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26・討伐



 月のいない夜。

 灰色の雲で覆われ、普段より一層あたりが暗く感じる六日目の晩も、耳を澄ますと獣たちの鳴き声、遠吠えが村にまで聞こえて来ていた。


「――大丈夫ですか……?」

「……初日よりは慣れたと思うのだけれど。付き合わせてごめんね。カトレア」

「平気ですよ。私も全く眠気が来ないので」


 ベッドの上で縮こまったシエラはアンデッドたちが怖いらしく、カトレアと離れようとしなかった。

 昼夜が逆転した生活になっているので、今日も彼女は寝ないだろうし、カトレアも起きている。

 同じベッドに座り、彼女は自分の主人の隣で時間が過ぎるのを待った。

 メイドとしてはシエラに、ちゃんと夜に寝てほしい。が、まあ。この時間に戦闘があることを思うと眠れなんてしない。


「そろそろ決着が付く頃かと思っていたんですが、苦戦しているみたいですね」

「ルシウス様は、キリがないって言ってたわ。リスポーンが複数あるって……」

「……逆に、よく今まで無事だったなという感じなんですね……」


 やはり、天変地異の前触れなのだろうか。

 カトレアは夜光石の灯りがともる部屋の中、溜息を吐く。

 今まで第二皇子のことはあまり気にしていなかったが、距離が近くなると彼にも同情してしまう。何より、第二皇子近衛騎士のことが心配だった。

 ゼノイスが戦っているところは、きちんと見たことがなかったが、その噂を聞けば簡単に死ぬような男ではないことは分かっている。……分かってはいるのだが、気にするなという方が無理だ。何せ、今は一応彼の婚約者なのだから。


「早く終わることを願うばかりです」

「そうね」


 カトレアの言葉に、シエラは強く首を縦に振った。

 

「――あ」


 そこで、ポツポツと雨が木の葉に打ち付ける音が聞こえて来て、次第に天候が悪化する。


「本降りになってしまいましたね」

「……ルシウス様たち大丈夫かしら。こんな雨で」


 窓を閉め、ふたりでザアザア雨が降るのを見つめた。


「!!!」

「あれは――」


 そして、気がつく。

 森の中からこちらに向かって歩いてくる、無数の人影に。


「……ニー、ナ?」


 シエラが震える声で呟いたのは、義妹の名前。

 カトレアは咄嗟にカーテンを閉めると、廊下に飛び出た。


「敵襲!! 村にアンデッドが向かってる!!」


 大きな声で緊急事態を伝えると、部屋に戻って慌ただしく荷物を漁る。


「シエラ様! 念のため、外套を着てください。靴もちゃんと履いていますね?」

「……どうして、ニーナが……」


 シエラに声をかけるが、国外追放になった義妹の顔を見つけて彼女は動揺していた。

 帝国の外に出ろなんて、死刑宣告と同じようなものだと分かっていたが、まさかこんな所に化けて出るとは。……それか、シエラの見間違いか。この天候なら、パッと目に入ったものを勘違いするのも仕方ないだろう。

 カトレアは呆然とするシエラの装備を整えて、自分も全く同じものを着る。

 兎にも角にも、準備はしておかなければならない。


「……?」


 カトレアは準備を整えて、あまりにも静かな家に疑問を抱く。

 

「どうして、誰も来ないの……?」


 騎士がいるなら、敵襲くらいもっと早く気がついていたはずでは? そう思った時にはもう遅い。



「誰も助けになんて来ないわよ。おねーさま」



 扉にいたのは、真っ赤な目をしたひとりの娘。

 ゾッとするような笑みを浮かべ、彼女はシエラを見下した。


「……ニーナ……」

「みーんな、魔法で眠ってもらったから。誰もここにはこないの」


 シエラは怯えた顔で、その少女を見つめる。


「おねーさまの全然役に立たない魔法より、すごいでしょう?」


 ニーナは、見るからに異常だった。

 ずぶ濡れで、真っ赤な目を持ち、その顔色は生きているものとは思えない。


「で。――あんたのせいで、義父様もお母様も死んじゃったんだけど。この人殺し」

「……っ!」


 カトレアは完全に萎縮してしまったシエラの前に立つ。背後の主人は震えていた。


「それは自業自得でしょ。死者は土に還れ」

「死者? 何言ってるの、この女?」


 馬鹿にしたような目が注がれて、カトレアは察する。

 話には聞いたことがあった。死んだことに気がついていない、意識を持ったままの死体。ハイランクのアンデッドがいることを。普通のアンデッドに比べて知能がある分、厄介だ。


