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「よくあんな嘘がつけますよね」
デイヴィットは目の前を歩く背中に投げかけた。
「私は嘘など一言も口にしていない」
アイザックは迷いなく答える。
「……確かにそうですね……。ただ、本当のことも口にしていないじゃないですか」
「結果オーライならいいことだ。唯一の誤算は公爵令息が体調不良で早退してしまい、あの現場をパロマローズ嬢が目撃してしまったことかな」
教師であるナサニエル・バイロンは高位貴族の生徒にも低位貴族の生徒と同様に手伝いを課す。ほとんどの教師が低位貴族の生徒に手伝わせるだけだが、彼だけは異例だ。
順番から言えば早退した公爵令息が指名されて手伝い、あの現場を目撃するはずだった。
「うまくいかないこともあるものだな」
聞き取れるギリギリの声でアイザックが呟く。
「パロマローズが目撃してしまったから、お茶会の真相を話さなかったんですか?」
「あの時の真相を話す気は元々なかった。覚えていないことを滔々と話されても気分が悪いだろう? 犯人を捕まえたらそれでいいじゃないか」
「分かりました……。俺からはもう何もいいません」
王太子がいたテーブル全員に被害があったわけではないが、パロマローズはあのお茶会で毒に倒れた一人だ。彼女はその影響でお茶会前後のことを覚えていない。
「さて、ストーン侯爵令嬢のところに先に行くか。それともパロマローズ嬢の元婚約者のところで話を聞くか。どちらにするかな」
部屋が近づいてくると、アイザックの足取りが少し軽くなる。
「まずいな、少し浮かれているようだ」
「俺くらいにしか分かりませんよ。むしろ尋問前に浮かれているように見えた方がヤバそうで、尋問には有利に働きそうですね」
「ふ、こういう時に足元を掬われることが起きやすいだろう? あまりに浮かれているようだったら抓るか蹴るかしてくれ」
「分かりました」
「初恋の人と婚約できそうで、カルロスの仇ももうすぐだ。私の祖父にあたるロレンス先王もこんな気持ちだったのかもしれないな。よし。やはり、パロマローズ嬢の元婚約者から話を先に聞こうか」
「はい」
恐らく、蹴ったり抓ったりする機会はないだろう。
パロマローズがどうしてあそこまでカルロスに拘るのか。
デイヴィットには子供の頃の初恋を極度に美化しているようにしか思えない。でも、目の前の王太子も相当だ。彼のそれは初恋と呼ぶには執着に等しい。
デイヴィットはそんな考えを胸の内にそっとしまい込んで、王太子よりも先に部屋の扉を叩いた。
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