天然パーマがコンプレックスの女子高生
「───しもた」
汽車を降りたナツは、カバンの中に折り畳み傘が無い事に気づき肩を落とした。
学校帰りの汽車の窓に水滴が付いたと思ったら、それはあっという間に大きな音を立てて車体を叩き出した。
自宅の最寄り駅に着く頃には、大粒の雨と共に遠くからゴロゴロという音も聞こえてくる始末で、片側一面一線の小さいホームに滑り込んだワンマンカーも、まるで急いで雨宿りするように駅に隣接したトンネルに逃げていく。
汽車がいなくなると、谷間の小さな駅に響くのは駅舎の屋根を叩く雨音のみとなった。
ナツと一緒にホームに降りたのは五、六人ほど。
準備を怠らず傘を差して歩くスーツ姿の社会人。駅に軽自動車で母親が迎えに来ていた中学生。悪態を吐きながら雨の中傘を差さずに走り出す人。
それぞれ思い思いに家路に向かう。
ナツは待合室に避難するとスマートフォンで天気予報アプリを見てみる。
画面に表示された情報はこの雷雨は一時的なもので、おおよそ30分で雨雲の本体は通り過ぎると予想していた。
───そのぐらいなら待つか。
ナツはそう判断し待合室のベンチに腰掛ける。
家はここからそう離れてはいなかったが、この雨の中傘無しで濡れネズミになるのはご遠慮願いたかった。
小さな駅の待合室はこれまた簡素なもので、建築現場にありそうなプレハブ小屋の中に、一人掛けの樹脂製ベンチが合計六席対面に配置されている。
部屋の中は蛍光灯で照らされており、壁には時刻表やらワンマンカーの乗り降りの方法やらが掲示されている。
窓は角に二つあり、ピンクの花が空き缶に生けられていた。
雨が吹き込んでこないよう閉じられているが、間に合わなかったのか窓の下のベンチは雨に濡れ水が滴ってしまっている。
被害を免れた方のベンチには、おそらくこの窓をつい今しがた閉めたであろう先客が座っていた。
先客はどこかで見た高校の制服を着ているのだが、ナツはこの子の事はよく知らなかった。
田舎の狭いコミュニティである。年の近い人間ならナツはその大体を把握している。
───転校生かな?
ナツはそう結論づけた。
仮称転校生ちゃんは手元の参考書を真剣な眼差しで見つめている。
ナツは対面の被害に遭ってないベンチに腰掛けると、自分も英単語帳を開き目前に迫った中間考査に向けて最後の悪あがきを始める。
視界の端で一瞬、転校生ちゃんの目線が自分に注がれたような気がしたが、すぐに教科書に向き直る。
待合室は雨音と新緑の臭いと蛍光灯の明かりで満たされていた。
ナツは雨の日が大の苦手だ。
理由は二つある。
一つは、家が割と自然豊か田舎な場所にあるので、雨が降って生き物が活気付くと色々と面倒が起こること。
特にカエルには困ったもので、雨でテンションが上がった連中が田んぼから飛び出してくる。
小さいころ、おじいちゃんの田んぼで飛びかかってきたウシガエルにファーストキスを奪われて以来、ナツにとってはトラウマで、可能な限り彼らの有効射程には入らないようにしている。
もう一つの理由は彼女の髪にあった。
生まれつき地獄のような天然パーマの持ち主である彼女にとって雨の日は憂鬱ゆううつ以外の何物でもない。
朝、鏡の前で母と共用のヘアアイロン武器を使って毛のハネと格闘するのだが、結果は惨憺たるもので、勝利を収めたと思ったその十分後の朝食時にはハネは勢力を盛り返しはじめ、三十分後汽車の振動で一気に反転攻勢を仕掛け、一時間後教室に着くころには勝利の星条旗を掲げている。
同じく深刻な天然パーマとの戦いを四十年続けてきた母曰く「ご先祖様が関ケ原でかけられた呪いじゃけー直すんは無理よ」とのこと。
