ムツ
よしよし、順調に日暮れ前にベイシュタインに到着。
エメリスより大きな町だけど、ゲートに並ぶ人はこっちのが少ない。問題があっても嫌だから今回も壁を飛び越えるけど、壁の上に立っていた少女が目に付く。一人でポツンと立っていて守備の兵士にはみえなかった。向こうからしたら認識出来ないほどの瞬時の出来事のはずだけど確かに目が合った。追ってはこないのね。はっきり意識していたとは思うけどなー。
「国王陛下ばんざーい」「王太子様、聖女様ばんざーい」
まっすぐギルドに行こうと思ってたんだけど、そこらかしこがお祭りムードで賑わってて楽しそうなので露店や屋台を廻りながら話を聞いていく。町の中では当然の様に物取りに出会うのだけど、思いっきり手をはたき落としてやった。
ほうほう。王族はそれなりに人気があるみたいだね。
王太子ルイーズ・ベイシュタインと女神の力を持つ聖女バルトリア。
そして公爵令嬢シュウテリーア・レッドフレア。
シュウテリーアの話はエメリスで聞いたのとほぼ同じ内容に悪口まで付いてさらに酷い。
あらら。ギルドで聞ける話もほぼ同じ。
お城に行くのは明日にして、そのまま町ぶらをして宿で睡眠をとる。
城に壁越えで侵入したら聞き耳や人の流れでシューテリアを探す。
バシィ。
窓から部屋に入った瞬間に正確にボクの心臓を撃ち抜こうとする拳を払う。
音は消してるし、確かにこっちに意識はなかった。続く正拳連突きからの中段蹴りの足を絡め取るとすぐに逆足の踵が飛んでくる。足を放して踵を受けた隙に間合いをとられる。
すごい。並じゃない体術。足技用にスリットがとってあるけどドレスでやる動きじゃない。
銀ってよりは白く長い髪から覗く紅い瞳は強い。
「とんでもないお嬢様だ」
「お褒めに預かり光栄ですわね。 ですが、賊に話す言葉はございませんわ」
「おい話を……」
する気はないのね。また始まる激しく美しい連撃を躱し、受け、払い流す。賊を前にして気負いもない、息があがる様子もないし段階的に鋭さが増してくるあたり自信も根性もあるんだろね。
「やりますわね。 ここまで一人でくる実力はお持ちの様で嬉しいですわ。 あなた、どこの流派ですの?」
「……」
流派か。想う物はある。カッコよく名乗りたい。でも、チートとまねっこで強いだけのボクにはまだ自信も覚悟も足りない。
「まぁ、いいですわ。 改めて参りますわよ。 ムツソウハ流 シュウテリーア・レッドフレア。 私に勝てたなら「ムツ」の名を与えますわ」
ムツ? 陸奥?
「あぁ? お前が……お前程度がボクに「陸奥」を与える? はっ。 どんな経緯で「陸奥」を名乗るのかは知らないけど、お前は「陸奥」じゃない。 こいよ。 お前の全てを否定してやる」
ボクが構えた事で場が無音になる。良いお嬢様だ。正面で対峙できるだけの力はある。
様子見の打撃の応酬が始まるけど、陸奥の技を知ってはいるんだろう、体をとらせない様に立ち回っている。けどそれはちょっと消極的すぎやしないかな?
瞬間にシュウテリーアの懐に潜り込んで拳を腹に添える。彼女も少し遅れて反応して肘を出してきて額に当たるけど、ただ動かしただけの腕に威力なんてない。
ニィィィィ。
ドンッ。
衝撃音と共に防壁が自動展開される。彼女の小さな体は吹き飛び、口からは鮮血が吐き出される。
「悩殺ふんわ……。 いや、陸奥圓明流 虎砲」
魔装機の防壁に助けられて、しっかり生きてるね。元々殺すつもりまではないけどさっ。
彼女はヨロヨロながらも立ち上がるけど、その目から光は消えてない。
「ムツエンメイリュウ……。 あなた……ムツ?」
「陸奥じゃない」
「それほどの闘気……。 なら悪魔?」
「……修羅だよ。 もう止めとけ。 早く治療しないと死ぬぞ」
「たとえ死んでも私は負けない。 ……精霊召喚っ」
シュウテリーアを中心に構成式と魔法陣が浮かぶ。
「血の盟約において我が求めに応えよっ。 守護精霊、炎神スプリガン」
轟音とおびただしい熱量と共に屋根が吹き飛び顕現する炎を纏った鎧騎士。すごい魔力量。神器だよね。
「あなたとは別の形で会いたかったわ」
振り下ろされる炎の斬撃を受けきれなかった感じをだして、さっと身を隠す。なんか来たしね。
しっかし受けても熱で溶かされそうな剣だよね。どうやって戦うかなぁ?
場に現れたのは王子と警護の騎士達。王子達の到着と同時に炎神は薄くなって姿を消す。
あれが王子。紫の長い髪が無造作に頭の後ろで広がっていて王子ってよりは魔王って言われる方が納得できる。無造作って表現したけどセットしてるのか? マンガな髪型だなぁ。
「シュウテリーア何をしている?」
「ルイーズ様……」
王子の声は冷たく、感情がまったく感じられない。
「お前には最後の仕事が残っている。 部屋が不満なら牢獄へ移るか?」
「申し訳ございません」
「あとすこしの間、大人しくしていろ」
「はい」




