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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―11― スイーツ店

「……あー、もう、やってらんねぇ」


 ギルド前の盛大な(というか一方的な)口論を終えた俺は、リリアを連れたまま街の大通りを足早に離れる。

 あんなところにずっと立ち止まってたら余計に目立つし、そのせいで他の冒険者たちからも訳のわからない噂が広まるのはごめんだ。

 結果として、リリアも「待ちなさいよ!」と息を荒らしながらしっかり追随してきているわけだが。


「随分と歩く速さが遅いわね。こんなスピードで移動していては、今日一日で依頼を全部終わらせるなんて無理でしょ」


「……いや、そもそもついてくるなよ」


 オレは軽くリリアの挑発を流して、石畳の道をてくてくと進む。

 リリアは一見イライラしているようで、じつは周囲を警戒するかのように目を光らせている。オレがいつ奇妙な魔術で高速移動するか警戒しているのだろうか。だが、そんなことをする気はさらさらないんだが。


「ったく、こんな歩きでホントに仕事に行くの? あんたのドブさらいっていつ始まるのよ」


「まぁ、仕事は仕事でやるけどさ、先に寄りたい場所があるんだよ。……おっと、着いた着いた」


 リリアが「ここが最初の依頼先?」と怪訝そうに首を傾げる。

 いや、そりゃそうだ。俺が足を止めた先には、アンティーク調の可愛らしい看板がぶら下がっている。

 その上、店内から甘い香りが漂ってくる――ようはスイーツ店だ。


「ここが……あんたの依頼先?」


「いや、仕事とは無関係。オレが行きつけにしてるスイーツ店だよ」


「はあぁ!? ちょっと、スライム退治に行くんじゃないの? なんで菓子屋に寄り道してるのよ!」


 ぷんすか文句を言うリリアに構わず、オレは扉を押して店内に入る。甘いバニラや焼き菓子の香りがフワッと鼻をくすぐり、つい顔がほころんでしまう。

 壁際の棚には色とりどりのケーキや焼き菓子が並び、ショーケースの中では繊細なクリームが飾られたタルトやマカロンがまぶしいほどに輝いている。天国ってこういうところかもしれないと思う時間だ。


「いらっしゃいませー……って、あら、セツさんじゃない。いつも来てくれてありがとうね」


 カウンターの奥から出迎えてくれたのは、この店の店主——シルヴィさん。優しい笑顔と、誠実な接客がとても落ち着くお店だ。


「やあ、シルヴィさん。実は新作が出たって噂を聞いてね。せっかくだし寄り道していこうかと」


「あら、情報が早いわね。ちょうど昨日から始めたばかりなの。『初夏のフルーツ・ミルクレープ』っていうんだけど、よかったら試してみる?」


 シルヴィさんはショーケースを指し示す。

 見ると、幾重にも重ねられたクレープ生地の間に、カスタードクリームと色とりどりのフルーツがサンドされている。その上には薄い透明なジュレがかかっていて、表面にはキラキラとしたハーブのシロップが光を反射していた。これだけでも悶絶級のビジュアルだ。


「うわぁ……こりゃ美味そう。頼もうかな。あとついでにハーブティーも一杯お願いできます?」


「もちろんよ。ブレンドはどうする? この前勧めたリラックス系か、ビター系のスパイスハーブもあるわよ」


「じゃあ、今日はリラックス系で。仕事前なので、あんまり刺激強いのは避けたいかな」


「そういうことね。じゃあ、今日はお持ち帰りじゃなくて店内で食べていくのね」


「えぇ、そうさせてください」


 俺が椅子に腰かけると、隣にいたリリアが「え……ここで食べるってマジ?」と呆れ顔で聞いてくる。

 ここは喫茶スペースもあるし、オレはすぐに仕事に行く必要なんて感じていない。ドブさらいの依頼は確保したし、今日中に終わらせてしまえば、文句は言われないしな。


「はいはい、セツさん用に『初夏のフルーツ・ミルクレープ』と『リラックスハーブティー』ね。ちょっと待っててね!」


 シルヴィさんが鼻歌まじりにカウンター奥へ戻っていく。

 その背中を見送りつつ、オレはリリアに声をかける。


「なあ、せっかくだしお前はなんか食うか? ここのミルクレープ、見た目通りめちゃくちゃ旨いぞ」


「……べ、別にいらないわよ。わたし、あんまり甘いもの好きじゃないし」


 そう言いつつ、彼女はショーケースにチラッと視線を送る。

 いやいや、その目は完全に「美味しそう……」と訴えているじゃないか。直後にリリアは咳払いをして顔を背けた。


「まさかお金がないのか? だったら、奢ってやってもいいが」


「くっ……! まあ、それは否定しないけど……。いいわよ、あんたみたいな得体の知れない人に奢られるなんてまっぴらだし!」


「そうかい。じゃあ好きにしなよ」


 べつに押し付ける気もないし、オレは大人しく待つことにした。

 そのあいだ、リリアは明らかに落ち着かない様子だったが。


「お待ちどうさまー。はい、こちらがフルーツ・ミルクレープ! 甘さ控えめのカスタードを層に塗ってあって、スライスしたベリーとキウイが入ってるの。トップには柑橘系のジュレを散らしてみたわ。見た目も涼しげでしょ?」


