誰……?
「おはよう、ミネルバぁ」
「お」
降りてきたミネルバはいつもの寝衣姿だ。
「今日は行かないんだね」
「毎日行ったら特別感がなくなるしねー。 疲れる」
「そうだね。 ありがとうミネルバ」
「素材が良いと軽装備着てもかわいいねぇ。 ねっ、部屋においで」
「いーかーなーいー」
「お姉様、おはようございます。 ユフィ様、おはようございます」
「おはよう、クロエ。 今日もかわいいね」
「ユフィ様、少しお耳を……」
「?」
「…………えっ? …………クロエ、ありがと」
「ユフィ?」
「ミネルバ、ちょっと学校行ってくる……。 タキナごめん。 待っててね」
「なに……? ちょっと……、ユフィ……?」
修練場から直接学園に入って講義室へ。
結界があるから普通は通れないけど、ボクには関係ない。
「あれっ、ユフィ?」「休みじゃないの?」「その格好なにー?」「……」「……」
「おはよ。 ちょっとごめん……」
いつもの通りに講義室のボクのロッカーは汚されていてゴミが詰め込まれてる。
そして、アイシャのロッカーも……。
はっ、はははは。
ボクの中から黒い物が湧き出してくるのを感じる。
「ひっ……」「うわっ……」「……」「……」
廊下を抜け高等部の講義室のドアを勢い良く開く。
「あなた、なんですの? 見窄らしい格好。 さすが、平民は礼儀の一つもご存知無いのですわね」
「うるさい。 だまれよ」
「なっ、なにを……? ひっ……」
「初等の講義室で嫌がらせ続けてる奴。 出てこい」
「あいつ何言って……」「馬鹿じゃない……」「……」「……」
「もう一度言うよ。 嫌がらせしてるやつ出てこい。 もしくは差し出せよ」
「平民が……」「調子のってんな……」「……」「……」
「ユフィ? どうしたの?」
「姉様……。 姉様は黙っていてもらえますか……」
「ユフィ……」
「まだ? 早くして……」
「おい、お前っ……」「ふざけてるのか?」「……」「……」
「うるさいな。 特別講義にしようか。 頑張って抗え、せいぜい死なない様にね」
指を鳴らしてドアと窓を閉め、講義室の中央から勢い良く水を噴出させる。
吹き出した水はボクと姉様の周りを除いた空間を埋めていく。
いきなりの出来事だけど、さすがに高等生。 ちゃんと対応して水中呼吸くらいはできる。
「聞こえるよねぇ? 早く出てこいよ」
「はっ、これくらいで偉そうに……」「バカかこいつ……」「……」「……」「……」
「水の量はすごいけど、これぐらい誰でも出来る……」
「さすがは先輩達。 まだまだ頑張って下さいね」
水が少しずつ回転を始めて、うねりは徐々に大きな渦になっていく。
水を打ち消そうとしたり操作しようとしてる人もいるけど、ボクの魔法は崩れない。
渦が早く大きくなって、幾人かは既に力なく流れている。
「ユフィ! ダメだよ。 やりすぎだよ」
「ねぇ、出てこないって事は全員が犯人でいいって事ですよねぇ?」
「…………」
「言ったよねぇ。 みんな死んじゃいますよぉ」
ボクはきっと酷い顔をしているだろう。
でも、止めない。止まらない。
水の中に無数の肉食魚を召喚する。
飢えた魚達は容赦なく生徒達に齧り付く。
「くそっ……」「いやぁぁぁ……」「……」「……」
水の中での戦闘なんて初めてだろう。小さくて素早い魚達の攻撃で、弱い生徒は直ぐに血だらけになり、実力の高い生徒も徐々に傷が増えていく。
「わ、私です。 私がしました」
「一人で?」
「はい……」
「嘘付き。 死ね」
上位の魔法使いなら魔力の跡が見える。
そんなにハッキリした物じゃないし、時間と共に薄くなるから難しいけど、ボクなら追跡する事もできる。
そしてこの跡は人によって違いがある。
魔力の残滓は三種類。
魚達が女子生徒に殺到する。
多数の魚に齧りつかれて限界だろうけど、意識は保てる様にしてやる。
「い、いやぁぁぁぁぁ。 助けて……。 助けて……」
「一人?」
「セ、セシルとヒルデと三人……です……」
指を鳴らして全ての水と魚を消した後は、生徒達の傷を治す。
力尽きていた生徒達も保護してたから死んではいない。
ボクも死者を人間として生き返らせる事は出来ないから。
「ねぇ。 君……名前は?」
「申し訳ありません……。申し訳ありません……。申し訳ありません……」
「なまえは?」
「フ、フローネです……」
「一般生徒だよね?」
「は、はい……」
「ありがとう。 ごめんね」
抱きしめて頭を撫でてから唇に感触を刻みつける。
優しく、優しく。
「セシルとヒルデ。 こい……」
震える足で二人の女生徒が進み出る。
二人共怯えの表情で、立っているのがやっとなほど。
二人とも一般生徒で見覚えはない。
「ねぇ、誰の指示……?」
耳元で優しく囁く様に尋ねる。
「じ……自分達で、や、やりました……」
頬を撫で耳をなぶる。
優しく、優しく。
「嘘付き……。 ねぇ、次は何をしてほしい……?」
「ひっ……」
彼女は下を濡らしてへたり込んでしまう。
「で、君はどうしてほしい?」
「ごめんなさい……、ごめんなさい……、ごめんなさい……、ごめんなさい………………。」
「誰の指示?」
泣きながらボクを見つめるけど、止めるつもりはない。
両手で頬を撫でながら親指で涙を拭って、唇を舐める様に重ねて甘い声で囁きかける。
「だれ……?」
「フェ、フェルミナ様です……」
「ありがとう。 ごめんね」
頬を合わせてから唇を重ねる。
「フェルミナっ」
前に進み出るフェルミナは堂々としていて、その瞳は強い。
へぇー。
「君の指示で間違いない?」
「ええ、私が命じました」
「理由はわかるから良いよ。 もうしないなら、ボクは忘れてあげる。 でも、アイシャには謝罪を」
「嫌ですわ」
「どうして?」
「私と貴方方では立場が違います。 貴族として平民に頭を下げる事などできません」
「ここでその平民に惨殺されても?」
「その通りですわ」
「わかった……。 場所変えようか……」
彼女の手を優しく誘導して、部屋の外に連れ出す。
「フェルミナはダメだ、ユフィ……。 問題が大きくなる……」
(はぁ……)
「姉様。『貴族』だとか『この国の』なんてのは、ボクを縛る鎖にはなりませんよ」