中学時代、一度だけ虎の子のお年玉をはたいて都会の美容室でストレートパーマをかけてもらったことがある。
その仕上がりに感動し、休み明けの月曜日に学校でお姫様気分を味わったのも束の間、週の半ばにはすでに敗色濃厚となっていたナツの髪の毛は、金曜日の低気圧で完膚なきまでに敗北していた。
たかが一週間の天下の為に、諭吉を捧げられるほどの経済的余裕はナツには無かった。
その反省を踏まえ、コストとセットの容易さと外観の最大限の妥協点として編み出されたのが、今の『後ろでガッとまとめて重力で落とす』ヘアスタイルである。
少々イモっぽく見えるが仕方がない。
この呪い天然パーマのせいでナツは今までの人生ろくなあだ名をつけられてこなかった。
もじゃもじゃ、もじゃ子、ワカメ、カタヤキ、ニチレイ。
記憶にある古い順でもこんな感じだ。
───最後のニチレイというのは『ひじき』~『お弁当のひじき』~『冷凍ひじき』~『ニチレイフーズ』という連想ゲームの結果つけられたあだ名で、初出は中学一年の一学期。
大抵のことは笑って流せる性格をしていたナツだが、一つだけどうしても看過出来ないあだ名をつけられ大泣きしてしまったことがある。
それは小学校の六年生のころ教室で誰かが言い出した。
ここで声に出すことも憚はばかられる言葉だったが、何とか遠回りな表現でお伝えすると『二次性徴の身体の変化で腰から下に発現し、外観から容易に判別できるもの』だ。───ちなみに『ナツ』は愛称で本来は『チナツ』だったりする。
いつも通りのノリでクラスの男子グループが言い出す。
男子的には「何言いよんじゃボケ」「うわーヤメロー」というプロレスを想定していたらしかったが、いかんせんこちらも二次性徴真っ只中で精神的に余裕が無かった。
田舎の学校の生徒数なんてたかが知れているもので、クラスの半分は六年間一緒のクラスだったりする。
そんな今まで一度も涙を見せなかったナツが声を押し殺してポロポロ涙を零す姿に、クラスは上を下への大騒ぎとなった。
女子はスクラムを組んで男子を公聴会で批判し、男子は主犯はお前だいやあいつだ岩村お前だろと見苦しい内ゲバを始める。
最終的に担任の藤田先生の「チナツちゃんは女の子なんだからもっと可愛い名前で呼ぶように」という大岡裁きで閉会と相なったが、クラス中の「落としどころそこ?」という空気は忘れられない。
とはいえ、この事件をきっかけにクラスの中の男女の雰囲気が大きく変化したのは事実で、そのまま中学校に上がって違う学区の生徒がナツの天然パーマをイジろうとすると、同じ小学校だった男子が「マジでやめろ」と釘を差すようになった。
もしかするとそれが『ニチレイ』の連想ゲームの遠因かもしれない。
ナツが単語帳片手に空想にふけっていると遠くからディーゼルエンジンの音が聞こえてきた。
毎時一本しか汽車が来ないローカル線だが、ありがたいことに朝夕のラッシュ時は倍の二本に増える。ナツが駅に着いてから三十分が経過し次の下り列車の時間になったのだ。
雨はまだ弱まる気配を見せない。
やがて甲高いブレーキ音を響かせて駅に停まった汽車から今度は十人ほどが降りていく。
これがこの駅の夕方のラッシュの光景である。
いつの間にか支度を済ましていた仮称転校生ちゃんが、カバンの中から傘を出し降車した人の列にまぎれ遠ざかっていく。
───傘持っとってじゃ。
狐につままれたような気持ちで、転校生ちゃんの姿の見えなくなった先をボーっと目で追っていると、
「あれ、なっちゃん?」
突然待合室の反対側の窓が開けられ声をかけられた。
ナツは自分を呼ぶあだ名の種類で、いつの頃の知り合いか判別できる。
もじゃ子は小学生時代の友人。ニチレイは中学生時代の友人といった感じだ。
