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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―16― 理想の休日

 時刻は昼過ぎ。

 冒険者ギルドのラグバルト支部の応接室——質素ではあるが、いちおうギルド運営の要となる応接間だ。

 そこに男が一人、深々と頭を下げながら立っていた。


「アルフォンス=バイリッツと申します。この町のギルド支部長でございます。あなたのようなお方が、辺境のこの地にいらっしゃるとは……まことに恐れ多い」


 支部長が平身低頭している相手。それはソファの向かいで足を机の上に投げ出し、不遜な態度で座っている少女——絶界の魔女シーナだった。


「辺境だなんて、このラグバルトって町は小さいけど区画がキレイに整理されていて、おかげで歩きやすくていいわよね。それに王都と違って貴族が大手を振って歩かないところが気に入ってる」


 シーナの傲岸不遜な物言いに、支部長は怖気づく。

 しかし文句を言うことなど到底できない。彼女こそ、冒険者ランクS――いや、この称号すら彼女には侮辱か——なんせ世界でも数人しかいない『魔女』の称号を持つのだから。

 その権威は当の王族ですら下手に逆らえないほどだ。


「この町に、しばらく滞在されるのでしょうか?」


 うやうやしく問いかける支部長に対して、シーナは気だるそうに肩をすくめる。


「うーん、むしろ永住しちゃおうかなー、なんて思案中。まだ決めてないけどね」


 その言葉を聞いて、支部長の瞳が驚きに見開かれた。

 絶界の魔女とも呼ばれる大人物が、まさかこんな辺境の町に腰を落ち着けようとは……。ギルド所属の冒険者たちにとっては刺激になるどころか、下手すれば町全体がひっくり返る大騒ぎだ。


「それにしても……なぜ、この町に?」


 支部長が恐る恐る尋ねると、シーナは珍しく顔を赤らめて小さく唇をとがらせた。


「……だって、一生の伴侶になってもいいって思える人を見つけちゃったのよ」


 さすがにこれには支部長も驚きを隠せない。キャー言っちゃった、とシーナはもじもじしている。まさか、彼女にこんな一面があるなんて。


「シーナ様が認めるお方となると……さぞや偉大な英雄か、伝説級の方なのでしょうね」


「ん? そうね、わたしなんか足元にも及ばないくらい底知れない人よ。そもそも、わたしごときが測れるようなレベルじゃないかも」


 さらりと口にしたその言葉に、支部長はますます混乱する。魔女にそこまで言わせるほどの力を持つ人物など、この国に存在するのだろうか……?

 思考を巡らせていると、ふと何か妙案を思い付いたように、アルフォンス支部長は顔を上げる。


「せっかくの機会ですし……もしご迷惑でなければ、このラグバルト支部に所属する冒険者たちへ、シーナ様から簡単な指導でもしていただけないかと……」


 言いながら、自分でも無謀な提案だと思う。

 どうせ断られるのがオチだろう。だが、町の連中が絶界の魔女と直接触れ合えたら、今後の成長に大きな刺激になるはず。

 ところが、期待半分、諦め半分だった支部長の予想を裏切るように、シーナはまさかの笑顔で即答した。


「いいわよ。わたしだって最近、腕がなまって仕方なかったから。久々に誰かをボコボコにして発散したいと思ってたの」


「……は、はぁ……そ、それは、あ、ありがたき幸せ……!」


 まったく想定外の快諾に、支部長は思わず冷や汗をかく。いっそ言わなきゃよかったかもしれない。

 まさか絶界の魔女がここまで非常識な人間だとは知らなかった。ラグバルトの冒険者たちに、なにかなければいいのだが……。



 気持ちよく目が覚めたのは昼近くだった。

 だらしない性格ゆえに、どうにも「三日に一度は仕事に行こう」っていうマイルールを決めてはあるんだけど、今日はどうにもやる気が起きない。


「ま、休めばいいか。自由業の醍醐味は『行きたいときだけ行けばいい』ってところだよな。自由業最強!」


 そうつぶやきながら、のんびりベッドから起きあがる。

 最近は、起き抜けに不法侵入してくるシーナの姿があるかどうか確認するのが日課になってしまった。頭上を見上げると——今日は仕掛けトラップは不発のようだし、侵入の気配もない。


