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「パロマ……それは……」
デイヴィットが辛そうに顔を伏せる。王太子も表情こそそこまで変わらないもののそっと目を伏せた。
カルロス・ウェセクス。
目の前のデイヴィット・ウェセクスの双子の兄。
カルロスとは随分長い間会っていない。成長したら目の前のデイヴィットと同じ雰囲気になっているだろうと想像はつく。でも、同じ顔でも私の初恋はデイヴィットではなく、カルロスなのだ。
カルロスは子供の頃のあのお茶会のせいで寝たきりの状態になっている。手足がうまく動かせないのだ。彼はあの毒の解毒剤にアレルギー反応を起こしてしまった。
「カルロスは……いつ亡くなってもおかしくないんだ……」
デイヴィットは膝の上で拳を握りしめている。
分かっている。デイヴィットにこんな顔をさせたかったわけではない。でも、誰かに知っておいて欲しかった。まだ私がカルロスを想っていることを。
「ごめんなさい。あなたにそんな顔をさせたかったわけじゃないの」
「いや……変わらずカルロスのことを考えてくれているのは嬉しいよ。パロマからの手紙はちゃんと読み聞かせているからさ」
私はカルロスに季節ごとに手紙を送り続けている。最初は頻繁に送っていたが、カルロスが辛くなるというので季節ごとにしたのだ。
「カルロスをあんな風にした犯人を私は今でも許していない」
王太子の平坦な声が部屋に響いた。
「……実行犯の侍女は亡くなっているのでは?」
実行犯の侍女は同じ毒を呷って亡くなっていた。それ以上のことを私は聞いていない。
「あの時は黒幕までたどり着けなかった。一介の侍女があの毒を手配できるわけがない。でも、もうすぐたどり着く。いや、私の中でたどり着いているが……あの件でなくとも復讐のために証拠をきっちり揃えないといけない」
王太子は伏せていた目を上げた。彼の目はまるで嵐の前の不気味なほど静かな海だ。
燃えるような復讐の炎は浮かんでいないが、何を考えているのか分からない。でも覗くと引きずり込まれそうだ。
「私の婚約者になって協力して欲しい。狙われる機会も増えるとは思うが必ず守る」
「それで黒幕までたどり着けるのですか?」
「あぁ」
「血が近いと文句が出ないでしょうか? 王太子殿下の祖父であるエリアス元陛下と私の祖父アシェル・フェイトリンデは兄弟です」
カルロスとの方が血が近いが、王太子の婚約ともなればいろいろあるだろう。
「貴族なんて遡れば皆、親戚だ。親戚でも仲良くできないものだな。いや、親戚だからこそ仲良くできないのか。殺し合いと蹴落とし合いだな」
王太子アイザックは自嘲気味に笑う。
「その件については大丈夫だ。アルウェン王国のナディア王太后の助力がある」
「え、アルウェン王国の……?」
ナディア王太后といえば、アルウェン王国の先王ロレンスの妃だ。我が国のバイロン公爵家出身で、学園時代からエリーゼおばあ様の親友とのこと。
「エリーゼ夫人の息子と自分の娘を結婚させられなかったから、孫同士が結婚するのはナディア王太后の悲願らしいよ。ナディア王太后まで出てくれば煩い大臣たちは黙るだろう。ま、今は我々の元婚約者たちの愛を応援しよう。元婚約者たちのことを話し合って慰めているうちに情が生まれたことにすればいい」
パロマローズにとって、カルロスかカルロス以外かという世界だったので、婚約者が変わることは特に問題なかった、というよりそこまで興味を持てなかった。
人によっては王太子の婚約者の座は誰かを蹴落とし陥れてでも欲しいものだろう。パロマローズにとってはそこまで魅力を感じるものではなかった。
ただ、カルロスをあんな風にしてのうのうと生きている犯人を捕まえることができるなら……その思いだけだった。
「お父様に話をしないといけません」
パロマローズは頷いてしまったのだった。