「なっちゃん」はそれよりも前の、物心つくかどうかという頃からのあだ名で、そのあだ名を使う知り合いは片手の指ほどしかおらず、最寄り駅ここでこの時間に言う人間は一人しか該当しない。
「───なんじゃ良太」
ナツは相手の名前を言ってから振り返る。
良太と呼ばれた男子学生は、窓を閉めると一度駅の外に出て無人改札機に定期券をかざしてから待合室に戻ってくる。歩数にして十歩ほどだが「こいつやっぱ几帳面だな」とナツは思う。
「帰らんの?」
「傘忘れた」
「ウケル。俺も忘れた」
「アホ」
「おまえもじゃ」
そう言うと男子学生、良太はナツの正面、先ほどまで転校生ちゃんが座っていたベンチに腰掛け衣服に着いた水滴を払う。
「───そろそろ止むらしいわ」
「あ、そうなん?」
ナツが単語帳から目を離さずに予報を伝えると、良太もスマホを取り出しながらナツの方を見ずに答える。
汽車が過ぎた後の待合室に再び雨音だけが響く。
雨どいが詰まってしまったのか、待合室の出入り口付近で雨が小さい滝のように落ちていた。
ナツと良太はいわゆる幼馴染と呼ばれる関係である。
子供が同い年で家が近所で田舎の深刻な高齢化地域という条件が揃えば、自然と両家の仲も近しくなり二人は幼少のころからよく一緒に遊んだ。
小学校、中学校までは一緒だったがいかんせん高校は悲しいかな、学力の差が如実に表れてしまいナツは偏差値そこそこの高校に、良太は市内中心部のバリバリの進学校にと進路が分かれた。
お互い別の生活スタイルとなってからは、通学の汽車の時間も別々で、こうして直接顔を合わせたのも一か月振りだったりする。
高校三年生となった二人。特に良太はここ最近、大学進学に向けて追い込みの真っ最中であり普段はかなり遅くまで学習塾で勉強しているらしかった。
「───そういえばさっきまでそこに後輩の子おったで」
ナツは先ほどまでその席に座っていた転校生ちゃんの制服が、良太の高校の女子のそれだということを思い出した。
スカートのくたびれ具合やカバンの色あせから今年の春に入学したばかりの一年生だとアタリを付けた。多分合ってる。
「え?マジで?カナちゃん先に帰ってたんだ」
───カナちゃん?
「オイ。良太あんたまさか───」
ナツは初めて単語帳から目を外し良太を見据える。
良太の台詞からその子に心当たりがあることは間違いなかったし、下の名前で呼ぶという事は一日二日の仲ではないという事だ。
しかも、思い返してみればあの子の容姿はいかにも良太の好み・・・・・に合致していた。
「あ、ちがうちがうそういうんじゃなくて、カナちゃんはただの後輩」
容疑者の供述によれば、カナちゃんは今年の初めに隣の地区に越してきた一家の娘さんで、良太と同じ高校に進学し、塾まで良太と一緒らしい。普段遅くなりがちな塾帰りの夜道は危ないからと家の近くまで送ってあげているだけだという。
今日は夜から大雨の予報でJRが止まる可能性があり、こっち方面の生徒で親が送迎出来ない者は皆、塾から強制帰宅させられたとのことだった。
「ほら、コメリホームセンターの向こうの空き地に新築が建ったじゃろ?家あそこなんよ」
「───ふーん?」
まだナツの中で疑念は晴れなかったが、供述に矛盾点も見当たらないので判断は保留とした。
とりあえず『転校生』という予想は当たっていた。
「ま、どっちでもええけど、彼女泣かすような事はしなさんな───まだ先輩と付き合っとじゃろ?」
ナツが確認すると良太からは「ん、ああ……」と、どこか歯切れの悪い返事が返ってきた。
「え?嘘じゃろ?」
今度こそナツは前のめりで良太の方へ身を乗り出す。
良太には去年の夏から付き合っている先輩がいたはずだ。
