―18― これが講習会!
翌朝、オレはシーナに引っ張られる形で、街はずれの広い訓練広場に連行されていた。
「講習会」とやらの開始時刻はなんと朝の八時。前世から俺は夜型で、朝に弱い。しかも普段はドブさらいで昼過ぎから仕事してる身からすれば、これは過酷な拷問といってもいい。
「思ったより少ないわね」
シーナが口を開く。視線の先には、訓練に参加しようという冒険者らしき五人が立っていた。男が三人、女が一人、そして――ちょっと離れた場所には、あのリリアが腕組みをして並んでいる。合計五人。
もしかして、リリアはただの野次馬かと思いきや、どうやらきっちり参加者の一人に数えられているらしい。
そして、こちらに気づくや否や、びっくりした様子で視線を逸らされた。……もしかして、オレ怖がられてる?
まあ、この前彼女のことを軽く脅したのは確かだが。
俺は眠気をこらえながら、訓練生たちを眺める。みんな真面目そうな表情でシーナのことを見つめている。
「じゃあ、まずは自己紹介からしてみなさい」
こうして参加者の自己紹介が始まった。
最初に前へ出てきたのは、筋骨隆々の大男。顔つきは少しだけ強面だが、声は意外と低く落ち着いている。
「おはようございます。オレは『ガルド』っていいます。冒険者ランクはB級です。見ての通り、剣士です。もっと上達したくて来ました。よろしくお願いします!」
最後にカクッとお辞儀するあたり、見た目の威圧感とは裏腹に礼儀正しそうな男だ。
そして、背中には大きな剣を背負っている。筋肉は確かに凄いが、やや繊細な雰囲気が漂っている。
ガルドの自己紹介が終わったあと、続いて前に出てきたのは、やせぎすの男だった。身長は俺と同じくらいだが、どこかつかみどころのない雰囲気をまとっている。頬が少しこけているせいか、神経質そうにも見えるが、背負っている銃——魔銃だろう——は、やたら洗練された造りだ。
「……ユージンと言います。見ての通り、銃士をやってます」
鼻にかかったような声で話し始めた男は、周囲をちらりと見回しながら小さく続けた。
「ああ……狙撃を中心に戦ってます。こんな感じではありますが……Bランクです。よろしくお願いします」
そう言ってさらりと頭を下げる。
あまり大きな声じゃないし、派手な身振りもないから、どんな性格なのかつかめない。だが、銃士系職業は珍しいから、そこだけでも相当な修練を積んでそうだ。
B級だし冒険者としてはそれなりに経験を積んでいるんだろう。
続いて前へ出たのは、おっとりした雰囲気の女性だった。長い髪を後ろでまとめ、顔立ちは優しげだ。
腰には十字型のベルトに固定された分厚い魔導書がぶら下がっている。ぱっと見は魔術師っぽい。
「はじめまして。わたしはフローラと申します。冒険者としてはBランクです。結界を張るのが得意です。皆さんの力になれればと思って、参加することにしました」
柔らかな物腰でペコリとお辞儀するフローラに、周囲の男たちが少しだけ頬を赤らめている。なるほど、見た目の可憐さと相まって、守ってあげたくなるタイプなのかもしれない。
そして、四番目は颯爽と出てきた男——いかにも「俺は強いぜ」と言わんばかりの自信に満ちた態度。頑丈そうなプレートアーマーを身につけており、露出している腕は鍛え上げられた筋肉が盛り上がっている。
「この町でA級をやってる、レオンだ。なんでもできるが、比較的得意なのは魔力矢だ。はっきり言って、このラグバルトで一番強いのはオレだ。絶界の魔女さんとこんなところでお会いできるなんて思ってなかったぜ。その上指導してもらえるなんて光栄だな」
レオンと名乗った男は、歯を剥き出しに笑う。
「この町で一番強いのは俺だ」と言い切るあたり、相当な自信家だ。やはりA級なだけはあるんだろうか。
「……最後はあんたね。名前を言ってくれる?」
シーナがそう声をかけると、少し離れた位置で腕を組んでいたリリアが、一拍置いてからノソッと前に出る。
「えっと……リリア=ヴェルト。いちおうCランクよ。特技は……そうね、スピードかな」
いかにもやる気なさそうな口調だけど、リリアの言うスピードは相当なもんだったはずだ。
なのに、今回の自己紹介はやけにあっさりしてるな……。
以前なら「学生リーグのMVPだった」とか、ガンガン自慢げにアピールしてもおかしくなかった雰囲気なのに。
「いつもより控えめだな……」
そう思って見ていると、さっそく目の前にいたレオンが不敵な笑みを浮かべる。
「へっ、スピードが武器? たかがCランクで大口叩くんじゃねーよ。ここにはAランクのこのオレ様がいるんだ。誰が一番か、はっきり分かるだろう?」
大剣を背負ったガルドや銃士のユージン、魔術師のフローラも、彼の自信満々な態度にちょっと引いてるように見える。
にもかかわらず、リリアは目を伏せるどころか、じろっとレオンを見やって吐き捨てた。
「……さっき言ってた『町で一番強い』ですって? 悪いけど、聞いてるだけで恥ずかしくなるのよね。自称世界最強みたいな痛々しさがあるわ」
「なっ……!」
レオンの顔が一瞬で朱に染まり、わかりやすくムキになる。
どう返すかと思いきや、まくし立てる前にリリアはぷいとそっぽを向いてしまった。相手にするだけ無駄、とでも言いたげだ。
「この……言わせておけば……!」
「……あー、はいはい。あたしあんたと話したいわけじゃないから」
リリアがチラリと視線を向けたのは、なんとオレのほうだった。何か言いたいことでもあるのか……?
