―10― つきまとい
「ちょっと、セレナさん、助けてくれませんかね……」
ギルドの方を振り返ると、ちょうど出てきたセレナさんが「えっ、あの子?」と驚いた顔をする。
少女は構わず、オレの前に詰め寄ってきた。
「ふふん、あなたを探すのにずいぶん苦労したのよ! だってあのとき、ギルドを出たわずか数時間で全部終わったじゃない。絶対に変よ、一日に三十件もドブさらいなんて。そこには秘密があるに違いないわ」
ズビシッ、とオレの鼻先に人差し指を突きつける少女。
「……いやいや、ただ慣れてるだけですよ。毎日、ドブさらいをしているので、流石に他の人よりは早くできますよ」
「嘘よ! どれだけ慣れている人でも一日にせいぜい五件が限度よ。それを何倍もの速さで終わらせるなんて、絶対おかしい!」
彼女がそう言うと、周囲の冒険者たちがザワリと反応し始める。
「そんなに変か? ドブさらいなんて一番楽な仕事だろ。三十件くらい普通だろ」
「そんなにたくさんやっても報酬は大したことないしな。やるだけ無意味だよな」
どうやら周囲の冒険者にも、少女の言い分は伝わらないようだな。
「セツさんは別におかしくないですよ。何年もこの仕事を続けてきたし、手際がいいだけですよ」
セレナさんも同意する。
あぁ、そうだよな。一日三十件ぐらい特別多いはずがないよな。
「な、ななななんで、この異常さが伝わらないのよ! あんたたちおかしいわよ!」
少女が地団駄踏んで主張するが、そんな赤ちゃんのようなことをされては余計説得力が落ちるだけだ。
それだけじゃない、と少女は人差し指を突き出す。
「わたしがあれだけ全力で追いかけたのに、追いつけなかった! これはどういうわけよ!」
えー、そんなこと言われても正直よくわからんのだが。
「それはリリアさんが追いかけるのが遅かっただけじゃないですか?」
セレナさんが割って入る。あぁ、確かにその理由なら納得できるな。自分の遅さを他人に責任転嫁するな。
「ふざけないで! わたしはアストル学術院を首席で卒業し、騎襲闘技の学生リーグでMVPを獲得したのよ! 国でも指折りのスピードを持つこのわたしが、結局あんたの姿を一度も見られなかったなんて、あり得ないでしょ?」
「はあ、なるほど……」
自分の実績を堂々と主張する彼女を見て首をかしげる。
チバルレイドでMVP……?
オレはその競技について詳しく知らないが、本当にそれってすごいのか? しかし、その鼻息の荒さに周囲はやや冷めた目を向け始めている。
「それにしても、ドブさらいなんて誰でもできる仕事がそんなに重要か?」と、何人かの冒険者が小声でひそひそ言ってるのが聞こえてくる。
「えっと……そういうわけだからさ。オレはドブさらいしかできない底辺冒険者でしかないことがわかっただろ」
これで納得して、もうオレには付きまとわないでくれ。
「そんなわけない! 絶対にトリックがあるに違いないわ! だから勝負しなさい!」
勝負しろって……何の勝負だよ。勝負に受けたとしても、オレにメリットが一切ないだろ。
面倒くさそうに肩を竦めると、リリアがじろりと睨みつける。
「逃げる気? そうはいかないわよ。あなたのその『ずる』を暴いて、このわたしが白日のもとにさらしてやるんだから!」
「いや、別に逃げるというか……そもそも興味がないし、勝負もしたくないんだけど」
そう言ってオレが横向こうとすると、リリアが思いついたように笑みを浮かべた。嫌な予感がする。
「そう……ならば、こうするまでよ!」
ピュンと風を切る音がして、次の瞬間。リリアの姿が消えた——と思ったら、目の前に真っ白な拳が迫っていた……!
その速さ、まったく見切れない。オレは反射することすらできず、ただ固まるしかない。
……が、拳はオレの鼻先すれすれでピタリと止まった。
「……へ?」
「ふふ、今の攻撃をかわさなかったわね。しかも動揺すらしていない。初めからわたしが寸止めすることをわかっていたみたいね。やはり、あなたはただ者じゃない」
リリアはドヤ顔で言う。え、いやいや、動揺してなかったんじゃなくて、反応できなかっただけなんですけど……。
「いや、オレ、ただ気づかなかっただけだし……」
「そんな言い訳聞かないわよ! あなたが強者だということは、今ので十分わかったわ!」
はいはい、そりゃすごいね、とオレは心の中でため息。なんかもう、話が通じない人が増えた気がするな……シーナといいリリアといい、どうしてこんな意味わからん奴らにつきまとわれるんだ……。
すると、リリアがきゅっと拳を握りしめながら言い放つ。
「勝負はいったんお預けにしてあげる。だって、あなたが逃げるんだもの。その代わり、わたしがあなたのドブさらいについて行って、その『トリック』を暴いてみせる。いいわね!」
「はあっ!? ちょ、ちょっと待て。オレは普通に仕事がしたいだけなんだが……」
「黙りなさい! そうやって嫌がるってことは、やっぱり見られたらなにか困る理由でもあるんでしょ! ……ふふ、いいわ、今日一日、あんたの仕事ぶりをこの目で見せてもらうから!」
言い捨てて、リリアは俺の腕をぐいっと掴む。すさまじい力だ。ちょっと振りほどこうとしても、ビクともしない。どこにそんなパワーが詰まってるんだ。
「セツさん、大丈夫ですか!? ど、どうしましょう……」
セレナさんが不安そうに声をかけてくるが、オレとしては「大丈夫じゃない」と答えるしかない。とはいえ、周りの冒険者の視線もあるし、これ以上余計な注目を浴びるのは避けたい。
リリアがオレの腕を引っ張ったまま、満面の笑みで言った。
「さあ、覚悟なさい。とにかくドブさらいへ行くわよね? わたしもついて行って、あなたの真の姿を暴いてやるんだから!」
うわあ……これは完全に粘着されるパターンだ。
あああ……もう面倒くさすぎる……。




