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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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19/67

―19― 魔女の実力

 ごくり……。妙に喉が渇く。

 灼けつくような朝日が差し込む訓練広場の中央で、わたし――リリア・ヴェルトは、小さく息を吐いて集中する。

 目の前には、こちらに背を向けた女――絶界の魔女シーナがいる。

「講習会」という名目で呼び集められた冒険者は五人。わたしを含め、皆が必死の形相でシーナさんの一挙手一投足を見逃すまいと構えていた。


 この世界の魔術は、ざっくり言えば二つの系統に分かれている。

 一つは、身体に魔力を巡らせることで身体能力を大幅に強化する――身体強化系(インハンサー)

 もう一つは、魔力を肉体の外で形にして放つ――外部出力系(シェイパー)


 身体強化系(インハンサー)は、速さに特化するか力に特化するかによって必要な適正値が変わる。

 たとえば、わたしは魔力を常に巡らせる「持続力」が高いから、身体を長時間強化し続けて「スピード型」として戦う。

 いつでも疾風のように動きまわり、敵を翻弄させるのが役目だ。


 対して、大剣を背負っているガルドのようなタイプは、一瞬の爆発力で威力を高める「バースト型」。

 大剣ふるう瞬間のみに魔術を使うことで、高い威力を敵に叩き込むことができる。持続力が大事な「スピード型」に比べて、「バースト型」は思い立ってから魔術を発動するまでの速度――瞬発力が大事だ。


 一方、外部出力系(シェイパー)は、魔力を身体の外に実体化させ、矢や銃弾、バリアなどの形にして操る。

 狙撃銃を背負っているユージンは「狙撃型」。

 狙撃銃を扱うことで、より遠方から強力な一撃を叩き込むことに特化させている。


 そして同じシェイパーでも、レオンとフローラは主に中射程の範囲で多彩な魔力の物質を生成・操作する「マルチシェイパー」と呼ばれるタイプ。

 彼らは魔力を肉体の外に結界や魔力矢などの形で生み出し、攻撃・防御を柔軟に切り替えながら戦うことができる。

 その中でも、フローラは結界の生成を得意としていて、レオンは魔力矢の扱いに長けていると口にしていた。

 魔力矢は狙撃銃に比べ、射程は短いが連射能力や軌道の操作に優れている。フローラの結界と組み合わせれば攻守のバランスがいい。


 五人それぞれが違う戦い方をするからこそ、互いの弱点をフォローできる可能性は高い。

 ――もっとも、それがあの絶界の魔女にどこまで通用するかは、まったくの未知数なのだけれど。


「さて。遠慮はいらないわ。命が惜しければ、本気でかかってきて」


 シーナさんの穏やかな声は、むしろ不気味に響く。わたしも含め、全員がゾクリと背筋を震わせていた。


 その一言と同時に、まず動いたのは大剣を担いだガルドだった。そもそもの作戦として、ガルドが囮役を買ってでる手筈だった。


「オレがやります! みんな、その隙に援護を!」


 ガルドは鍛え抜かれた足腰で地面を蹴り、一直線にシーナへ向かう。あの筋肉から繰り出される一撃は相当な破壊力があるはず。勢いをつけた大剣の一振りは、小型の魔物ならいっぺんに両断できる。


崩撃(クラッシュ)!!」


 ガルドが吠える。

 その瞬間、彼の腕筋がぶわっと膨れあがり、一点集中で魔力が大剣に注ぎ込まれていくのがわかる。これが「バースト型」の身体強化か。大剣が唸りをあげて真横へ薙ぎ払われる。


 ところが――。

 シーナは避けもせず、そのまま拳をぐっと突き出しただけだった。

 拳と大剣なんて比較にならないハズ。普通なら剣に弾かれて腕が砕けるに違いないし、いくら身体強化しようとも常識的には防ぎようがない。

 けれど、その常識が通じないのがこの魔女だ。

 ズガァンッ! ……耳に衝撃がはしるほどの鈍い破裂音。

 ガルドの大剣が――というか、その一撃が、シーナのただの拳にぶつかった瞬間、むしろガルドのほうが吹っ飛んでいた。


「っぐはァッ……!」


 まるで巨大ハンマーで殴られたかのように、あの大柄な男が数メートルも後方へ吹っ飛び、地面を転がって動かなくなる。

 幸いにも一撃で意識は奪われていないみたいだけど、背中を打ってしんどそうにうめいていた。


「なっ……嘘ですよね、あれ?」


 フローラがわたしの隣で戦慄する。

 それはそうだ。わたしだって、心臓がドキドキうるさい。大剣と拳が正面衝突して、あれだけ違うサイズや質量なのに、剣を振るったガルドのほうが逆に叩き潰されるなんて……。

