朝はふとももを吸う
自分に体力が無いと感じたのは六階建ての大学の階段を使った時、休憩を挟まないと登り切れないことに気付いた時だ。その頃から僕は朝六時に起床し、朝ご飯を食べたのち一時間ほど散歩に出ていた。散歩から帰ってきたら豆乳やちくわなどのタンパク質が多いものを摂取していた。それは筋肉をつけようという考えだ。
その子が倒れていたのは朝早くというのにじめじめしたとても暑い日だった。
いつも通り散歩に出て、右、左と角を曲がった先に、どこかの学校の制服を着た女の子が倒れていた。この道で人とすれ違うのはほとんどなく、すれ違っても見知った人だけだった。そのためか、その子は周りに広がる田んぼの緑と茶色に混ざることなく、そこで横になっていた。
強い日差しの中、私は走って彼女のもとに近づき、声をかけた。
彼女は声に反応したものの、体の力は抜けており額にはたくさんの汗をかいていた。周りを見渡すもやはり人はいない。私は「失礼します」と声をかけながら首筋、うなじに手を伸ばす。やはり熱かった。
散歩のために自分が着けていた、風に当てると冷たくなるタオルを彼女の首元に巻き、木陰を探して彼女をそこまで運んだ。タオルをたたんで枕にして彼女を木陰に横にさせる。体温を下げるために、扇子を取り出し、風を送った。また、まだ口をつけていない冷たいスポーツドリンクを彼女のわきに挟んだ。
なんとか応急処置ができたところで、『今日は猛暑が予想されます。朝早い時間帯でも気を付けましょう』という言葉を思い出した。その言葉を聞いたおかげで、こんなにも用意よく対応することができたのだ。
「ありがとう、ございます」
かすれたそのひと声に少し安心した。
「水飲める?」
「はい」
「そこ、そこ」とわきに挟んだドリンクを指さし、飲んでいいよと声をかけた。
五分近く仰いでいただろうか、顔色が多少良くなったころ彼女は態勢を変えた。
「ありがとうございます」
「いえ」
顔色が良くなったとはいえ、意識はふわふわとしているように見えた。この場合、学校に行くべきなのだろうか、それとも家に帰った方が良いのだろうか、悩みながら質問した。
「家は近いの」
「近い…いや少し遠いです」
「送ろうか」
「そこまでは」
そう言う彼女の言葉は少しかすれていた。
「あの日、あまり寝れていなかったんですよ」
あの日から数日後、散歩道でたまたま会った。会うと暑さで彼女が倒れた日について彼女が振り返っていた。
「そうだったんだ」
「はい。今週から、おばあちゃんの家から学校に通うことになって、転校が初めてだったから寝れなかったんです」
「転校してきたんだ。学校は近いの?」
「ここからバスで40分です」
「結構遠いね」
どうりで人通りが少ない道で見たことない制服を着た女の子が倒れていたんだ。
「ところでお兄さん、意地悪な質問をします!」
改まった言葉、歩く足が止まった。
「私を助けている時、私のふともも結構見てましたよね?」
「え」
その通り目がいってしまったのは確かだ。でもそれは
「えぇ、私が暑くてスカートをめくったというのも悪かったでしょう」
そう、めくる動作に無意識に目がついていってしまった。それは本当に申し訳ない。
「白」
むっちとしたふとももを覆う彼女のパンツを見てしまったあの日の情景が頭を覆った。
そんな、よからぬ思考を表情から読みぬかれたのか。
「変態さんだー」
その通りだ。
「はい…。弁明の余地もございません。本当に申し訳ございません」
その言葉と同時に九十度に腰を曲げた。
視界が今日も相変わらず熱い地面へと向かう。
視界からの情報が少なくなると、周囲の鳥の鳴き声が余計に大きく聞こえてくる気がした。それはまるでそこに自分がいないかのようにさえ感じてくるものだった。
女性は特に言葉をかけることはなく、田んぼが広がる道で男性と二人でいた。
ともに醸し出す異様な雰囲気は周囲と溶けこむことなく色や音からふわふわと、まさに浮いていた。
何も声が聞こえない時間がいたたまれなくなり、恐る恐る顔を上げた。すると彼女は、スカートを手でわしっと掴み上げ、こちらを見た。しわしわのスカートの黒色、黒色が途切れた先には水玉がこちらを覗いていた。
意図が分からず戸惑うも、あの時と同じで、その水玉模様が目に焼き付いた。
彼女と約束した時間に間に合うように家を出た。彼女に会うと、あの木陰に行き、木陰で涼みながら会話を楽しんだ。
「お兄さんって普段何してるの?」
「そうだね、家で小説書いてるよ」
「小説家だったの?」
「いや、そんなんじゃないけどね」
「でも、それでお金稼いでるんでしょ」
「まあね」
彼女の顔を見ながら答えた。会話が途切れると、スカートから溢れる彼女のふとももをちらちらと見ていた。それがバレていたのか、いや隠すつもりは毛頭ないのだが、彼女はいじらしくスカートをお腹に向けて少しだけ手繰り寄せた。
彼女がスカートを掴み上げた日から変な約束ができた。それは、朝、散歩に出る僕と登校する彼女、二人で時間を合わせて会うという約束だ。そして、外界から隔たれるように木陰に向かい、少しの時間、彼女と話をしながら、彼女のふとももを見せてもらう。そんな変な約束ができた。
「毎日見てて飽きないの?」
この約束も五日目だった。
「飽きないかな」
「私はコンプレックスが刺激されて見たくなくなるけどね」
「すごい綺麗だと思うけど」
「そぉお」
僕たちの関係は異様で危なく、でも木陰にいることで外界から隔てられ、まるで外からは認識できない、そう思わした。そして、彼女のふとももを見ているこの時間は世界に二人だけしかいないような気分にさせ、僕に不思議な高揚感を覚えさせた。
そして、この高揚感は何にも変えることのできないものであった。
「吸ってもいい?」
「吸うって何?」
「僕もよく分かんないけど、吸ってみたいなって」
「まあ、別に、いいけど」
むわっと温かいふとももに近づいた。鼻をよせ鼻腔にふとももを覆う空気を目一杯に感じさせた。
匂いの感想としては何だか、ふわっと『甘い』匂いがした、気がした。
あらすじにも書きましたが、ふとももを吸ってみたいと思った時に書いた変態的な小説です。そのため、この変態性を感じ取ってもらえたら嬉しいです。でも、欲を昇華させるだけではなく、人間の空間を感じ取る様子に注目し、そこの表現に少し凝ってみたのでその表現の部分に注目していただけたらより嬉しいです。ではでは、なおぽんでした。