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27*近くて遠い

ゼノイス視点



「ゼノイス。戻ってたのか」

「殿下が呼んでくれたので。今さっき」


 カトレアが去った後、ゼノイスは仲間の騎士に声をかけられる。今の今まで、ヨハニスたちを探しに行っていたが、ルシウスに呼ばれて戻って来ていた。

 彼はじっとカトレアの後ろ姿を見つめて、彼女が無事だったことに肩の力を抜く。


 村にアンデッドが出たと聞いたルシウスは真っ先に聖女の元へ行ったが、自分はそれまで相手をしていた群れを倒す事が優先されて。早く終わらせて加勢に行きたいという焦りを押しとどめ、これだけのアンデッドが湧く原因を見つけなければと剣を振るった。

 そして、この終わりの見えない勝負にキリがついたのは、全てが終わった後で。

 雨が晴れて行く中、アンデッドが灰のように全て崩れ去ったのを確認して村に戻れば、聖女がルシウスの隣で、彼を癒しているところだった。

 死者を操る彼女の義妹が、いくら倒しても湧いてくるアンデッドの原因だったことが分かり、状況は把握したが、聖女の近くにいるべきはずの娘の姿が見えない。

 カトレアが囮役になったことを聞かされて、彼は気が気でなかった。

 一緒に行ったヨハニスを信頼していない訳ではないが、非戦闘員をひとり抱えてアンデッドの群れに追い回されるなど、心配にもなる。

 足跡だらけの地面を頼りにカトレアたちを探したが、どこかですれ違ったのか出会えなくて。

 ルシウスに呼ばれて戻ってきたら、びしょぬれのまま聖女に笑いかけているカトレアを見つけた。

 タオルを持って輪の中に入って行くと、彼女が外套を脱ぎ出すので、慌ててそれを頭にかける。

 どうして、ただのメイドなのにこんな目に遭っても笑っていられるのか。

 ゼノイスは全く弱音を吐かないカトレアに、心を揺さぶられて仕方なかった。


「僕のタオルは?」

「ないです」


 ゼノイスは適当に返事をした。

 ルシウスの元に戻ろうとすると、立ち話をしていた騎士たちも一緒に動き出す。


「それにしても。メイドちゃんも肝が据わってるね。おれが合流した時、全然怖がってなかったし。ちゃんと聖女さまを守るために冷静だった」 

「自分で色々と何とかしてくれるし、付いてきたのがランでよかったな。令嬢メイドだったら、どうなってたことか」


 そんな話し声が聞こえて、ゼノイスはそちらに無言で視線を送る。


「……? どうかしたか?」

「……なんでもないです」


 ゼノイスは少し早歩きで、その場を離れた。









 討伐が終わったその日、夜に寝るように調整しつつ、昼は村の復旧やら何やらをして、一行は時間を過ごした。

 討伐ではないので、聖女も騎士たちや村人に混じって交流し、カトレアはカトレアで食事の準備や洗濯、掃除を手伝っていた。

 昼過ぎ。ゼノイスも自分がやるべきことをやりながら、ふとカトレアの姿を探すと、扉が空いたままの部屋で騎士の破れた服を縫っているところで。


「出来ました」

「ありがとなー!」

「ラン。これもお願いしていい?」

「はい」


 それまで彼女と話したことがなかっただろう仲間たちが、ヨハニスが呼び始めた「ラン」というあだ名でカトレアを呼んで、和やかに談笑していた。

 彼女のことを、多分ここにいる誰より、ずっと前から知っているのは自分なのに。

 そんな感情がふつふつと沸いてきて、ゼノイスは自分に戸惑う。

 このままカトレアが、他の誰かを好きになったら?

 そんなことばかりが頭によぎって、どうしようもない。

 本当は囮役になったことについてだって、どうしてそんな危ないことを買って出たのか問い詰めたい。危険なところに来ないで欲しいし、他の騎士に優しくするところを見たくない。

 でも、そんなことは口が裂けても言えなかった。


「カトレア」

「あ、トーマ卿!」

「オレのも頼みたい」

「いいですよ!」

 

