28・選択
出発の日。
「お前も乗れ」
「――か、かしこまりました……」
支給物資が送られたのと一緒に、馬と馬車が村に送られてきており、カトレアはルシウスに命令されるまま、シエラとふたりで装飾の付いたしっかりした箱の馬車に乗る。
騎乗した騎士たちに囲まれて、ルシウスが率いる精鋭騎士たちは帰路に着いた。
森を抜け、草原を行き。今回は途中でゆったり休憩を挟みながら。
「ふぁ……」
隣であくびを噛み締めるシエラは、生活のリズムが崩れたせいでずっと眠そうだった。
何が起こるか分からない旅路なので、目を開けようと頑張っているが、馬車の揺れの中でも睡魔に勝てなかったようで。しばらくすると、目をつぶってしまう。
それを見て、自分も女だから休めるように馬車に乗せてくれたのかと、カトレアはちらりと車窓からルシウスを探した。
(見えないな。前の方にいるのか)
ここからでは見えない位置にいるようなので、カトレアは姿勢を戻してシエラを見つめる。
器用に座ったまま寝ているが、放っておくと危なそうだ。
カトレアは正面に座っていたが、彼女の隣に座って、肩を貸した。
のんびりした時間が終わったのは、その数分後だった。
山道を下るカーブで。
ヒヒーンと、馬が嘶く声が聞こえたと思えば。
「――え?」
ぐらりと視界が揺れて。
馬車が急斜面を転がり落ちた。
◆
死ななかっただけ、上出来なのだろう。
「カトレア! っ!」
「……っ」
軽く意識が飛んでしまったが、自分を呼ぶ声がしてカトレアは目を覚ます。
落下の際、頭だけは守らねばとシエラを抱きしめた記憶はあるが、その後の記憶が飛んでいる。
嫌な予感はしていたが、まさかこんな事件が待っているとは……。
気持ちよく寝ていたのに、いきなりこんな目に遭って驚いただろう。それなのに、まず自分を気遣ってくれるシエラは根から優しい。
カトレアは軽く頭を動かして周りを見て、状況を確認する。
(あー。何か身体が重いと思ったけど、馬車の下敷きになったのか……)
視界の情報がおかしいと思ってはいたが、自分の背中には馬車が乗り、腹には木がめり込む。
一体どんな転がり落ち方をしたら、こんなことになるだろう。
他人ごとのように自分の状態を理解して、カトレアはシエラに視線をもどす。
「……大丈夫、ですか……。シエラ様……」
「わたしは平気よ! それよりも、カトレアが!」
「大丈夫です。挟まってるだけですから」
涙目のシエラに、カトレアは苦笑した。
「……御者は、生きてますか?」
一緒に落ちたと思われる者の安否を問えば、確認済みのようでシエラは力なく首を横に振る。
本当に死ななかっただけ、まだマシなのだろう。
(待ってれば、助けに来てくれるかな?)
カトレアはぼうっとする頭で考える。
事故の後だからか、パラパラ小石が馬車に転がり落ちてくる音が聞こえる。昨日雨が降ったせいか、近くで水が流れる気配を感じ、頭でも打ったのか変な匂いがした。心なしか、ごごごごっと変な音も聴こえる。
(…………あれ?)