先輩は良太の一つ上で、同じ高校の生徒会に所属していた事がきっかけで交際を始めたと聞いた。
先輩が東京の大学に進学したため、遠距離恋愛状態になっていると風のうわさで耳にしていたが、まさか別れたのだろうか。
「あー、その件なんじゃけど……」
良太は一つ咳払いすると、ナツの方へ向き直り真剣な眼差しになって口を開いた。
ナツは一瞬「嫌な予感」がしたが良太の言葉は止まらない。
「なっちゃん。俺、東京の大学行くわ」
───ナツはすぐには言葉が出なかった。
背中に冷たい感覚が走ったのは雨のせいではない。
東京の大学というのは恐らく付き合っている先輩が関係しての事だろう。
具体的な事はわからないが、良太の成績ならいい大学に行けるに違いない。
───またか。と、ナツは思う。
ここの人達は皆、大人になると東京に行きたがる。
そして二度と帰ってこない。
数年前に東京に行ってしまったナツの年の離れた兄も、今ではお盆か暮れに母にせかされて数日帰って来るだけ。
帰ってきたらお約束のように「いやーやっぱ実家が落ち着くわ」と言うのだ。
───嘘つけ。テレビで東京の話題を見る度、「こんな田舎嫌だ」といつも言っていたではないか。
近所のお兄さんお姉さん。優しかったお兄ちゃん。
それでも飽き足らず今度は良太まで持っていくのか。
ナツにはどこか『東京』という存在が、人さらいか何かのように思えて仕方がなかった。
「あ、そうなん」
随分時間がかかってナツはそう一言だけ返事をした。
実際は数秒だったかもしれないが、ナツの中では時間が引き延ばされたように感じられた。
うつろな表情で視線を泳がせる。
待合室出入り口の小さな滝は、相変わらずボタボタと地面のアスファルトを叩いているが、その背景の雨の勢いはやや落ち着いてきたように感じた。
「それは先輩の?」
「うん。リエさんが向こうで待ってくれとる。───なっちゃんにちゃんと伝えておきたかったけー」
───リエさん。
ナツは心中に形容しがたいドロドロした感情があふれてくるのを感じた。
そんな名前であることも知らなかった。
そして先ほどから遠回しに「良太は今も付き合っているのか?」を確認しようとしていた自分に気付く。さらに自分には全く芽が無い事にも気づき余計みじめな気持ちになる。
「───黒髪ストレートか」
「え?」
「そんなに黒髪ストレートがええんか!」
ナツ自身、自らの口から漏れ出た言葉に驚いているが、一度漏れ出た言の葉はとどまることを知らない。おじいちゃんの畑のサツマイモぐらい次々と出てくる。
「勝手に東京でサラサラヘアーのリエ先輩と仲良くキャンパスライフを満喫すればええじゃろ?なんでわざわざウチに言う必要ある?そんなにここが嫌なんか?」
去年の夏休み。花火大会で見かけた二人の姿が思い出される。
ナツの前では決して見せない緊張した面持ちの良太と、綺麗な黒髪をなびかせていた先輩の姿。
良太は圧倒されながらも「いや、違う」と言いかけているがナツの言葉が上から覆いかぶさる。
「何が違う!?ウチ良太が先輩の綺麗な髪に鼻の下伸ばしてんの見たことあるんじゃけー。───大体昔から良太が……」
そういう髪黒髪ストレート好きなのは知っている。と、言いかけて視界の端に良太のカバンが目に入り言葉をつぐむ。
カバンのファスナーの隙間から折り畳み傘が顔を覗かせているのが見えた。
───大体、頭にクソが付くほど几帳面な良太が傘を忘れる事などないのだ。
そんな良太が何故傘を忘れたなどと言い出したのか。ナツは見当がついた。
カエル。
雨の日は道路にカエルが飛び出してくる。
カエルにトラウマを持つナツは彼らを非常に恐れる。