「よしっ……久々に一人だ」


 シーナは暇なのか何日も連続でオレの家にくることもあれば、突然ばったりと来なくなることもある。

 どんな仕事していれば、そんな神出鬼没なことになるんだろうか。まあ、彼女が普段どんなことをしているか、興味がないのでどうでもいいのだが。

 さて、特にやることもないし、最近手に入れた本でものんびり読むとするか。


「まずはコーヒー淹れて……ベランダで読書と洒落込みますかね」


 今日はゆっくり過ごそう。大仕事は明日からまた適当に——そう決めて、さっそくコーヒーの道具を準備し始める。


「今日はこの中煎り豆を使ってみよう。お湯の温度は少し高めで……ん、こうやって蒸らして……」


 軽く湯を落として豆を蒸らすと、ポコポコと泡が膨らみ、ふわりと香ばしい香りが立ちのぼる。

 ああ、この瞬間がたまらない。前世の地獄のような労働中にも、こんな一杯があればもう少しやる気が出たかもしれないな……なんて思う。


 ベランダの小さな椅子に腰かけ、微かに昼下がりの太陽を背に感じながら、オレはドリップしたてのコーヒーをちびちび飲んでいた。

 手元には分厚い本。

 ファンタジーと銘打った小説なのだが……なんだか、この世界の空想ものっていうよりは、前世のオレが知ってる感じの文明が出てくるのが妙に気になる。

 電気と呼ばれる万能のエネルギーの話があったり蒸気の力で動く乗り物の話があったりする。武器もやたら現代的だし、妙にそれが気になる。


「まあ細かいことは気にしても仕方がないか」


 そう自嘲気味につぶやいてページをめくる。

 活字の羅列を追っているだけなのに、頭の中では情景がはっきりと広がる。異世界転移したオレからしたら、ファンタジーというより馴染み深い世界観のようだが……物語としては純粋に良くできていて、続きを読む手が止まらない。

 いつの間にか時間が過ぎるのも忘れて、夢中で文字を追い続けていた。ふと顔を上げたときには、すでにオレンジ色の夕日が街を染め始めている。


「……うわ、もうこんな時間か。さすがに腹が減ってきたな」


 軽く伸びをして、固まった肩や腰をほぐす。

 前世でもこのくらい集中して読書することがあったっけ? いや、あの頃は毎日終電まで仕事してたから、本を手に取る余裕すらなかった。それを考えると、今こうして好きなだけ読書に没頭できるなんて、贅沢そのものだ。


「まあ、のんびり好きなことに時間を使えるって最高だよな。……よし、今日はちゃんと料理でも作るか」


 ベランダで軽く埃を払ってから、部屋のキッチンへ移動する。前にちょこっと手をかけて育てたミニトマトとハーブ類がいい感じに育ってるし、どうせならそれらを活用しよう。

 まずミニトマトをぷつりともぎ取って、洗ってから半分にカット。オリーブオイルを熱した鍋でにんにくと一緒にじっくり炒めていくと、トマトの甘酸っぱい香りがふわっと立ち上る。そこに庭で摘みたてのバジルの葉をちぎって加えれば、一気に料理が映える緑色が散りばめられた。


「次は……玉ねぎのみじん切りを入れて、軽く塩コショウ……。うん、いい香りだ」


 ちょっと旨味を足すために、鶏肉の切り身もポンっと加える。弱火でじわじわ煮込んでいる間に、別の鍋で茹でたパスタを合わせてもいいし、スープにしても良いかもしれない。いっそ両方作って、明日の朝にも回してしまおうかな。

 こんなふうに料理をする時間がオレは嫌いじゃない。前世では忙しすぎて外食とコンビニ弁当漬けだったし、こっちに来てからは「ちゃんと自分で作って食うのが体にもいい」って学習したからだ。

 働きすぎて死んじまった過去があるからこそ、健康管理にはそれなりに気をつかうようになった。


「さて、そろそろ完成だな……」


 味見をしようと木ベラを取り、ソースをすくってふうふう冷ます。口に含むと、トマトとバジルのさっぱりとした風味がじわりと広がった。

 悪くない。まさに前世から引き継いだ効率好きの性分で作り上げた、シンプルだけどしっかりした味わいだ。


「これにパスタと絡めて……うん、もうちょっと作っちゃうか。あとで残ったら明日の朝に回せばいいし」


 ガーデニングのおかげで食材には余裕があるし、思ったよりボリュームが増えてしまったとしても問題ない。


「うっし、仕上げだ……」


 そう言いながら鍋の火を止めた瞬間、急に背後からくんくんと鼻を鳴らす音が聞こえた。


「わぁ、いい匂いじゃない。あたしの分もあるわよね?」


 振り返ると、キッチンの出入口にいつのまにかシーナが立っている。出入り口に使えそうな場所は全部塞いでいるはずなんだがな。

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