 でも、ぼやぼやしてられない。ガルドが囮になってくれたはずなのだから、わたしたちは次の一手を打たなきゃ。


「ユージン、援護射撃をしろ!」


 レオンが鋭く声を飛ばす。

 ユージンは慌てて狙撃体勢に入り、その姿を見計らってフローラは詠唱を始める。


「っ……わたしは結界を張ります! リリアさんは、その隙にシーナさんの背後を狙って!」


 わたしは短く応じる。


「……わかった。最速で背後を取って、虚を衝く!」


 今の一瞬を見る限り、シーナは攻撃力や耐久力が規格外であることは間違いない。でも、いくら何でも完全に死角を取られたら対応しきれない――はず。

 そう信じて、わたしは身体に魔力をめぐらせる。アストラ学院の首席を獲得した決め手となった走法。脚に魔力を集中し、一気に加速――。


疾風(ブースト)……!」


 同時に、ユージンの魔銃が弾けるような閃光を放つ。

 ビィンッ! と空気を震わせる濃密な魔力弾が、シーナへ向かって飛んでいく。

 さらにレオンも続けて魔力矢を連射。曲線を描く矢が複数本同時にシーナを取り囲むように襲いかかる。


「へぇ……結構いい連携ね」


 シーナは余裕の笑みで呟いたように見えた――次の瞬間、パキィン! と、信じがたい音が空中で連鎖していく。

 銃弾も魔力矢も、シーナの拳に当たった瞬間、ことごとく弾き返されていた。突き出される拳はまるで小さな盾のように正確かつ強靭で、魔力弾や矢を粉々に砕いてしまう。


「ば、バカな……」


 ユージンが声を失う。狙いは悪くない。むしろ百発百中の銃撃だったはずなのに、そんなのを片手間でへし折るなんて、チートにもほどがある。


「はい、次!」


 シーナが軽やかに踏み込み、今度は魔銃を構えるユージンに突っ込む。両腕をクロスしてかまえるユージンに、彼女は容赦なく拳を振り下ろした。


「グアッ……!」


 激しい衝撃とともに、ユージンの身体が地面にめり込む。

 幸い、フローラが結界を少しだけ重ね張りしていたおかげで衝撃は和らいだらしいが、それでもユージンは「がはっ……!」と苦しそうに肩で息をしている。


「みんな、怯まずに……攻撃継続!」


 レオンが声を張り上げると、フローラは素早く詠唱を継続し、新たな魔力障壁を展開。ユージンを少しでも守ろうという狙いだろう。


「いい判断だけど……遅いわね」


 そう言いながら、シーナは拳をぐっと握りなおす。すると、空気中の魔力まで震えたように見えた。

 次の瞬間、彼女は防御の結界が展開されたその上から、スピードを落とさずに正面衝突してきた。


「フローラさん、逃げて……!」


 わたしが叫んだときには既に遅い。

 フローラの張った結界はバチバチと火花を散らしながら必死に抵抗していたけど、シーナの拳がゴリゴリと結界を削り砕いてくる。


「やっ……やばい……っ!」


 フローラは必死に魔力を注ぎ込むものの、防戦一方。

 最終的には結界ごと吹き飛ばされて、彼女自身も地面を転がる。見れば、衝撃のあまり魔導書もどこかへ飛んでいってしまっていた。


「はい、三人目撃破っと」


 シーナは満足そうに指を振り回す。さっきまで三人がかりで仕掛けた連携は、一瞬で崩壊してしまった。ガルドもユージンもフローラも、バタバタと倒れている。


「くっ……なんて化物……!」


 そう毒づいたのはレオンだ。残るはレオンとわたしの二人。

 でも、正直、ほぼレオンしか立ち上がれそうにないのが現状。わたしはまだ身体を動かせるけど、下手に突っ込んだら同じ末路になるのが目に見えている。


「ふん……さっきは町で一番強いとか言ってたの、あなたよね?」


 シーナがあざといほど挑発的な笑顔を向ける。


「うるせぇ……ここからが本番だ!」


 レオンは明らかに動揺しつつも、強引に魔力を高めていく。彼の背中からは、ぞわっとするほど濃密な魔力が吹き出していた。どうやら奥の手を解放しようとしているらしい。


「うおおおっ……オレの最大出力ッ! 矢嵐アロー・ストーム!!」


 ガガガッ! と連射される魔力の矢はさっきとは比べ物にならないスピードと量でシーナに襲いかかる。地面を削り、砂煙がもうもうと舞い上がるほどの迫力。


「どうだ……これが俺の最強火力……!」


 レオンが吠えた次の瞬間、砂煙の奥からシーナがのそりと姿を現す。ほとんど無傷だ。よく見ると、彼女の周囲に淡く揺れる魔力の層みたいなものが形成されている。


「なんだ。豪語していたわりにこの程度? がっかりなんだけど」


 シーナは肩をひょいとすくめ、呆れたような声を出していた。


「う、うそだろ!?」


 まったくの無傷なんて予想すらしていなかったのか、レオンは突飛な声をだす。

 だけど、そんな声をだしている余裕なんてなかったはずだ。いつの間にかシーナはレオンの懐へ瞬時に踏み込んでいた。まるで瞬間移動みたいな速さ。


「あなたも一発で落としてあげる」


「なっ……!」


 レオンが焦って後退しようとするが、時すでに遅し。シーナの拳がレオンの腹部へ深々とめりこむ。


「ぐえぇぇぇぇぇぇっ……!」


 大げさな気もしなくない声を上げて、彼は数メートル吹き飛んだ。苦しそうにもがきながら地面を転がり、最後に「あ、あぁ……」と変な声を出して気絶する。


「これで四人……完了。さて、残るはあなただけね?」


 そう言って、シーナはわたしのほうを見た。

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