それだけで良かったのに……
「おいしい」
「ばか……」
「君には色気が足りない……」
「それも仕方ない」
「ありがと……」
「ん」
すっかり暗くなった庭園の道を彼女と歩く。
よりピッタリ引っ付いてきて、嫌じゃないんだけど歩きにくい。
「じゃ、またね」
「送るよ」
「それは、意味がわかんない」
外灯があるとはいえ暗い庭園を一人で歩くのは寂しい。
門のところにタキナが居るのが見えて心が上がってくる。
「迎えに来てくれたんだ。 ありがとう」
「また泣いてたんですか?」
すこし赤くなった瞼を彼女が優しく撫でる。
指が冷たくて心地いい。
「大した事じゃないんだけど、ちょっとね……」
「そうですか……。 私では解決出来ない問題なのですね……」
「ごめん……」
「………………。 ユフィはここで待っていて下さい」
「ちょっと……、タキナ?」
彼女が庭園を寮に向かって走っていく。
しばらくして戻ってきたタキナはアイシャの手をしっかりと握っている。
二人共、多少走ったくらいで息は乱れない。
「タキナ……? どうして」
「大丈夫です。 火急の用件と伝えておりますので。 さっ、行きますよ」
「どこに?」
「いいですから、走りますよ」
アイシャもよく分からない顔をしてる。
………………
壁まで走って、閉まっている守衛のゲートをたたく。
「これは、ビッテンフェルト家の方。 こんな時間にどうされました?」
「火急の用件です。 二名は記章がありますが学園生徒一名に付いては後日書面をお渡ししますので三名通して頂きます。」
「二名様については了承いたしますが、生徒様については学院とビッテンフェルト家に確認を取らせて頂きます」
「火急の用件だと伝えております。 速やかに通していただかないと、ミネルバ・ビッテンフェルトの名において重い処置があるとお考え下さい」
「…………。 わかりました。 必ず書面はお届け下さい」
「ありがとうございます。 失礼いたします」
「タキナ、大丈夫? どこまでいくのー?」
「お叱りは私が受けます。 さっ、まだ走りますよっ」
魔力で光を出す街灯で映し出される石畳を三人でまっすぐ外壁のゲートに向かってひた走る
途中、騎士団員に声をかけられるけど、それはタキナの記章の提示だけで開放される。
彼女の目的地はギルドだった。
扉を開いて覗き込み、そのまま閉じる。
「フリル様は?」
「えー、この時間はもう宿舎だよぅ」
「案内をお願いします」
「よう、そこのメイ……」
「邪魔です」
声をかけてきたガラの悪い男を一瞬にしてタキナが無手でねじ伏せる。
そこらの悪党じゃボクどころか、アイシャやタキナにすらも勝てる訳がない。
宿舎はすぐそこだけど、その間にもタキナが五人ほどを瞬時にねじ伏せる。
宿舎の受付はボクが行う。
貴族家の記章があるから大丈夫だけど、見知ってる顔の方がいいのは当然。
コンコン
「どなたですか?」
「ユフィ」
「ユフィ? こんな時間にどうしたの?」
ドアを開けてくれたフリルはかわいい寝衣姿だ。
「フリル様。 この様な時間に申し訳ございません。 着替えて一緒に来ていただけないでしょうか? それと…………」
タキナが顔を寄せて耳打ちする。
その真剣な様子に彼女は何も聞かずに了承する。
こんな時間だけど、彼女はスラッとした白のワンピースに着替えてくる。
水色の髪によく似合ってとても美しい。
フリルは普通にしか走れないのでここからは歩く事になる。
「ねぇ、タキナぁ。 どこ行くのさぁー?」
「もう少しです」
こんな時間にみんなを連れて……? 彼女がこんなに行動的だとは思ってなかった。
着いたのははステラの宿。
