29*心の内
ゼノイス視点
最終話です。
「…………」
ゼノイスは、手の中にある婚約指輪を見つめる。
本当はこの小さな結びの証に縋って、ずっと彼女の特別な何かでいたかった。
しかし。
――彼女を見捨てた。
大事にしたかった人のはずなのに。
初めて好きだと自覚した人だったはずなのに。
助けが必要な彼女に背を向けた。見殺しにした。
そんな自分が、どうしても許せなくて。
こんな最悪な奴より、他の誰かと結ばれた方が彼女は幸せになれるだろうと。
歪な関係に終わりを告げた。
*
「――ノ。はぁ……。ゼノイス」
「!」
ルシウスに名前を呼ばれて、ゼノイスはびくりと肩を揺らす。
慌てて主人を振り返れば、明らかに不満そうな顔をしていて。
「……すみません」
そこはルシウスの執務室。
事後処理を手伝わされていたゼノイスだったが、ここ数日、どこか上の空だった。
「最近おかしいぞ。お前」
自覚があったので、ゼノイスは何も言えない。
「ちゃんと切り替えます……」
物言いたげな眼差しが注がれるのから逃れるように、そう言って。
彼は再び書類に目を落とす。
ルシウスはため息をつき、口を開く。
「シエラの専属メイド」
ぴたり、と。
誰のことを指しているのか分かったゼノイスの手が、ほんの僅かに止まる。
「あいつ、ある程度戦えるように訓練受けるらしいぞ」
「――は?」
思わず、素が出た。
怪訝な面持ちで、ルシウスを見ると。
「メイドが騎士団本部に通ってるせいで、シエラも一緒に護身術を習うと言って聞かない」
そんな話は初耳だった。
彼女のことを知ろうとすると、やるせない気持ちになるのが嫌で、避けていたから。
「これ、本部に提出してこい」
命令されれば行くしかない。
渡されたのは、多分聖女が護身術を受けたいから準備しろというお達しだろう。
色々言いたいこともあったが、仕事は仕事だ。
ゼノイスは書類を持つと騎士団本部へと向かった。
本部の中に入って書類を出すと、やっぱり気になって訓練場を覗く。
「……カトレア?」
そして、そこにいたのは、弓を構え、男たちに囲まれたカトレアの姿で。
トスっと、軽い音がすると彼女が放った弓は的のど真ん中を貫き、歓声が上がる。
「すげぇな! こんなに弓が上手いなんて!」
「動く的もやってみよう」
「メイドにしとくには勿体ない腕だな」
「あ、ありがとうございます」
カトレアは男たちに応えて、照れ臭そうに笑う。
それを見て、モヤッとする心にゼノイスは口を結んで、東の宮に戻る。
男たちの距離が近いことに、苛立ちを覚えるが、自分にできることなんてない。
……そう、思っていたが。
次の日も、その次の時も。
ゼノイスは、カトレアが騎士団本部に行く時間になると、隙を見つけては彼女を見守ってしまっていた。
まさか自分がこんな、追っかけみたいなことをする奴だとは思っていなかったが、どうしても諦めきれない感情に突き動かされる。
未練しかなかった。
友人としてなら、助けることを許してもらえるだろうか。だが、自分のために彼女を利用したようなやつだ。そんな資格はない。
悶々と、考えに耽る時間は増すばかりで。
考えるのを辞めようとする時点で、思考を止められていない。
自分でも、どうしてよいか分からない情緒。
そんな状態で臨んだ、潜入調査。
誰が聖女の妹をあんな風にしたのか。捜査を進める中で偶然ではないのかもしれないと分かり、研究所らしき場所に影の魔法で忍び込んだ。
もぬけの殻となった、その建物から抜けようとして。
普段なら絶対避けられたであろう、不意打ちの攻撃を食らった。
毒の矢が太腿を擦り、すぐに身体が麻痺してくる。
人工だと思われれる硬いアンデッドを数体倒し、なんとか脱出した時には、身体がふらついていた。
そのせいで影の移動距離が短くなってしまい、城に着いたのは自分の部屋ではなく、城の裏庭で。
茂みに身を隠しながら、部屋を目指すも意識が持ちそうにない。
「だれ――? えっ、ゼノイスさん!?」
膝から崩れ落ちて、自分の失態に嫌気が差したところに聞こえたのは、ここ数日距離を置いていた人の声。
「大丈夫ですか! ひどい怪我……。今、助けを」
すぐそばに、本当はずっと会いたかったカトレアがいて、幻でも見ている気分だった。
自分を支える彼女に、胸が苦しくなる。
朦朧としてきた視界の中、ゼノイスは夢現に手を伸ばす。
「――いか、ないで」
細い手首を握れば、カトレアの金色の瞳と目があった。――気がした。
*
気がつくと、自分の部屋のベッドに寝せられていた。
