―17― 明日の予定は
「うおっ……あ、お前、いつの間に来たんだよ、シーナ。つーか、またどうやって入ってきてんだ……」
「へへっ、ま、それはいいとして、それ、あたしにも食べさせてちょうだい? 目が合った瞬間に、すごくいい香りがしたからお腹が空いてきちゃった」
なんとも図々しいが、ちょうど多めに作ったのも事実。オレはため息をつきながら、食卓に皿を二枚並べる。
「……まあ、いいけどさ。ちょうど人数分ぐらいはあるし」
「ふふっ、ダーリン優しい。大好き!」
心の中で呆れつつ、作りたてのトマト&バジルソースのパスタをどん、と二皿に盛りつける。添え物代わりに簡単な野菜サラダも用意した。
「お待たせ。冷めないうちに食えよ」
「うん、いただきまーす!」
シーナはさっそくフォークでパスタをぐるぐる巻き取り、一口頬張る。その瞬間、目を輝かせて「んー、おいしー!」と声を上げた。
「トマトが甘酸っぱくて、でもちゃんとコクもあるし、バジルがすっごく香り高い! これ、シンプルな見た目なのに、ほんとバランスいいわねえ。ダーリン、料理の才能あるんじゃない?」
「いや、ただの自己流だし……そんなに褒められるようなもんでもないって」
そう言いながらも、満足そうに食べてくれるシーナを見ると、こちらも悪い気はしない。料理ってのは作った相手が喜んでくれると作り甲斐があるもんだな。
「ごちそうさまー! いやー、ほんとお腹いっぱい。ありがとう、ダーリン!」
フォークを置いて満足げなシーナが、ふと思い出したようにオレのほうを見る。
「そうそう、実は明日、冒険者たちにちょっと手ほどきをしろ、って支部長から頼まれたのよ」
「手ほどき? お前が人に教えるのか?」
意外すぎる話に、オレは思わず聞き返す。
シーナは少女のような体型のくせにやたら強引で、どこか適当な印象しかないので、人に教えられるレベルだとは到底思えん。
「あたしはこう見えてSランク冒険者よ? だから、教える資格はあるといえるわ。……もしかして知らなかった?」
「え、Sランクって……ギルドの最上位レベルじゃねえか。マジかよ……」
シーナがまさかそこまでぶっ飛んだランクだとは思わなかった。ドブさらいばかりしてるオレにとっては遠い世界の話のようだ。
「それで、早速明日、ギルド主催の訓練会みたいなやつをやるんだけど、あたし一人じゃ大変だから――ダーリンも一緒に来てよ」
「えぇ……オレはいいよ。今より強くなりたいとか思ってないし」
「ん? 逆よ。あなたは手ほどきをうける側じゃなくて、どう考えても講師をする側でしょ」
「……はぁ?」
絶句してしまった。オレが講師側? シーナはなにを考えているんだ。
「ちょっと待て、オレはただのF級冒険者だぞ? 最下層のペーペーが、誰かに教えるなんて無理だろ」
「冒険者ランクなんてアテにならないわよ。ギルドの規定で上がるか下がるかが決まるだけで、実際の強さと関係ないじゃん」
あぁ、そうなのか。
確かに、シーナごときがSランクなのはおかしいよな。なるほど、実際の強さとランクは関係ないわけね。
「それに、明日やってほしいのはサポートだけよ。それなら気軽に参加できるでしょ」
「でもなー」
そう渋ると、シーナが口を鋭くした。
「もー、ダーリンってばー。あたしはダーリンと一緒にいたかっただけなのにー。……それにもう支部長にダーリンがあたしのサポートとして来てくれる言っちゃったもん」
「うぐ……。まじかよ」
支部長って、めっちゃ偉い人じゃん。
どんな人か知らないけど、怖い人だと噂で聞いたことがあるんだよな。
ギルドから仕事をもらっている身としては下手に印象をさげることをしたくないんだよなー。前世での社畜トラウマが疼いてしまう。こういう偉い人の期待みたいな空気感は、できれば避けたかったのに……。
「つまり、オレに拒否権はない感じか……」
「やったー♪ じゃあ決まりね。明日朝、ギルド前に集合だから。よろしくね、ダーリン!」
シーナは勝手に会話を締めくくると、満足げに笑って食器を片づけるのを手伝い始める。
オレはといえば、手ほどきの件が嫌すぎてずっと胃が痛い。
ドブさらいだけで平穏に生きたかったはずなのに、なんでこんな展開になるんだよ……。
……まあ、こうなった以上、しょうがねえか。
下手に抵抗して揉めるくらいなら、軽くこなして、あとは早めに退散するのが得策だろう。
「はぁ……。明日は憂鬱な一日になりそうだな……」
そう、ため息をつきながら、オレはそっと視線を落とす。
隣ではシーナが「明日はダーリンと一緒にいれて楽しみ~」なんて呑気に呟いている。せっかくの平穏が遠ざかっていく気しかしないのは、気のせいじゃないよな……。
◆
──また……同じ夢。
わたし=リリア・ヴェルトは大きな競技場に立っていた。
観客席を埋め尽くす大勢のファンから注がれるスポットライト。その声援と熱気が、肌をヒリヒリさせる。
学生リーグでMVPを獲ったときは、みんなが私を褒め称えていた。観客も仲間も笑顔で、私に向かって手を振ってくれていた。自分の才能を信じて止まないあの頃は、プロリーグに行けばさらなる栄光が待っているって、心から疑わなかったのに……。
けれど、プロに上がった途端、状況は一転した。
期待していたのに戦績が振るわない。その言葉を何度聞いただろう?
