女神の御子
「アンノーン様。お父様の所に行く前にお話を伺いたいのですが?」
「うん、いいよ。 監視員の代わりを手配してもらえる?」
「承知致しました。 ですが、水浴場にそこまで……」
「だぁめっ! 水は浅くても人は死ぬ。 そして一番危ないのは小さい子供達だからね。 男女さえいれば子供は勝手に増える。 なんて考えて欲しくはないかな」
「お考えよく解りました。 直ぐに手配致します」
遅くならずに起きてきたウェイ。話し合う内容についてもちゃんと考えてたみたいで良かった。
交代要員が来たら、朝食も準備してウェイ達の書いたレポートに目を通す。事柄別に彼女の考えまで書いてあってわかり易いんだけど……。表題の内容がわかんない! 政治は知らないし、授業で習った様な事ばかりじゃない。このセカイやシャルマン固有の常識や取り決めもあるから、フィーの解説を受けてもさっぱりなんだけど……。
そもそも社会や公民は苦手なんだよぅ。
「クスクスクスクス」
「なにだよぅ?」
「アンノーン様もそんな顔をなさるのですね」
結局、ボクは他国の人間という体で不参加となり、隣室で座学を受ける事になる。
教師は優しい人でお願いします。でないと逃げ出す事間違いなしなので。
ファルとヨンはウェイの騎士なので参加。口がヒクついてるけど、がむばれ。そんな目でボクを見るんじゃない……。
王の執務室はズタボロになってしまったので、別室。ウェイ達以外にも文官と王に親しい老師が参加して行われる。
今日決まった事について、元老院に通知する流れなので、その後の方が荒れるのは想像に難くない。
うっうっうっ、帰りたいよぅ。
座学の教師はフィーのお母様でイェルアルゲリート…………、長くて覚えられない。フィーの家は家名も長い。
二人きりになった瞬間に凄い剣幕で怒られた。ボクのせいでフィーの人生は大きく変わってしまったと。
フィーの家は代々王家の教育係を輩出していて、こんな問題を起こしてしまったら立場も未来も無い。まぁ、それ以前に国がどうなるか分からない。
「貴方は周辺諸国の情報や、今のシャルマンの状況もご存知なんですよね? それでもこの国の体制が正しいと?」
「正しいか、正しくないか、決めるのは私達ではありません。 全ては元老院がお決めになります」
「その元老院が腐っていると言っています」
「なんの事情も知らないあなたが口にする事ではありません」
「なら、戦後賠償として元老の首を要求するまでです。 事情なんて知った事じゃありません」
「あなた……、何を言って……」
「お母様達はジュノーと戦争してるつもりかもしれませんが、シャルマンの相手をしてるのは私一人だけですよ」
「あなたが……? あなたの様な娘が……ジュノーの悪魔……」
「悪魔か……。 別にそれで良いよ。 シャルルも倒したし、この国に抗う術はもう無い。 私を怒らせたシャルマンが悪い」
「…………」
お母様は言葉を失って考え込んでしまった。
「ちょっと時間をとりましょうか? 私はいいけど、お母様が嫌なら誰かと代わってもらっていいですよ」
「いえ、大丈夫です。 あなたにできるだけ理解してもらって、考えを改めていただきたいので」
「なら、お願いします」
その昔、シャルマンは兄弟喧嘩が発端で国が割れて長い間内戦状態が続いていた。そこに訪れた女神が争いを収めて、元老院を作り国を治めさせる様に定めた。国王はあくまでも国の代表で政には参加しない事になる。
元老院はエミル神殿にあって、七人で構成されている。神殿から出てこない者がほとんど。先日出会ったのは、元老ではなく元老院の意思を伝える者達なので、元老は顔も名前も分からない。直に接する事が出来るのは、彼らと神殿の遣者くらい。元老は元老院が決めて、お披露目や式典などは無いから、いつ誰に代わったかなんかは明らかにされてない。
「元老達に会う事はできますか?」
「いえ。 神殿への立ち入りは掟により、厳しく禁止されています。 老師達を通してもお会いする事は叶いません」
………………。
パリッ。
ん?
講義中に急に耳が詰まる感覚がして、急いで部屋を飛び出し隣室のドアを開ける。
なんだこれ?
男に刺されるシャルルと、空間に浮かんだまま静止している魔装機の腕や鋒……。ファルとヨンのカスタムの分と、初見のはウェイのレイベルの物かな?
そしてみんなも止まったまま。
魔力探知によると全員生きてるし、睡眠でもない。時間停止……? 魔装機まで……?
黒竜丸を手にしたボクと鴉の斬撃が止まる。これは……麻痺か……。
そりゃシャルルがやられる訳だ。
この男は老師の一人だよね? 老師と言っても、そこまで高齢ではない。長くはない白髪を後ろで束ねて高身長ですらっとした印象で、華美じゃない黒の動きやすい服装に身を包んでいる。王様に親しいんじゃ無かったっけ?
「ぷっくっはっはっはっはっ。 これは美しいぃぃぃ。 この娘がやっと頃合いになったと思ったら、とんだ拾い物まで付いてきたねぇ。 この後が楽しみだぁ。 娘はしっかり使ってやるから、安心して死ねよぅ」
「あなたは何者?」
「なぁにぃ? もう話せるのかぁぁ? 終わったら愉しませてやるから、少し待ってろよぅ」
「待てない。 あなたに力があるなら、あなたに従う。 今答えて」
「あああぁぁぁぁん。 誰に物言ってんだ? 最初からお前に選択肢はねぇんだよぅ。 まぁ、いいかぁぁ。 人形みたいな奴ばっかりで物足りなかったしなぁ。 ウェイアールがこんなキレイに育ったしぃぃぃぃ。 政治ごっこなんてのにも飽きてきたし、お飾りの王様なんてもう要らないなぁぁぁってぇ」
「王様を廃して、元老院がすべてを握るって事?」
「なんも知らねぇんだなぁぁ。 元から王様に力なんてねぇし、俺様が元老院なんだよぅ」
「元老院? あなたは使いでしょ?」
「もぅ、元老なんていねぇのよぅ。 みんな殺しちまったからなぁ」
「そっか。 この魔法は何?」
「ぷっはっはっ。 魔法? そんなつまらん物じゃねぇよぅ。 君は僕と出会えた事を喜ぶがいいよぅ。 この神の御子ビビレヨワ・ガマエニに遣える事ができるんだからよぅ」




