大切なのは現在(いま)だけだ
冷めた目で肉の塊を蹴り飛ばす。
最近の肉塊は呻くらしい。
気持ち悪い。
ボクの後ろに音もなく小さなメイド服が舞い降りる。
こちらも気配が無くて見事だ。
「イヴ……早いね」
「はい。 クーン姉様達もすぐに参ります」
「そっか……後任せるね。 兄様のところに行くからタキナには戻る様に伝えて」
「はい」
物見の塔からそのまま学院の敷地にふらりと降りる。
学院の中は夜でも明かりがついたままで、食堂で夕食を食べている人もいるだろう。
普通に入口から入るとそこにはクリフが立っている。
「好き勝手に出入りされても困るのだがな」
「結界抜けたのわかりましたか?」
「こんなに騒がしいのに気にならん方がどうかしている。 何があった?」
「さぁ、わかりません。 ミネルバにでも聞いて下さい」
「わかった。 ……大丈夫か? そんな姿でどこへいく?」
「もう乾いてますし大丈夫です。 ミリアルド様の部屋に行きます」
「そうか……」
図書室の扉を開けたけど兄様の姿はない。
数人が本を呼んでるけど、ボクの様子は気にならないみたいでそのまま奥の部屋へ。
コンコン。
「はーい、だーれー?」
「ユフィ」
「ユフィちゃん? こんな時間に?」
「うわっ、どしたの? 大丈夫?」
「ええ、返り血なので大丈夫です」
「はぁ……えらく真っ黒に染まって帰ってきたものだ。 先ずは風呂に入れ。 シーズ頼む」
「ほーい」
「兄様。 兄様とが……いいです」
「ああ。 シーズ、用意だけ頼む」
「ほいほーい」
寝室の隣に大きくはないけど五人ほどは入れそうなお風呂がある。
脱衣スペースで服を脱ぎ、待っている兄様の前に座る。
兄様は慣れていて髪を洗うのも上手いし体も丁寧に洗ってくれるけど、指先からはなんの感情も読み取る事はできない。
「慣れてるんですね?」
「アレクシアを良く洗っていたからな」
「兄様……。 アレクシアと同じ様に私を愛してください」
「無理だな。 よく似てはいるが、お前はアレクシア足り得ない」
「今日だけでも構いません……。 私を……慰めてくれませんか?」
「はぁ……。 そんな顔で愛を語れとだれに教わった?」
「…………」
「いや、私達の責任もあるのだろうな」
色違いの瞳でボクを見つめる兄様。
その顔にはなんの感情もうつらない。
その全てが好みなのに、大好きなのに、なんの興奮もでてこない。
愛情のカケラでもあれば逃げる事もできるのに。
せめて欲情くらい湧いてくれたら満たされるかもしれないのに。
快楽に溺れられたら、一時でも忘れる事ができるのに。
顎がひかれて顔が寄る。
兄様と唇が触れ合いボクに入ってくる。
つまらない。
感情の無い口づけがこれほどつまらないなんて知らなかった。
「どうだ?」
「どうだ……と言われても……」
「最初からわかってるだろ。 自分にとって必要な人間が誰なのか」
「…………。 タキナを忘れたい、もう離れたいんです」
「なぜだ?」
「もう嫌なんです。 一緒にいたら……、彼女を危険な目に会わせてしまうんです」
「お前は、そもそもの勘違いがすぎる。 自分といる未来に不安を持っているのだろうが、お前といない未来が幸せであると証明できるか? 犯罪に合う事は無い、病気で苦しむ事は無い、他人に陵辱される未来は無いと言い切れるのか? その瞬間の幸せを、自分が与えた事実だけを喜べ。 明日など誰にもわかりはしないのだから」
「……でも」
「愛してるのだろう? 大切なのだろう?」
「はい……」
「大切なのは現在だけだ」
「はい……」
頭がガシガシ撫でられる。
乱暴なのに優しい。
なぜか今になって急に恥ずかしさが湧いてくる。