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28・選択



 出発の日。


「お前も乗れ」

「――か、かしこまりました……」


 支給物資が送られたのと一緒に、馬と馬車が村に送られてきており、カトレアはルシウスに命令されるまま、シエラとふたりで装飾の付いたしっかりした箱の馬車に乗る。

 騎乗した騎士たちに囲まれて、ルシウスが率いる精鋭騎士たちは帰路に着いた。

 森を抜け、草原を行き。今回は途中でゆったり休憩を挟みながら。


「ふぁ……」


 隣であくびを噛み締めるシエラは、生活のリズムが崩れたせいでずっと眠そうだった。

 何が起こるか分からない旅路なので、目を開けようと頑張っているが、馬車の揺れの中でも睡魔に勝てなかったようで。しばらくすると、目をつぶってしまう。

 それを見て、自分も女だから休めるように馬車に乗せてくれたのかと、カトレアはちらりと車窓からルシウスを探した。


(見えないな。前の方にいるのか)


 ここからでは見えない位置にいるようなので、カトレアは姿勢を戻してシエラを見つめる。

 器用に座ったまま寝ているが、放っておくと危なそうだ。

 カトレアは正面に座っていたが、彼女の隣に座って、肩を貸した。


 のんびりした時間が終わったのは、その数分後だった。

 山道を下るカーブで。

 ヒヒーンと、馬が嘶く声が聞こえたと思えば。



「――え?」


 

 ぐらりと視界が揺れて。

 馬車が急斜面を転がり落ちた。











 死ななかっただけ、上出来なのだろう。


「カトレア! っ!」

「……っ」


 軽く意識が飛んでしまったが、自分を呼ぶ声がしてカトレアは目を覚ます。

 落下の際、頭だけは守らねばとシエラを抱きしめた記憶はあるが、その後の記憶が飛んでいる。

 嫌な予感はしていたが、まさかこんな事件が待っているとは……。

 気持ちよく寝ていたのに、いきなりこんな目に遭って驚いただろう。それなのに、まず自分を気遣ってくれるシエラは根から優しい。

 カトレアは軽く頭を動かして周りを見て、状況を確認する。


(あー。何か身体が重いと思ったけど、馬車の下敷きになったのか……)


 視界の情報がおかしいと思ってはいたが、自分の背中には馬車が乗り、腹には木がめり込む。

 一体どんな転がり落ち方をしたら、こんなことになるだろう。

 他人ごとのように自分の状態を理解して、カトレアはシエラに視線をもどす。


「……大丈夫、ですか……。シエラ様……」

「わたしは平気よ! それよりも、カトレアが!」

「大丈夫です。挟まってるだけですから」


 涙目のシエラに、カトレアは苦笑した。


「……御者は、生きてますか?」


 一緒に落ちたと思われる者の安否を問えば、確認済みのようでシエラは力なく首を横に振る。

 本当に死ななかっただけ、まだマシなのだろう。


(待ってれば、助けに来てくれるかな?)


 カトレアはぼうっとする頭で考える。

 事故の後だからか、パラパラ小石が馬車に転がり落ちてくる音が聞こえる。昨日雨が降ったせいか、近くで水が流れる気配を感じ、頭でも打ったのか変な匂いがした。心なしか、ごごごごっと変な音も聴こえる。


(…………あれ?)