ブーイング、ため息、「がっかりだ」「期待しすぎた」──そんな声が毎日耳に刺さる。いつしか仲間も遠ざかっていくように感じて、私は孤立した。
フィールドに立っていても、声援がいつのまにか嘲笑へと変わっていく。わたしを讃えていた光は闇に落ち、まるで足を引きずり込む底なし沼みたいだった。
どんなに手を伸ばしても掴めるものはなく、ただ宙に手を泳がせる……。
「……っ」
そこでわたしは目を覚ます。
寝汗が背中を冷たく濡らし、息がやけに荒い。
外は朝の光が差し込む時間帯みたいだけど、胸の奥から得体の知れない恐怖がじわじわと広がっている。何度同じ夢を見れば、わたしは解放されるんだろう。
わたしは一人で泊まっているホテルの部屋をぐるりと見回した。そこそこ良い部屋だ。床にはふかふかのカーペット、部屋の隅には大きめのソファがある。だけど、その贅沢ささえ今はむなしい気がする。
「……はい、どうぞ」
ドアの向こうからホテルの支配人が粛々とした声で言う。
「リリア様、一週間のご滞在でございますが、先日お支払いいただいたのは三日分のみでして。本日中に追加の滞在費をお支払いくださらない場合、残念ですがご退去いただくことになります」
……この手の話は分かっていた。わたしは不快に思いつつも、支配人を責めるのも筋違いだ。彼らは仕事をしているだけだし。
「わかってます。ちゃんと今日、稼いで払いますから。心配いらないわよ」
支配人は軽く頭を下げると、「では本日中に……よろしくお願いいたします」とだけ言い残して去っていく。
金なら稼げる。当てはある。ギルドで依頼を受けてこなせば、滞在費くらいなんとかなる。
わたしは一人納得して、荷物と武器を確認し、念入りに身支度をした。
高級ホテルに泊まることにこだわったのは、わたしが貴族の出であり、騎襲闘技の選手という肩書きを持つからにほかならない。
でも、今はこんなプライドが恥ずかしいものだと自覚していた。
だって、知ってしまったから。
セツという存在を――。
彼にとっては、わたしのこんなプライド、鼻で笑ってしまうぐらいくだらないものなんだろう。
わたしはもう一度、強くなりたい。
それはわたしにとって、なによりも大事な目標だったはずだ。
けれど、今はそれすら本当にわたしの本当にしたいことなのかわからなくなってしまった。
◇
夕方、わたしはあくび混じりにギルドの扉を押し開けた。冒険者ギルドは、朝イチの殺気立った雰囲気とは違ってどこかのんびりしている。
背に背負った「クロウバンカー」の死骸が重くてたまらない……。
「まったく、こんなのを倒すはめになるとはね」
大柄な四足の魔獣「クロウバンカー」。
鋭い鉤爪に分厚い外皮、危険度評価はC。そこそこの強敵だった。
「お疲れさまです、リリアさん!」
カウンターの奥で応対してくれたのは、受付嬢のセレナさん。
彼女がわたしを見つけるなり笑顔で手を振ってくれたけど、その視線はすぐにわたしの背中に向かった。
そりゃそうだ。
Cランク相当のモンスターをソロで背負って帰ってきたんだから、否が応でも目立つ。
「うわぁ……クロウバンカー! しかもキレイに仕留めましたね……。ほとんど傷が見当たりません」
セレナさんは目を丸くして、クロウバンカーの死骸を興味深そうに覗き込む。
それに対し、わたしは適当に肩をすくめた。
「死角から狙って、一撃で仕留めただけ。それが一番手っ取り早いんでしょ?」
「へぇ……さすがリリアさん。こんなに状態がいいと高く買い取れそうですね。きっと買取金も期待できますよ!」
声のトーンが上がるセレナさんとは裏腹に、わたしはどこか気分が晴れない。
周囲の冒険者たちから、「一撃で……すごいな」とか「ソロで倒したのかよ……」なんて声がひそひそ聞こえてくるけど、以前ならそれを聞いて誇らしく思えたかもしれない。
