツでも奢ってやるからさ。な?」


「スイーツ!? わー、ダーリンとデートだー!」


 あっさり釣られた。シーナの瞳が一気にきらめく。腰に手をあててテンションを上げる彼女を見て、リリアはビクリと身をすくませる。

 しかしシーナは上機嫌でにっこりして、ようやくリリアに視線を戻した。


「ふふっ、ダーリンに免じて許してあげる。殴るの、もうちょっとだけ我慢してあげる。よかったね、リリアちゃん?」


「え……は、はい……ありがとうございます……?」


 まるで圧政下の民か何かみたいなリリアの返事。すごくおどおどしている。そのまま、オレの腕をつかみながら縋るように顔を見上げてきた。


「せ、セツさん、本当に……ありがとうございます……。こんな……何もできないわたしを助けてくれて……」


 いや、助けたっていうか、シーナが勝手に納得してくれただけなんだが。でもリリアは感激したような瞳をしていて、オレにはちょっと分不相応なような。正直いろいろ困惑する。

 そして、そんな宙ぶらりんの空気の中で、ギルドの支部長が慌ただしい足音を立ててやってきた。

 訓練広場に倒れた冒険者たちを見て、盛大に目を見開く。


「講習会はどんな様子ですか……? こ、これは……? み、皆さん、大丈夫ですか!?」


 ガルドたちを見れば、一目で状況は推し量れるだろう。四人は砂まみれで伸びているし、リリアもぼろぼろ。最初は五人とも元気に自己紹介していたのに、今は哀れな姿をさらしている。


「ええと、シーナさま……これは、どういう……?」


 支部長がシーナにおそるおそる声をかけると、彼女はバツが悪そうにでもなく、むしろあっさりと答えた。


「うーん、どうって……ただの講習よ。大丈夫よ、まだ殺してないから平気平気!」


「い、いや、殺してないって言われても……これは流石に……!」


 確かに、地面でうんうん唸っている四人を見てショックを受けていた。あぁ、やっぱりこの世界でも講習会でここまでボコボコにするのは異常なようだ。

 支部長は急いで受付嬢を呼び、治癒師の手配を指示する。


「早く救護班を呼んでくれ! 怪我の状態を確認して、手当を急ぐんだ!」


 オレはこの支部長の姿に妙に緊張した。というのも、ギルドの要職にいる人だし、あまり悪い印象を与えたくない。

 一応、いつもドブさらいの仕事を回してもらっている立場だし……前世の社畜経験から察するに、偉い人にはヘタに逆らわないほうがいい。


「え、えっと……いつもお世話になっております。支部長、今日はなんというか……お日柄もよく……」


 拙いながらも頭を下げるオレに、支部長は「これはどうも……」と微妙な表情でうなずいてくれた。

 うーん、会話の続きが出てこない。次になんて言えばいいか分からず、沈黙してしまう。気まずい……。

 そのタイミングでシーナがオレの袖をひっぱり、「ダーリン、もういいでしょ、こんなやつ」と失礼なことを言う。


「お、お前な、支部長さんに向かってなんて態度だよ……!」


 さすがにマズいと思い、オレはとっさにシーナの後頭部を軽く叩いた。すると、シーナは「あん」と首をすくめる。

 隣のリリアはそんな光景を見て、小声で「すごい……魔女を平然と叩くなんて……」とか呟いている。


「ええと……支部長さん、講習会はもう大丈夫ですかね? やることは一応、終わったっていうか……うん、みんな倒れちゃいましたし」


 オレが話を振ると、支部長はぐるりと周囲を見回して「これ以上、続行は不可能ですね……うん、救護が最優先です。講習会はここで打ち切りましょう」と青ざめた顔で答えた。

 そこへ、ちょうど何人かの治癒師が駆けつけてくる。倒れた四人の手当を始めると、場はようやく一息ついた。


「よーし、じゃあ終わりね。終わったなら、ダーリン! 早くスイーツ食べにいこー!」


「え、あ、お前、もうちょっと支部長にちゃんと――」


 オレの言葉を待たずして、シーナはオレの腕をガッチリ掴んでズルズルと引っ張り始める。


「セツさん……っ! わ、わたしも行きたいかも……」


 リリアがオレに縋りそうになるけど、あちこち負傷しているから治癒師に止められた。


「リリアさん、今は無理しないで治療を受けてください……あなた、肋骨にヒビが入ってそうですよ。安静にしないと大変です!」


 リリアは「でも……セツさん……が」と未練がましくこちらに視線を送ってきた。けど、治癒師に説得されて渋々残る。どうやら強制的に安静状態になるっぽい。


「ま、オレはオレでシーナにつかまっちまったし……また今度な、リリア」


 急いで視線で合図すると、リリアは小さく頷いて「はい……セツさん、ありがとうございました」と少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 それを横目に見ながら、シーナは「ダーリン早く早くー!」とオレの腕をぐいぐい引っ張る。仕方なく、オレは訓練広場を後にした。


「はぁ……なんかすごい疲れたな……」


 これ以上シーナが騒動を起こさないことを祈るしかない。

 あと、リリアがオレをやたらと尊敬の目で見ていたのが気になる。あとでまた面倒ごとに巻き込まれなきゃいいけど。

 そんなことをぼんやり考えながら、オレは日差しの中を歩く。シーナが「ダーリンとデートだー!」とはしゃいでいるのを横目に、軽くため息をついたのだった。

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