 カトレアは、そこでひとつの可能性に気が付く。

 本能が警鐘を鳴らしていた。


「フロンターレ嬢!」


 すると、そこにゼノイスの声が聞こえて来て。


「ゼノイスさんッ、助けてください!!」


 シエラは、涙声で彼を呼ぶ。

 ゼノイスはすぐにこちらまで降りて来た。


「――っ!? カトレア!」


 ゼノイスは、馬車と木で不運な挟まれ方をしたカトレアを見つけて、すぐに彼女の顔色を確認しに来る。


「今助ける。しっかりしろ!」

「……げ、て」


 助けようとしてくれるゼノイスに、カトレアは告げる。


「逃げて。早く」


 彼女は真剣だった。

 左足の感覚がないし、何となく簡単に抜け出せないのは自分が一番よく分かる。


「山が崩れます。私のことはいいから、早くシエラ様を連れてここから離れて」


 不思議と己の意識はハッキリしていた。


「早く」


 カトレアは訴える。

 小石が転がり、水は溢れ、地鳴りがする。

 今すぐ何か起こっても、おかしくない。


「何言ってるの!? わたしも手伝います。ゼノイスさん、はやくカトレアを!」


 シエラは珍しく声を荒げ、ゼノイスに指示を仰ぐ。

 しかし、ゼノイスも危険な状態であることは分かっている表情で。


「……っ」


 彼の選択を迫るように、上から冷気の波が押し寄せてくる。ぞくりと肌が粟立った。

 ただの寒気じゃない。悪寒だ。

 今は夏。ルシウスの力が荒ぶっているのが、嫌というほど伝わってくる。ここでシエラに何かあれば、この世が終わるかもしれない。冗談ではなく。


「シエラ様を助けられなかったら、一生恨みます」


 カトレアは早く行けと、ゼノイスを急かす。


「私には魔石がありますから、死にません。早くシエラ様を第二皇子殿下の元へ連れて、助けに来てください」


 カトレアは苦しかったが、腕を伸ばしてゼノイスの肩を押した。


「――すぐ戻る」


 切り替えたゼノイスの行動は早くて。

 彼はシエラを抱き上げて、カトレアに背を向ける。


「そんなっ。カトレア! カトレア!!」


 シエラが自分を呼ぶ声が遠のく中――地面が、ずるりと下に崩れ落ちた。



 その後のことは、よく覚えていない。





 





 次に目を覚ますと、いつかと同じような白い天井が見えた。

 起き上がると、ここが教会で死んだわけではないことを確認をし、胸元の指輪を探った。よく見てみると、石の色が透明に変わっていて。魔石が自分を守ってくれたことは、何となく理解した。

 それからシスターに話を聞くと、一週間寝ていたそうで、街で応急処置をされてから帝都の教会に運ばれたらしい。

 傷は治っていたので、数日後に教会を出た。

 その間、シエラやリサ、同僚たちが見舞いに来てくれて。

 奇襲にあったこと。ルシウスがシエラを失いそうになって、魔法が暴走したこと。それをゼノイスと共に戻ってきたシエラがなんとか止めたこと。

 そして今回は、シエラを守ったことが評価されて、褒賞が与えられるそうで。色々話を聞いた。いつも通り、何があったのか知るのは事後報告である。

 

 目を覚ました三日後、カトレアは城に戻る。

 ちなみに治療代は全て城が負担してくれた。

 自分が事故にあった記憶は一瞬だけ。

 すっかり元通りの身体で、仕事に復帰した。


 一日、二日、それから五日。


 無意識のうちに探してしまう、ゼノイスとはひと言も言葉を交わすことはなく。

 なんとなく、避けられているのかもしれないと不安が頭をよぎった頃。

 休憩を終えてシエラの元に戻ろうと、静まり返った廊下を歩いていたら、久しぶりにゼノイスと出会して。


「お疲れさまです。トーマ卿」

「…………」

「……どうかされましたか?」


 黙り込んで自分の前に佇む彼を、見上げた。

 青灰色の瞳は、遠慮がちにカトレアを捉え。

 そして、告げられる。



「カトレア。……婚約を、なかったことにさせてほしい」



 驚きはしなかった。

 いつかこんな日が来るのではないかと、頭のどこかで分かっていたから。

 しばらくの沈黙の後、顔に笑みを貼り付けた。


「――はい。わかりました!」


 自分なりに、後悔しないように過ごした。

 彼に別れを告げられたら、必ずちゃんと受け入れようと決めていた。


「これはお返しいたしますね」


 カトレアは、自分で処理することなんて出来ない指輪を外して彼に渡す。


「何の取り柄もない私とお付き合いくださり、本当にありがとうございました! これからはまたよき仕事仲間として、どうぞよろしくお願いいたします」


 ゼノイスがこの後、自分に気を遣わなくて済むように、何とか言葉を選んで。

 頭を下げると、少し早足でその場を離れる。


「っ……」


 心算はしていたはずなのに、涙がこぼれた。




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