でも、彼女は何も言わずに一瞬だけ口を開きかけて、結局何も言わずにスッと下唇を噛んだ。
……オレに対して、なにか思うところあるのか?
「ふーん……じゃ、自己紹介はこれで終わりってことでいいわね?」
気まずい空気を断ち切るように、シーナがパン、と手を叩く。
どうやらこれで5人の紹介は一通り済んだらしい。
「さ、じゃあ講習会を始めよっか。とはいえ……講師をするのはめんどくさいし、そもそもわたし、こういう座学とか解説とか苦手なのよね」
周りの5人が「えっ?」と戸惑った顔をする。
オレだって聞いてて戸惑ってしまった。普通なら、口頭で基礎フォームの確認くらいは教わると思うよな。
「でも大丈夫。いちばん効率的に教えられる方法があるの。――手っ取り早く『手合わせ』すればいいのよ」
シーナがそう言い放つと、辺りには微妙な沈黙が落ちる。
手合わせ……うん、それはまあ、実践形式の指導ってことか。ありがちかもしれないが、問題はシーナの瞳がめちゃくちゃ物騒な光を宿しているところだ。
「みんな、遠慮はいらないわ。わたしも容赦しないし。……そうね、殺す気でかかってきて頂戴。中途半端に遠慮されちゃうと、勢い余って大怪我させちゃいそうだし」
「こ、殺す気……?」
ガルドが思わずごくりと喉を鳴らし、フローラも後ずさる。
Sランク冒険者、しかも絶界の魔女なんて肩書を持つシーナを相手に、本気で殺しに行けと言われても、気持ちがついていかない。
「え……あ、あの、それって要するに、わたしたちと実戦形式で戦うってことですか? その、講習って聞いてたんですけど……」
フローラが恐る恐る質問するが、シーナは鼻で笑う。
「理論とか座学なんて、結局は実戦で使いこなせなきゃ意味ないでしょ? 実践してこそ鍛えられる。――それこそ魔女であるこのわたしを相手にね。これほど格好の実験台はないじゃない」
あまりにも傲岸不遜な台詞に、さすがの自信家レオンも唇を噛みしめている。というか、さっきまで町で一番強いだの何だの騒いでいたレオンが、ちょっと後ろに退いてるじゃないか。
しかし、シーナはまったくお構いなしだ。むしろ、わくわくしてるように肩を揺らして笑ってみせる。
「最近、ダーリンの家でのんびりしてたから、腕が鈍ってる気がしてねぇ。ちょうどいいわ。ここで派手に暴れてストレス発散させてもらうから、それじゃあ始めましょうか!」
ダーリンって呼ばないでほしいんだけど……なんてオレは思いつつも、口に出して注意する気力はない。ここまで来たら、もうどうしようもなさそうだしな。
「えっと……その……」
ガルドたち5人が顔を見合わせていると、フローラが再び何とか口を開く。
「ま、まってくださいシーナさん! 実践が大事なのはわかります。でも、もしみんなで一斉にかかるにしても、せめて作戦会議くらいは……。この人数なら、連携して戦わなきゃ即死は確実ですから……」
その言葉に、シーナは首をかしげる。
「作戦会議? あー、まあ、別にいいわよ。じゃあ、特別に20秒だけあげる。ほら、早くしなさい」
「20秒……!? ちょ、それ少なすぎじゃ――」
「はいはい、スタート!」
シーナが片手をひらひら振った瞬間、ガルドたちが「マジか!?」と悲鳴に近い声を上げながら慌てて集まって輪を作った。
きっと「どう連携するか」「誰が防御に回るか」なんて話し合いたいんだろうが、こっちからは具体的な内容までは聞き取れない。声をひそめているし、距離もそこそこあるからな。
ただ、やたらと焦った様子で「えーっと、じゃあ先に俺が囮になって……」「じゃあわたしは結界を準備しますので……」「動き止められるのか?」と断片的に聞こえてくる。
そんな彼らを見て、シーナは「まだ? まだぁ?」と面白がるように煽りまくる。完全に楽しんでるじゃねーか。
「……ったく、非道いヤツだな」
俺は遠巻きに見ながらため息をつくしかない。最初からシーナに講習なんて無理だろうと薄々思っていたが……シーナがここまで容赦ないやつだったとは、さすがにオレも驚きだ。
そして、2度目に「まだ? ほら、はやくー」とシーナがせかしたところで、ガルドたちが青ざめた顔でちらっとこちらを見た。ちょうどその瞬間――。
「20秒、ちょうどね。タイムオーバー!」
シーナの瞳がききりと鋭く光を放つ。まるで致死の刃を振りかざすように禍々しい殺気が立ちのぼった。
「さあ、始めるわよ。ひぃぃ……なんて声あげないでねー?」
その言葉と同時、彼女はかかとを踏み込んで地面を砕くようにスタートダッシュを切った。
――ビュンッ!
空気が一瞬で振動するほどの速度。
対して、ガルドたちも「来るぞ!」と叫びながら即座にフォーメーションを組む。誰が先頭に立ち、誰が援護に回るか、どうやらほんの数秒の間で決めたらしい。それでも、さすがにBランクやAランク冒険者たちだけあって反応が速い。
こうして、シーナVS5人という危険な講習会が幕を開けた……。
端から見ているオレとしては、「皆さん、がんばってね……」としか言いようがない。
はぁ、早く終わってくれないかな……。




