簡単すぎて話にならんな
「どんな本を探しにきた?」
「人の感情に関係する本を……」
「人の感情か……。 感情操作の魔法なら学園長の許可がいるな。 恋の悩みなら叙事詩や恋愛物語がいいだろう」
「うーん、女心でしょうか?」
「フフッ。 女心か……。 人が他人を完全に理解する事など出来はしないが、他人の事を解ろうとする姿は美しい。 それを恋と呼ぶのかもしれないな」
彼が奥へと手で合図する。
近くに人はいない。
静かな図書室だけど、小さな声なら聞かれる事はない。
「ミリアルド様は私が怖くはないのですか?」
「怖い? 君は女神の力を宿してるな? 君から伸びてくる無数の手が私に絡みついてくるのが見える。 実は私も女神の力を宿していてな、常に二つのセカイが見えている。 一人の君は淡いピンクの美しい姿。 もう一人の君はドス黒い炎に包まれた儚くも美しい姿。 正反対の姿だがどちらも君で、そのどちらもが美しい。 好意は抱いても、恐怖の対象にはなりえんな」
そう言って、彼はがしがしとボクの頭を強く撫でる。
「で、具体的にはどんな内容だ? 話してみろ」
「…………。 えっと……」
「バカか? 君もその側付きも。 簡単すぎて話にならなんな。 君の求める物が書いてある本はないから自分で考えろ」
「そんな言い方しなくても……。 考えても分からないから悩んでるんですっ。 それにタキナはバカじゃないですっ」
「どうせその側付きもそろそろ罪悪感で悩んでる頃だろう。 考えるのは後で良いからちゃんと話せ。 それくらいで壊れてしまうなら、それまでの事でしかないと言う事だ。」
「はい……」
「それと……、ティファにも伝えたが絶対にアレクシアを此処にこさせるなよ」
「何故ですか? 理由を聞いても?」
「私がアレクシアを愛しているからさ」
「愛しているのに、会わないのですか?」
「そうだ。 お子様には関係のない話だ。 あぁ、気を紛らわせる為の本ならあの棚がいい。 他国の書物が置いてある」
「ありがとうございます。 私なんかにそんな話をして良かったのですか?」
「何かあればまた来い。 かわいいバカな妹の話くらいは聞いてやる」
「どうして私がミリアルド様の妹だと?」
「なら君は、どうして私がティファニアとアレクシアの兄だと?」
目は見えてないけど、彼の瞳はボクを捉えて離さない。
「…………」
「フフッ、まだまだだな。 それは君がアレクシアとウリ二つだからだ。 もっとも両の目でまったく同じに美しいのはアレクシアだけだがな」
また、彼がガシガシと頭を撫でる。
ボクは大型犬ではないのだけれど?
「あっれーーー? ミリアルドがかわい子ちゃん捕まえてるーーー? 朴念仁にも遂に花が咲いたかーー?」
「くだらん事を言うな。 そして図書室では静かに話せ」
「この方は?」
「はじめましてレディ。 君みたいにかわいい女の子に出会えてうれしいよ。 僕はシーズ。 ミリアルドの相棒だよ。 よろしくねっ」
シーズはボクの手を取って恭しく口づけをする。
背筋がゾワってなる。
初めてされたけど恥ずかしい。
「ユフィです……。 よろしくお願いします」
シーズは小柄で女の子の様な愛らしい顔をしてる。
ショートのブラウンの髪で、癖なのか? セットなのか? 猫耳の様なアクセントがついてる。
彼はボクの手を離さない。
手を見つめて頬ずりをしだしたと思ったら指先を舐めた。
「……!」
「やめろ駄犬!」
「ぶにゃっ!」
兄様に思いっきり蹴り飛ばされ、転がって本棚に衝突する。
「すまんな。 大丈夫か? すぐ手を洗いに行こう」
兄様に手をとられて図書室の奥の部屋へ。
奥の部屋は本が大量に積んであるんだけど、本の横を通り過ぎ更に奥の部屋へ。
そこはティファ姉様の部屋と同様のシックで落ち着きのある空間で、部屋に入ると彼はそのマスクを外す。
「兄様のお部屋ですか?」
「そうだ。 こっちへ来い。 手を洗って消毒しよう」
「兄様、そこまでしなくても……」
「ダメだ。 お前に変な物が残ると困る」
「残りませんよ」
「残る」
タキナにされる様に丁寧に手を洗われてふわふわのタオルで包まれる。
彼女を思い出して恋しくなる。
「どうした? やはり嫌だったか?」
「いえ、そんなこ……」
彼がボクを抱きしめる。
優しくて、温かくて、大きい。
離れ際におでこに口づけしてくれる。
彼の左右の色の違う瞳と目が合うと、ふにゃぁってなる。
「あいつは処分しよう」
「兄様! 大丈夫です」
「いいのか? お前は優しすぎるぞ」
「すぎません」
「そうか。 座れ。 茶でもいれよう」
「はい」
美味しい。
しばらく兄様との優しい時間を堪能する。