窓の外からは、まだ月明かりが差し込んでいる。
思ったより時間が経っていないみたいだ。
婚約破棄の一件から、こんなミスまでしてしまった自分にため息が出る。
誰がここまで運んでくれたのか確認しようと起き上がって。
「……は」
ゼノイスはギョッとする。
メイドの制服を着たままのカトレアが椅子に座り、ベッドに頭を伏せて寝ていた。
「どうして、カトレアが……?」
こんな所で寝ている彼女を、ベッドに運びたい。
しかし、触れることを躊躇して。
「……起きたのか。大丈夫そうだな」
「殿下……」
扉が開いたので、行き場を失った手をベッドに置いてルシウスを見る。
「そいつに感謝しろよ。色々察して、俺を呼びにきたんだ」
秘密裏に動いていたので、ゼノイスが裏庭で転がっているのを他の派閥に見つけられて事件にされるのは良くなかった。
カトレアがわざわざルシウスを頼ってくれたのは、最善で。
「俺はもう一眠りする。お前、明日は休んでろ」
「……わかり、ました……」
ルシウスはそれだけ言って、部屋を出て行く。
「ん……?」
静かな夜にはうるさかったのか。
カトレアが、のっそり頭を上げる。
「あ。ゼノイスさん。目が覚めたんですね」
眠たそうに目を擦り、彼女はじっとゼノイスを見据えた。
「気分は? 痛み止めは飲みますか?」
「大丈夫、だけど……」
ゼノイスは無防備に世話を焼くカトレアに、呆然と応える。
正直、嫌われたと思っていた。
こんな自分よがりな奴に、愛想が尽きただろうと。
それを感じる場面に直面したくなくて、カトレアと顔を合わせないようにしていた。
だから、全く変わらないカトレアの優しさに驚いて。
「どうして、ここに」
思ったことが、そのまま口から飛び出た。
「あっ。すみません、勝手に……。嫌でしたよね。もう戻ります」
謝る方はこっちなのに。
カトレアはハッとして、申し訳なさそうに眉を垂らす。
「違う、責めたかったわけじゃない」
ゼノイスは慌てて引き止めた。
何となく、今なら言えると。
今言わなければ、ずっと後悔し続けると。
彼は熱に浮かされて、口を開く。
「謝るのはオレのほうだ」
「え?」
心の中で塞いでいたものが流れ出す。
「自分勝手にカトレアの時間を奪った。そして、あんたを……見切った」
「――へ?」
声が震えそうになった。
自分で言っておきながら、本当にクソみたいな奴だと。顔が合わせられず、俯く。
「恨んでくれてい――」
許されようとは思わない。
だから、彼女に恨まれても受け入れようとしたが、頬がふたつの細い手に挟まれて。
「ちょっと、待ってください。恨みませんよ!」
カトレアのびっくりした顔が、目の前にあった。
「どうして私がゼノイスさんを恨むんですか??」
本気で困惑している彼女の手を、ゼノイスはどうしていいか分からない。
「この前のことなら、お仕事なんですから当たり前の選択でしたし、いただいた魔石に守ってもらいました。それに……。私はゼノイスさんの婚約者になれて楽しかったですよ、ちゃんと」
カトレアはまるで幼子に言うように、ゼノイスに言い聞かせる。
「なんで、そこまでオレを……」
言葉足らずだが、ゼノイスが言いたいことを理解したカトレアは苦笑して、手を離す。
「……そんなの、あなたのことが好きだからに決まってるじゃないですか」
彼女の告白に、時が止まった。
「――――!」
言葉の意味を理解するのに合わせて、かあああっと顔が赤くなるのが分かる。
「ゼノイスさんが幸せなら、それが一番なんです。だから、私と婚約したことは忘れてくださ――」
ここまで言われて、黙っていられなかった。
ゼノイスはカトレアの腕を取ると、自分の顔を一気に彼女に近づけて口を塞ぐ。
「…………好きだ」
目を見開くカトレアが、愛おしすぎてどうにかなりそうだった。
「本当はもう離したくない。けど、オレはまた同じ選択をするかもしれない」
カトレアを掴む手に力がこもる。
「それでも、君の隣にいていいか――」
固唾を呑んで、答えを待った。
カトレアは、瞬きを繰り返して。
「――はい。できるだけ、ずっと隣にいてください!」
彼女はそう言って、くしゃりと笑った。
◆◇◆◇◆
これは、互いに主人を持つ騎士とメイドが思いを通じ合うまでの、不器用で平凡な恋の話。
◆最後まで書きたいことしか書いてない拙作と、お付き合いいただき、ありがとうございました。焦ったすぎて、作者のメンタルHPは0です。焦った死。
この後、カトレアの実家でひと騒動ありますが、ふたりは無事に結婚します。幸せな家庭を築いてくれーーーー