 その代わりに出来るのは、彼女にこちらを見てもらえるように話しかけるくらいだ。

 我ながら、どうしようもない奴だと思いつつ、ゼノイスはカトレアのいる部屋に足を運び、上着を脱いで差し出す。


「……傷は平気ですか?」

「大丈夫……」


 切れた袖を見たカトレアに心配そうに尋ねられ、良心が痛む。服が切れていれば、身体にも傷ができた可能性が高いということを、ゼノイスは全く気にしていなかった。


「騎士様の仕事には、怪我が付き物ですよね。早く治るといいんですが。薬、いりますか?」

「いや。前もらったやつがあるから」


 そう応えれば、彼女は「よかった」と言って微笑む。

 先日もらった差し入れには、切り傷に効く軟膏や包帯、お菓子が数種類にメッセージカードが入っていて。自分のことを考えて用意してくれたことが伝わり、しばらく手を付けられずに部屋で眺めた。カードは捨てずに保管してある。

 自分の帰りを待ってくれていたことに他ならず、それがカトレアであることが嬉しかった。


「…………」


 今は適当に休んでいても文句は言われないだろう。インナーだけの姿で、ゼノイスは近くに置いてあった椅子に座る。


「……ここ数日どうしてた? 夜は眠れたか?」


 話が途切れて、ゼノイスは言葉を探す。

 ルシウスは村に戻っていたが、自分は現地にいたので、カトレアがどう過ごしていたのかを知らなかった。


「夜はシエラ様と一緒に起きてましたよ。朝になると第二皇子殿下がいらっしゃったので、入浴の準備を手伝って。シエラ様と殿下が軽く食事をした後、就寝なさっている間は、洗濯とか馬の手入れを村の方と一緒にしてました」


 ふたりだけになっていた、村長の自宅の一階にある部屋に沈黙が流れる。

 カトレアはゼノイスが目を見張るのには気付かずに、糸を留め、仕上がりを確かめて満足気に「よし」と呟く。


「――待って。それじゃ、いつ寝てた?」

「時間が空いたら寝てましたよ? ずっとやる事があるわけではなかったので」


 カトレアは何事もなかったかのように応えて、軽く服を畳み出す。


「あ、服はもう終わりました! っ!」

「カトレア」


 ゼノイスは椅子から立ち上がり、彼女のすぐ目の前に立つ。急に近づいた距離に、カトレアはびくりと肩を揺らして上体を引いたのが分かった。


「もう何もしなくていいから、少し寝ろ。明日にはここを出なきゃいけないんだ。オレたちは慣れてるからいいけど、体調が崩れたら困る」

「え。あの、今日は夜に寝るつもりなので大丈夫ですよ? シエラ様に疲労回復もしてもらってますし」

「働きすぎで心配だから、少し休んで欲しい」


 強引だったが、これくらい言わないと彼女が休んでくれなさそうで。


「フロンターレ嬢も休んでる」


 もうひと押ししても、カトレアは戸惑ったままだったので彼女の手を取り、部屋まで行こうとする。


「その! 部屋は今、使えなくて」


 しかし、カトレアは首をふるふる振った。


「上の部屋には、シエラ様と殿下がいるんです……」

「あー……」


 ゼノイスもそれで理解して、何故カトレアがこの部屋にいたのか察する。


「昨日まで、そこのソファを借りてたんですけど」


 彼女は部屋の端に追いやられたソファを目で指した。昨夜のことで、破損していた。


「――ゼノイス。……取り込み中か?」


 タイミングの悪いことに、そこで話は中断されてしまう。


「……。急ぎですか?」

「明日の配置とルートについて話したくてな」


 残念ながら、後回しには出来なさそうな要件だった。


「もう終わったので、大丈夫ですよ」


 カトレアはそちらにひょっこり顔を覗かせて軽く会釈し、ゼノイスに服を渡した。


「ちゃんと休みますね。ありがとうございます」


 彼女に送り出されてしまい、ゼノイスはそこを離れるしかなくなる。

 自分もルシウスのように、強引にでもカトレアの側に居られればいいのに……。

 後ろ髪引かれる思いで、彼は部屋を出て行った。






 そして一時間後。

 長い話し合いを終えて、再びカトレアがいた部屋に行けば。

 彼女はソファに綺麗なシーツを被せて、その上ですやすや眠っていた。


「……!」


 よく見てみると首元に作った拳には、チェーンが伸びていて。

 カトレアが指輪を握って寝ているのを知って、ゼノイスの心拍数が上がる。

 心臓が痛いほど苦しい。


「…………あーー、……くそ」


 婚約してくれと言った時は、こんなつもりじゃなかったのに。

 

 ゼノイスは真っ赤な顔で、グッと歯を食いしばった。





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