―02― 受付嬢からみえる世界
少し時がさかのぼる。
冒険者ギルドの受付カウンターに座っていたセレナは、さっきギルドを出て行ったセツのことを思い出していた。
彼女はもともと色々な冒険者と接してきたが、セツのようにいつも寡黙でクールなタイプは珍しい。
しかもドブさらいばかりやっているとはいえ、どこか飄々としている姿が印象的だ。
「ねぇ、セレナさん見てよー。こんな強いモンスターを秒で倒しちゃうオレってかっこよくね?」
そう言いながらギルドのカウンターに近づいてきたのは、派手な鎧を着込んだ若い冒険者だ。背丈こそ高いが、言動は妙に子どもっぽい。
セレナはカウンターの内側から微笑みを作りながら、その冒険者が掲げるギルドカードと報告書に目を通す。そこには、討伐対象として書かれている魔物の名が記されていた。
「ええと……このモンスターって、確かに分類上は中型モンスターだけど……危険度はそこまで高くないはずですよね」
さらりと確認を終えたセレナは、どこか冷静な口調で言った。
書類によれば、一般的な冒険者が挑むにはそこまで難易度の高い相手ではない。
しかし冒険者は、あからさまに鼻を鳴らす。
「いやいや、こんなやつ瞬殺できるの、オレくらいしかいないって! な? セレナさんもそう思うだろ?」
彼はちらり、と周囲を見回しながら声を張る。
ギルド内にいたほかの冒険者たちは「またやってるよ……」という顔をしている。要するに、手頃なモンスターを倒しては自慢しに来る常連らしい。
セレナは苦笑いを浮かべつつ、淡々と対応する。内心では少し苛立ちを覚えているものの、受付嬢としては表に出さない。
「討伐お疲れさまです。報酬はこちらですので、お受け取りください。……あ、他に何かご用件は?」
「あー、いや、その……もしこのあと、仕事が空いてるなら、セレナさんと……」
冒険者は言葉を濁しながらセレナの顔をうかがうが、彼女はそつなく笑顔をキープしたまま、軽く首を横に振る。
「申し訳ありません。受付にはシフトがありますので、外での用事にお付き合いできる時間はないんです。もしご依頼や相談事があるようでしたら、書面で提出を……」
「そ、そっか……」
露骨に肩を落とす冒険者を尻目に、セレナは次のお客の書類に目を通すフリをし始める。これ以上粘られても困るので、さりげなく「退散してほしい」オーラを漂わせているのだ。
すると、すぐ隣で控えていた先輩受付嬢のミレイが、どこか呆れ気味に口を挟む。
「仕事が終わったなら、あまりカウンターの前でたむろしないでね。ほかの冒険者の邪魔になるから」
「わ、わかったよ……」
彼は少し不満そうに口をとがらせていたが、ミレイの目線を受けるとそれ以上は何も言わず、ギルドホールの隅に引っ込んでいった。
しかし、そこで終わらないのがこの冒険者とその取り巻きたちだ。しばらくして仲間らしき連中が集まってきては、ひそひそ声で会話を始める。セレナの耳にも、ちらりと断片が聞こえてきた。
「……なあ、知ってるか? 万年ドブさらいのヘボ冒険者がいるって話……」
「聞いたことある。ろくに戦わないで、汚れ仕事ばかりやってるF級のやつだろ?」
「しかもいい歳のくせに、昼過ぎにのんびり来ては、下水掃除ばっかやってるんだと」
思わずセレナは顔をしかめる。ああ、きっとセツさんのことを言ってるんだろう。彼らは声を潜めているつもりだが、こちらとしてははっきり聞き取れるほど鼻持ちならない口調だ。
先ほどの冒険者たちは、セレナに相手にされなかった鬱憤もあってか、余計に盛り上がっているように見える。
「……あの、すみません?」
セレナは意を決して声をかける。すると、取り巻きのグループが「げっ」と慌てたように顔を見合わせた。
「ギルドは打ち合わせの場としてはいいですが、他の方のご迷惑になるような長話は控えていただきたいんです。もしたむろするだけでしたら、申し訳ありませんが帰っていただけませんか?」
その言葉に、主犯格の冒険者はバツが悪そうに舌打ちをし、取り巻きたちもばらばらと立ち上がる。
最初にセレナに言い寄ってきた男も、ちらりと名残惜しそうにセレナを見やったが、彼女が微笑みすら返さないのを見て諦めたようだ。
「……行くぞ」
そう吐き捨てて、冒険者一行はギルドの扉を開けて去っていく。ギルドホールの中は一瞬で静けさを取り戻した。
やがて受付カウンターには、再びセレナとミレイだけが残る。他に冒険者もいないおかげで、比較的穏やかな時間に戻った。
セレナは軽く息をつき、つぶやく。
「はあ……あの人たち、いつもああいう調子なんですよね。誰かと比べて自分が優れてるって言わないと、落ち着かないのかしら」
ミレイは肩をすくめながら、セレナの整理した書類をひと通りチェックする。
「まあ、性格は治らないんじゃない? それよりセツさんみたいに、静かに黙々と仕事をしてくれるほうが助かるわよ。言い寄られてるセレナにとっても、そっちのほうが良いでしょ?」
その名前が出た瞬間、セレナは少しだけ微笑む。
「セツさん……ほんと不思議な人ですよね。ドブさらいばかりだけど、一度も仕事をミスしたことがない。もちろん自慢なんてしないし、静かに報告して帰っていくし……。最初は暗い人だと思ったけど、何だか見てると安心するんですよね」
ミレイもうんうん、と頷いて同意の意を示す。
「そうねえ。ギルドからすれば、そういう冒険者こそ大歓迎だわ。報酬は安いけど、汚い仕事を確実に片付けてくれるし、いちいちトラブルを持ち込まないし……」
「正直、みんなセツさんくらい大人しくて協力的だと助かるのですが」
「ほんと、それ。他のギルドだと、どぶさらいの仕事を誰もやってくれないっていって悲鳴をあげているらしいわ。その点、うちはセツさんがいるおかけで大助かり」
確かに、そんな話をセレナも聞いたことがあった。
その受付嬢がいうには、なんとか冒険者たちを説得してまわってどぶさらいの依頼をやってもらうんだけど、それがもう大変なんだとか。
ふと、先ほどまでのざわめきが嘘のように落ち着いた受付カウンターを見回すと、胸の中には、さっきの彼らとはまったく違う、さりげない安心感を与えてくれるセツの姿が思い浮かんでいた。
「みんな、セツさんみたいな冒険者だったらいいのに……」
そう呟いたセレナに、ミレイが相槌を打つように頷いてくれる。
と、そのとき。ギルドの扉が開く音がしたのだった。