久しぶりに入口を入ってサムスとアドンと顔を合わす。
「遅くに失礼いたします。 部屋に空きはございますか?」
「おうおう、嬢ちゃん達久しぶり。 元気みたいだなぁ。 部屋なら嬢ちゃんの部屋が空いてるぜ。 ベッドだけ戻してあるけどよ」
「はい。 そちらで……。 あと、料理とお酒もお願いします。」
「あいよ。 鍵だっ。 料理と酒は自分達で運んでもらうけどな」
「はい、承知しております」
「ネイさーん、ステラ来たよー」
「あら、ほんとに久しぶりー。 学院の制服なんて着ちゃってかわいいわねぇ」
「でしょー。 今日は部屋でお料理貰うねー」
「はいはい、とりあえずお酒だけ持って行ってね。 料理ができたら呼ぶから」
「ほーい」
お酒とコップと簡単なおつまみを持って部屋へ。
まだそんなに経ってないのに懐かしさを感じてしまう。
ベッドを奥にひとまとめにして、部屋を広く使う。
少ししてステラが料理を持ってきてくれて、タキナも下に降りていく。
「いい子だね……」
「うん。 ボクには勿体ないくらい」
タキナはほんとにボクの事を考えてくれてるのがよくわかる。
ボクを元気づけるためだけにこんな……。
素直に嬉しい。
フリルとこうやって話すのも久しぶりになっちゃったしね。
アイシャは元から口数が少ないけど、今は食事に専念してる。
お酒は飲めるみたいだね。
「ギルドはどう? 変わりない?」
「ユフィが来ない事くらいだね。 グレンが忙しくて、少し痩せたかな?」
「お貴族さまの暮らしはどうなの? 贅沢三昧でしょ?」
「変わらないよ。 ミネルバはそんなに浪費家じゃないからねぇ。 食べ物とかお風呂は素敵だけどさ」
「学院はどう? 楽しい?」
「もうぐちゃぐちゃだよぅ。 ボク半分教師だし」
アイシャは満足したみたいで、制服のままベッドに転がり込むなり、かわいい寝息を立て始めた。
ふふふ。
「ユフィ様ったら、すぐかわいい女の子にばっかり手を出して……」
「タ、タキナぁ……? 飲み過ぎですかぁ……? 別に手は出してないですよぅ」
「もう、たらしですよ。 たらし」
「そうだね。 ユフィは昔から男にも女の子にもモテモテだね。 なのにずっと一人でねっ」
「仕方ないじゃん。 トキメキがなかったんだからっ」
「なのに一晩で落とされちゃうなんてね。 ふふ」
「…………」
うっうっ、だんだん居心地が悪くなってきた。
なぜだ? ボクの為の食事会のはずなのに。
うん、飲もう。
わざわざ抵抗力を減らしてお酒の力に頼る。
「出会った夜のユフィ様の話はとても楽しかったです。 でもとても寂しそうで、辛そうで……」
「ユフィはいつもそうなんだよ。 一人で抱え込んで、悩んで……」
「今でもそうですよ。 全然成長が見られませんね」
実はお酒は強くない。
すぐにぐるぐるになっちゃって、アイシャの横に倒れ込む。
「ふふふ、私は少し下を手伝って来ますね。 フリル様、ユフィ様をお願いします。 …………」
「うん。 大丈夫。 わかってる……」
フリルもボクの隣に倒れ込む。
以前はよくこうやって朝まで話し込んだものだ。
彼女のいい匂いに包まれて幸せに浸る。
今日の彼女はいつも以上に大人っぽい。
髪を耳にかける仕草がすごく魅力的。
「これも久しぶりだね。 近いのにすごく遠くなっちゃた……」
「よくこうして朝まですごしたよね」
「それだけで良かったのに……。 はぁ。 こんなにいい女を待たせるなんて悪い奴もいるもんだ」
「ごめんね。 フリルはいつも優しいね」
「甘えん坊さんがいるからね」
「エヘヘ」
フリルの胸に顔を寄せて彼女を感じる。
心地いい。
そのまま重たくなる瞼を抵抗せずに受け入れていく。
幸せ。
「ユ……フィ……」