カトレアは、そこでひとつの可能性に気が付く。
本能が警鐘を鳴らしていた。
「フロンターレ嬢!」
すると、そこにゼノイスの声が聞こえて来て。
「ゼノイスさんッ、助けてください!!」
シエラは、涙声で彼を呼ぶ。
ゼノイスはすぐにこちらまで降りて来た。
「――っ!? カトレア!」
ゼノイスは、馬車と木で不運な挟まれ方をしたカトレアを見つけて、すぐに彼女の顔色を確認しに来る。
「今助ける。しっかりしろ!」
「……げ、て」
助けようとしてくれるゼノイスに、カトレアは告げる。
「逃げて。早く」
彼女は真剣だった。
左足の感覚がないし、何となく簡単に抜け出せないのは自分が一番よく分かる。
「山が崩れます。私のことはいいから、早くシエラ様を連れてここから離れて」
不思議と己の意識はハッキリしていた。
「早く」
カトレアは訴える。
小石が転がり、水は溢れ、地鳴りがする。
今すぐ何か起こっても、おかしくない。
「何言ってるの!? わたしも手伝います。ゼノイスさん、はやくカトレアを!」
シエラは珍しく声を荒げ、ゼノイスに指示を仰ぐ。
しかし、ゼノイスも危険な状態であることは分かっている表情で。
「……っ」
彼の選択を迫るように、上から冷気の波が押し寄せてくる。ぞくりと肌が粟立った。
ただの寒気じゃない。悪寒だ。
今は夏。ルシウスの力が荒ぶっているのが、嫌というほど伝わってくる。ここでシエラに何かあれば、この世が終わるかもしれない。冗談ではなく。
「シエラ様を助けられなかったら、一生恨みます」
カトレアは早く行けと、ゼノイスを急かす。
「私には魔石がありますから、死にません。早くシエラ様を第二皇子殿下の元へ連れて、助けに来てください」
カトレアは苦しかったが、腕を伸ばしてゼノイスの肩を押した。
「――すぐ戻る」
切り替えたゼノイスの行動は早くて。
彼はシエラを抱き上げて、カトレアに背を向ける。
「そんなっ。カトレア! カトレア!!」
シエラが自分を呼ぶ声が遠のく中――地面が、ずるりと下に崩れ落ちた。
その後のことは、よく覚えていない。
◆
次に目を覚ますと、いつかと同じような白い天井が見えた。
起き上がると、ここが教会で死んだわけではないことを確認をし、胸元の指輪を探った。よく見てみると、石の色が透明に変わっていて。魔石が自分を守ってくれたことは、何となく理解した。
それからシスターに話を聞くと、一週間寝ていたそうで、街で応急処置をされてから帝都の教会に運ばれたらしい。
傷は治っていたので、数日後に教会を出た。
その間、シエラやリサ、同僚たちが見舞いに来てくれて。
奇襲にあったこと。ルシウスがシエラを失いそうになって、魔法が暴走したこと。それをゼノイスと共に戻ってきたシエラがなんとか止めたこと。
そして今回は、シエラを守ったことが評価されて、褒賞が与えられるそうで。色々話を聞いた。いつも通り、何があったのか知るのは事後報告である。
目を覚ました三日後、カトレアは城に戻る。
ちなみに治療代は全て城が負担してくれた。
自分が事故にあった記憶は一瞬だけ。
すっかり元通りの身体で、仕事に復帰した。
一日、二日、それから五日。
無意識のうちに探してしまう、ゼノイスとはひと言も言葉を交わすことはなく。
なんとなく、避けられているのかもしれないと不安が頭をよぎった頃。
休憩を終えてシエラの元に戻ろうと、静まり返った廊下を歩いていたら、久しぶりにゼノイスと出会して。
「お疲れさまです。トーマ卿」
「…………」
「……どうかされましたか?」
黙り込んで自分の前に佇む彼を、見上げた。
青灰色の瞳は、遠慮がちにカトレアを捉え。
そして、告げられる。
「カトレア。……婚約を、なかったことにさせてほしい」
驚きはしなかった。
いつかこんな日が来るのではないかと、頭のどこかで分かっていたから。
しばらくの沈黙の後、顔に笑みを貼り付けた。
「――はい。わかりました!」
自分なりに、後悔しないように過ごした。
彼に別れを告げられたら、必ずちゃんと受け入れようと決めていた。
「これはお返しいたしますね」
カトレアは、自分で処理することなんて出来ない指輪を外して彼に渡す。
「何の取り柄もない私とお付き合いくださり、本当にありがとうございました! これからはまたよき仕事仲間として、どうぞよろしくお願いいたします」
ゼノイスがこの後、自分に気を遣わなくて済むように、何とか言葉を選んで。
頭を下げると、少し早足でその場を離れる。
「っ……」
心算はしていたはずなのに、涙がこぼれた。