でも今は、なんだかむずがゆい感じがして素直に喜べない。
だって、あのセツなら、こんなモンスター一瞬で消し飛ばせちゃうんだろうし……。
そう思うと、わたしが得意げに胸を張ってる姿なんて、まるで子供のおままごとみたいに思えてしまうのだ。
「……リリアさん、どうかしました? 少し元気がないように見えますけど」
セレナさんが心配そうに眉を下げた。やばい、顔に出てたかな。あわてて笑顔を作る。
「あ、いえ。ちょっと疲れただけですよ。クロウバンカー、けっこう重いんで」
「そうなんですか? ……まあ、お疲れのところ悪いんですけど、先にこちらへ引き渡し処理をお願いしますね」
セレナさんがさっと書類を用意し、わたしは半ば慣れた手つきでサインをする。冒険者ギルドに来てからそこまで長くないけど、この辺はすぐに覚えた。
「よし……はい、じゃあ査定は後ほど行いますので、一旦こちらでお待ちを。あと、報酬は……っと、先に基礎報酬の分だけお渡ししますね」
「ありがとうございます」
お礼を言いつつ、軽く封筒に入ったコインを受け取り、ぱらりと確認する。悪くない額だ。これでしばらく宿代に困ることはなさそう……って、情けないけど今はそこが大事なのよね。
「あ、それから、リリアさん。ちょうどさっき通達がきたのですが、あなたの冒険者ランクがCに昇格しましたよ。おめでとうございます!」
セレナさんの明るい声に、周囲からも「おおーっ!」なんて声が上がる。
そりゃそうか。
ついこの前までFランクだったはずの新人(実際はほとんど活動してなかっただけだけど)が、あっという間にCランクに昇格するなんてなかなかの快挙なんだろうから。
「……そうですか、ありがとうございます。まあ、妥当なところ、でしょうか」
せめて前のわたしだったら「やったぁ!」ってテンション上がったかもしれない。でも今は、セツさんのことを思うだけで気分がしずんでしまう。
今さらCランクごときで何をはしゃげばいいのよ……彼は、もっと……。
と、溜息を飲み込みそうになったとき、ギルドの壁に貼られた大きめのポスターが目に止まった。そのまわりには、やたら人だかりができている。
「なにかあったんですか?」
わたしが興味本位で声をかけると、見ず知らずの冒険者が興奮気味に言ってきた。
「おい、これ見ろよ! 絶界の魔女シーナ様の特別講習会だってさ!」
「絶界の魔女……え、あの人が来るの!? まじ?」
思わず息が止まりそうになる。絶界の魔女の名は、さすがにわたしも知っている。
世界でも指折りの魔術師だって噂されてる化け物級の人物でしょ。
こんな辺境のギルドに、絶界の魔女がわざわざ来るわけ?
驚きつつポスターを覗き込むと、そこには「明日の昼、ギルドの訓練場にて講習会を開催!」という文字がでかでかと印刷されている。
参加者募集中、初心者大歓迎——なんて書いてあるけど、正直ビビるよね。あんな伝説級の人から直々に習える機会なんて、普通はありえない。
心臓がドキドキしているのがわかる。いまだにセツの衝撃から抜け出せないわたしだけど……それでも、絶界の魔女から学べるって聞くと、やっぱり胸が高鳴ってしまう。
あの人に近づくためにも……それに、このままくすぶってても何も変わらないし。受けてみよう、かな。
そう思った瞬間、わたしは無意識にポスターを指でなぞっていた。Cランクにはなれたけど、まだまだわたしには何かが足りない。
セツみたいな、あの圧倒的な……説明できない規格外の力をほんの少しでも理解するために、強い人の講習会を受けてみるのは悪くないはず。
「……よし、明日参加しよう」
わたしは軽く拳を握る。熱気に浮かれたまわりの冒険者たちに紛れて、ひそかに決意を固めるのだった。