 シルヴィさんが笑顔でテーブルに運んできたミルクレープは、まさに芸術品だ。

 幾重にも重なった薄いクレープ生地が、一口ずつふわっと軽やかな食感を約束しているように見える。挟み込まれたフルーツの鮮やかな彩りが映えて、目にもおいしい。


「へえ……ミルクレープって聞いただけでテンションあがりますわ。いただきまーす」


 フォークですくうと、生地がしなやかに揺れて、断面からは薄黄色のクリームと真っ赤なベリーがちらりと顔を出す。口に含むと、クレープ生地のやわらかい舌触りと、ほどよい酸味のベリーがカスタードの甘さを絶妙に引き立てて……。


「う、うま……ちょっとこれヤバい。甘すぎず酸味が効いてて、しかもすっきりした後味……。ごくり。コレはいいっすね」


「ふふ、気に入ってくれた? トッピングの柑橘ジュレがアクセントになって、さっぱり食べられるのよ。あと、ハーブティーもどうぞ」


 差し出されたガラスのカップには、明るい琥珀色をしたハーブティー。ローズヒップやカモミール、ミントなどを程よくブレンドしているらしく、甘さとハーブの爽やかな香りがふわりと鼻を抜ける。


「うん、こっちも最高。甘いスイーツにぴったり合う。リラックスできる感じがするわ」


 オレは心底うまいと思いながら、ゆっくり味わう。

 ……と、その横でリリアがムスッとした表情で腕組みをしている。スイーツを横目でちらちら見てるのが分かるが、彼女は口を開かない。

 まあ、本人が食べないと言っている以上、どうしようもない。


「ごちそうさまでした。毎度だけど大満足だわ。ありがとね、シルヴィさん」


「うふふ、喜んでもらえて光栄よ」


 そんな会話をしながら、シルヴィさんにお代を払う。

 ふぅ、満足した。こういうちょっとした贅沢のためにオレは働いているんよなあと改めて実感する。


「さーて……じゃ、そろそろ行きますかね」


 俺が椅子から立ち上がると、リリアが「ようやくか!」と勢いよく身を乗り出す。


「次こそは本当にドブさらいの依頼先へ行くんでしょうね? 何か裏技を使うなら、見逃さないわよ!」


「へいへい。ま、行く前に——トイレだけ借りていいですか、シルヴィさん?」


「あら、もちろんどうぞ。手洗いは奥の扉を入ったところよ」


「ありがとうございます」


 俺が小さく会釈をすると、リリアがギロッと目を光らせる。


「監視するといっても、さすがにトイレの中には入ってこないよな?」


「あ、当たり前でしょ!」


 リリアは少しだけ頬を赤らめては、こっちを睨みつけてきた。

 まったく……こんな調子じゃ気が抜けない。

 さて、スイーツ店にわざわざ寄ったのは、もちろん甘いものを食べたいという理由もなきにしにあらずだが、こうして一人になるチャンスを伺っていたというのもある。

 なにせ、本当にずっと後をつけ回されるのは困る。

 オレの使ってる魔術はそこまで大層なものじゃないが、下手に見られたら「なにそれ!」と騒がれる可能性はゼロではない。

 絶対にごめんだ。


 さて……リリアをうまいこと黙らせるには、今しかないよな。

 扉を開けて個室に入りながら、心の中でそう呟く。

 オレの魔術は大したものじゃない。が、「どぶさらい作業を効率化する」ために作った独自の小細工はある。

 人に見せたら、ユニークだ、と評価される程度の変わった魔術であることには違いない。

 だからこそ、安易に誰かに見せたくない。

 なにせ、オレは「注目されること」こそが面倒事の元凶だと前世で嫌というほど学んでいる。


 そのためなら、どんな手を使ったって問題ないだろう。

 ……さっきのミルクレープとハーブティーの香りを思い出しながら、オレは静かに出口のないはずの壁に手をあて、こっそり魔術を起動するのだった。


◇ ◇ ◇


「はあ……もうどれくらい経ったのよ。さすがにお腹の調子が悪いにしても長すぎない?」


 イライラと私――リリア=ヴェルトは扉を見つめる。が、なにか物音ひとつしない。さすがにこれはおかしい。

 ノックを一度、二度と繰り返しても、まったく反応がない。まるで無人かのように静かだ。


「ねえ、返事くらいしなさいよ!」


 ……しーん。

 余計に嫌な予感がしてくる。

 業を煮やしたわたしが、ガチャッと取っ手を回すと、扉の鍵は開いていた。つまり、ずっと鍵はかかっていなかったことになる。

 だから、わたしは乱暴に扉を開けることにした。


「は……?」


 その瞬間、言葉が喉の奥で凍りついた。

 扉の向こうに広がる光景を前に、思考が一瞬停止する。ただ、吐き出す息が重く胸にのしかかる。


 ――わたしは、思い知らされることになる。

 どれほど自分が小さな存在だったのかを。

 そして、セツという人間が、わたしの想像するよりはるかずっと、恐ろしい存在だったことを。

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