―15― 再びの決意
「……これはまた、ずいぶん無茶をしたもんだね」
まず耳に飛び込んできたのは、静かな呆れ声。
しわがれた男の声なのに、どこか穏やかな響きがある。わたし――黒鴉はうっすら開いたまぶたをこすりながら、その方向を見上げた。
そこには白衣をまとった治癒師らしき老人が立っている。髪はもう半分くらい白くなっているが、背筋はピンと伸び、私の傷を丁寧に調べていた。
「こりゃあちこち酷いね。魔力の暴発だろう? まったく……こんな雑に包帯を巻いたら、治るものも治らんよ」
彼が口を曲げながら、わたしの腕についたボロボロの包帯をほどいていく。あちこち火傷のように皮膚が焼けただれ、ところどころ擦りむいたり、裂傷が走っていたりする。服にも焦げ跡がくっきり残っている。
「少し油断してしまっただけだ」
狙撃銃イクリプスの暴発、こんな大失態は生まれて初めてだった。
「こりゃあ痛かったろうねぇ。焦げ跡がずいぶん深いし、筋肉まで軽く傷んでるようだ。ちゃんと休めば完治するだろうけど、しばらくは無茶しちゃダメだよ」
じいさんは、わたしの体にまんべんなく治癒の魔術をかけてくれたあと、治癒効果のある軟膏を手のひらで練り広げていく。スーッとしみる涼しげな感触が肌に染みわたっていく。
痛みがぐっと和らぐのを感じながら、わたしはそっぽを向いて我慢する。
「いいかい、本当に無理は禁物。包帯も一日一回は取り替えて、それまで激しい運動をしないこと。大丈夫かい?」
「あぁ、分かってる」
そう答えはするが、内心ではその通りに休むつもりなんて皆無だ。私には早急に片付けねばならない獲物がいる。下手に時機を逃せば、二度とチャンスが巡ってこないかもしれない。
そんな不穏な思いを抱えながらも、とりあえず治療費を支払い、治癒師の老人に背を向けた。
◇
翌朝、わたし――黒鴉は武器屋にやってきた。目的はもちろん、あの大事な狙撃銃イクリプス の修理依頼。
街外れにあるその店は、どこか煤けた外壁に錆びた看板が下がっていて、一見すると古びた鍛冶屋にしか見えない。しかし町で一番腕のいい職人がここにいると、裏の界隈で聞いていたのだ。
扉を押して中に入ると、カンカンと金属を打ち鳴らす音が響く。カウンターの奥には、屈強な体躯をした中年の男——職人のおっさんが、鋼鉄の槌を握っていた。
「ちょいと頼みがある。これを修理してほしい」
私はズタズタに砕けた イクリプスの破片を袋から取り出して見せる。おっさんは仰天した顔で、砕けた部品をつまむように持ち上げた。
「……こりゃあ魔銃だな。それも随分と精巧な加工がされとるな……って、こいつは完全に分解ってレベルじゃねえぞ。爆発でも起きたのか?」
「ああ、魔力の暴発だ。狙撃銃のイクリプスというモデルなんだが……直せるか?」
おっさんは苦い顔をして眉をひそめる。ふむふむと観察しているが、その表情には期待できそうもない陰りが見えた。
「この部品の大半は、もう形が崩れすぎてる。しかも魔導刻印が施された部分がほとんど焼け落ちとるな。修理っつーか、正直、新しく買ったほうがいいだろ」
……やはりそうか。わたしも分かってはいた。ここまで壊れた以上、部品の交換程度じゃ済まない。まるっきり一から買う必要があるだろう。
「同じモデルのイクリプスならうちにも在庫がある。もっとも、真っさらな状態だし、あんたが元の感触にこだわるなら、結局かなりの微調整が必要だろうが……どうする?」
私は思わず目を細め、棚のほうへ視線を投げる。そこにはたしかに、一見似通った形状をした狙撃銃が何本か立てかけられていた。
大きく刻まれたモデル名「Eclipse」や、特徴的な長い銃身など、私が使っていたものと共通のデザインが見える。
だが、当然、私の前の個体とは細部が異なるはずだ。
機関部の噛み合わせ、トリガープル、魔導刻印の調整など――ある程度、大量生産されているモデルとはいえ、カッチリ統一されているわけじゃない。
どうしても職人の仕上げの癖や刻印の入れ方で微妙に性能が変わってくるのだ。
「……すぐ持ち帰ることも可能なのか?」
「そうだな……、魔導刻印の調整とか細かいチューニングをすると、数日はほしいところだな。……ま、あんたがよほど急いでるなら、最低限の構造だけ仕上げて引き渡すって手もあるが、さすがに狙撃銃としてはそこそこの性能に留まっちまう」
おっさんの言葉に、一瞬、ため息が漏れそうになる。
わたしとしては、できれば以前とまったく同じ使い勝手のイクリプスがほしい。そうじゃなきゃ、狙撃の成功率が下がるということだ。
でも、一刻も早く手元にイクリプスがないと、セツの暗殺が。
……いっそ、まずは簡易的な組み上げで引き渡してもらい、セツの暗殺をこなしたあと、改めて本格的なチューニングをする……そんな段取りもアリかもしれないな。
どうせセツはどぶさらいしかできない底辺冒険者。不完全な状態でも問題ないだろう。
頭の中でいくつかのプランを組み立てながら、私はおっさんの顔を見据えた。
「わかった。まずは最低限の形でいいから、今日中に狙撃に支障がない程度に仕上げてくれ。後日、追加の微調整を依頼したい。報酬は弾むつもりだ」
「よほど急いでいるんだな。……まあ、いいだろう。こっちも職人のプライドにかけて、変な出来にはせんさ。それなりの額になるが、構わないか」
「構わない」
そう言いながら、私は懐からコインの入った小袋を取り出して卓上に置いた。
カラン……と金属が触れ合う澄んだ音。おっさんは驚いたように目を見開いたが、すぐにニヤリと笑う。
「これはもう前金としては充分すぎるな。よっしゃあ、早速取りかかるよ。棚にあるイクリプスのパーツをベースに……そうだな、噛み合わせなんかはあんたの好み聞きながら調整していくわ」
「助かる。なるべく急いでくれよ」
私が念を押すと、おっさんは「任せとけ」と槌を握り直し、ガチャンと工具を取り出す。工房の奥には魔導炉らしき設備もあり、ここで魔力加工を施すのだろう。
こうして、とりあえず私は仮組み状態のイクリプスを手に入れる算段がついた。
◆
おっさんは約束通り、夕方までに最低限使える状態のイクリプスを仕上げてくれた。
それにしても、今回の出費はあまりにも痛すぎるな。すでに今回の件で三ヶ月分の食費を浪費している。
自らのミスが発端とはいえ、セツという男に対してイラつきがつのって仕方がない。
早速、わたしは新しく準備したイクリプスを持ち出して、森の中で最後の調整を行っていた。
何百メートル先の的を狙って、感覚を調整する。
魔力弾はそれなりの魔力量を消費するので、何度も連射できるものではないので、慎重に着実に感覚を合わせていく。
「こんなもんだな」
数発ほど試して、安定して的に当てられるようになった。もちろん、暴発するなんて馬鹿な真似はしていない。
よりもっと洗練させることもできるが、標的がどぶさらいのセツだしこんなもんでも十分だろう。
「セツ、首を洗って待っていろ。次は確実に仕留める」
そう言って、わたしはより決意を固くするのだった。