高校生になってまで恥ずかしいと思うのだが、今でも大小にかかわらず、道路で跳ねていたり、車に撥ねられているカエルを見ると背筋がゾっとしてしまう
いつの頃からか、雨の日は良太が先を歩き露払いをしてくれるようになった。
雨の通学路。先を歩いてくれる良太の傘と背中に感じた頼もしさと安心感を思い出す。
「───言うの遅れてごめん」
ナツが押し黙ったのを見て良太が先に謝って来る。
───ウチこそごめん。
と言いたかったのだが、今声を出したら絶対変な声になりそうで声が出せない。
ひねくれているのは髪の毛だけで十分だ。
ナツは無言で待合室の入り口へ向かう。
目の前を雨どいから落ちた雨が水流となって落ちている。雨はそろそろ止みそうな気配だ。
カエルだけじゃない。
良太には髪の毛の事でイジられた記憶がない。
それどころか他の男子がからかってくるのを窘たしなめてすらいた。
そのせいで冷やかされたりもしたのだが、決まって「なっちゃんの髪は変じゃないよ」と言ってくれた。
───良太が黒髪ストレートを好きなの知ったのは。
───ウチがやたらと天パを気にするようになったのは。
あれはたしか、小学校五年の水泳の授業。
プールでの水泳なんて女子生徒の大半はうんざりしている。
着替えるのは面倒だし、濡れた水着は容赦なくウエスト腹まわりを白日の下に曝さらすし、肌は荒れるし、岩村は「ねーなんで見学なん?体調悪いん?」とかデリカシーもなく聞いてくるし。
そして何よりナツが嫌だったのは髪の毛がボサボサになることだった。
朝、どんなに大人しくても一回プールに入ってから乾かすとオスライオンの鬣のような惨状になってしまう。
その日も水泳の授業が終わり、プールサイドで水泳帽を外し、クソ冷たい真水のシャワーを浴びながら「なんでここでシャンプーとコンディショナーしちゃダメなんだ」と呪いながらもしっかり塩素を落としていると突然、
「ほら、やっぱり綺麗じゃ」
と良太に声をかけられた。
突然の告白にナツが目を白黒させていると良太は髪を指差しながら、
「なっちゃんの髪は濡れると真っ直ぐで綺麗なんよ」
と、言ってきた。
「じゃあ普段のもじゃもじゃ状態は汚いんだな?」と言いそうにもなったが、少なくとも水が滴るぐらい濡れている時は、まっすぐ綺麗なストレートに見えているらしかった。
その日から少しだけ水泳の授業が好きになった。
シャワーを浴びた後、良太の視線に気づくとなんとも嬉しいような気恥ずかしいような。
ただし、それは夏の日差しで急激に乾いてゆき、せいぜい五分しか持たない。
時間限定のストレート。
ナツは待合室の入り口から空を見上げる。
雨雲の隙間から夕陽が差し込んできていた。
ナツは後ろでまとめていた髪を解き一歩踏み出す。
待合室の雨どいからあふれ出す、小さな滝のようになった雨を頭から被る。
背後で良太の驚いた声が聞こえる。
冷たい水が髪を濡らしていく。
プールサイドのシャワーと違い、勢いのある水流はすぐに全身を濡らしブラウスが肌に張り付くのがわかる。
ナツが振り返ると良太が目を丸くして言葉を失っていた。
ナツは水の滴り落ちる髪をかき上げると、良太の顔に近づき言った。
「綺麗じゃろ?」
「な。なにが?」
「髪の毛」
「はぁ?」
「───綺麗って言って」
良太がしどろもどろに「キ、キレイじゃな」と言うとナツは満足そうに「よし!」と笑顔で答える。
「東京は美人がようけおるけー、鼻の下伸ばして騙されんよう気をつけんさい」
ナツはもう一度髪をかき上げ、荷物をまとめると小雨の下駆け出していく。
西の空に雨雲は見当たらず、綺麗な夕焼けが広がっている。
夜までの時間、もう少しだけ雨は降らないでいてくれそうだった。