「そこ、退きなさいよ。わたしは父と母の仇を取りに来たの。ふたりも殺したんだから、その報いは受けてもらわないと」


 ニーナはゆらゆらこちらに歩いてくる。


「――聖女!」

「ぎゃあ!!」


 カトレアが戦おうと構えた時。

 勢いよくヘイロンが飛び込んで来た。

 彼はニーナを斬り、カトレアはそれが見えないようにシエラを抱き締める。


「なんてことするの!」


 ニーナはぎろりとヘイロンを睨んだ。

 騎士にかけられていたのは、そこまで強い魔法ではなかったようだが、顔色がすぐれない。目を覚ましたらしい、他の騎士たちも動き出すのが遠くに聞こえる。

 カトレアはそのことに少しだけ安心しながらも、シエラをどうするべきか考える。


「わ、わたしが……」


 彼女の状態は全く良くない。


「死者の恨み言です。耳を貸さないように」


 カトレアはそう言って、騎士がニーナの相手をしているところ、シエラを部屋の出口までうまく誘導する。


「そんなの、今のわたしには効かないわ! わたしは特別なの!! 死者の嘆きを救えるのは、わたしだけ!! その女を殺してやる!!」


 そんな叫び声が耳に突き刺さる。言ってることはめちゃくちゃだが、鳥肌立つような殺気が飛んできてカトレアは頬を引き攣らせた。


「こっちだ!」


 ヨハニスに呼ばれて廊下に出れば、窓の外は家の周りをアンデッドに囲まれているのが見える。


「うわっ。あの人、もしかしてアンデッドを操ってます!?」

「ネクロマンサーの可能性が高いね」


 カトレアの驚きに、ヨハニスは苦い顔だ。

 アンデッドを完全に消滅させるために、ルシウスは死体を凍らせて朝日を浴びせるという方法を取っている。

 ただ斬っただけでは倒れないので、それくらい、死んだモノを祓うのは手がかかる。


「扉を破られるのも時間の問題だ」


 カトレアは自分の隣で、涙目のシエラとヨハニスを往復する。

 外からは、セイジョサマ〜とシエラを求める唸り声が雨に混じって聞こえていた。


「エドモンド! 伝令役は殿下の元まで行ったが、この家じゃもうムリだ!」


 前から走ってくる騎士を見て、カトレアは無言でシエラに外套のフードを被せ、自分も同じように服装を合わせた。


「ランちゃん……」


 仲良くなったヨハニスがつけてくれたあだ名で呼ばれ、カトレアは苦笑する。


「確率は少しでも上げないと」

「……ありがとう」

「いえ」


 ヨハニスは頷くと、合流した騎士と話し合って脱出の手筈を整えた。

 すぐ後ろではヘイロンがニーナの相手をしてくれている。彼女自体の戦闘能力はあまりないのは助かるが、数で押し切られてはどうにもならなくなる。


「扉が破られた!!」


 その声と一緒に、カトレアはヨハニスに抱えられて、二階の窓から飛び降りた。


「ごめんね。こんな役をさせて」

「お互い様ですよ」


 カトレアは自分がシエラではないとバレないようにフードを押さえ、ヨハニスに応える。

 案の定、逃げ出したカトレアを知能の低いアンデッドたちが追って来た。

 伝令役はすでにルシウスの元まで行っている。

 少しの間、時間が稼げればそれでいい。

 そう思っていれば、東の方角にあり得ない大きさの氷が生えるのが見えて。


「……どうやら、殿下はもう来てくださるみたいですね」

「はは。そうみたいだね」


 アンデッドと鬼ごっこをしながら、カトレアは苦笑する。


「――まあ。それはよいとして。たくさん釣れちゃいましたね」

「ほんとだね。あはは!」


 ヨハニスも、ちらりと後ろを見て笑う。

 そこには、村にいた動く死体たちが群れを成して自分達を追う姿が。


「持久力には自信があるから、心配しないで。逃げ切るよ」


 楽しそうに笑っているヨハニスの表情を見て、カトレアは何とも言えない笑みを返す。

 この状況を楽しんでいるなんて、普段は人懐っこくていい人だなと思っていたのに、見る目が変わる。




 カトレアが無事に、鬼ごっこを終えて村に帰ったのは、それから三時間後のことになる。











「いやぁ。久しぶりにいい運動したなぁ」

「ヨハニス卿の体力、すごすぎますよ……」


 カトレアは自分を抱えてずっと走っていたのにピンピンしているヨハニスと一緒に、びちょびちょのまま歩いて村に帰っていた。外套は意味がなくなり、中まで濡れてしまっている。


「日が出るまで逃げないといけないかと思ったけど、張り切りすぎちゃったね」


 日が出る前にアンデッドが消滅したので、ルシウスたちが何とかしてくれたことは分かっていた。

 単に、逃げすぎて帰路が長くなってしまったというオチである。


「カトレア!! エドモンドさん!」


 朝日で緑が煌めく村に戻ると、真っ先にシエラが走ってくる。

 村の被害は、村長の自宅だけが酷いことになっていたが、それ以外は氷が残っているくらいだ。

 やっと拠点が見えてカトレアはヨハニスと顔を見合わせる。


「お疲れさまです」

「うん。とりあえず、着替えたいね」


 自分たちは自分たちのやるべき事をちゃんとやった。シエラが無事で何よりだった。


「カトレア。心配した! 怪我は!?」

「大丈夫ですよ。かすり傷ひとつありません」


 駆け寄ってきたシエラに、カトレアは微笑む。

 シエラと共に数名他の騎士もやってきて、隣ではヨハニスが囲まれている。


「一体こんな時間まで、どこ行ってたんだ?」

「ひとつ山越えちゃったね」

「行き過ぎだ」

「だって、案外アンデッドが釣れるからさ。あいつら体力とか関係ないだろ?」


 ヘイロンに呆れられているが、どこか安堵の浮かぶ目をしていた。


「ふたりとも無事でよかったです……。わたしがもっと早く、自分の聖火がアンデッドに効くことをわかっていれば……」


 シエラがシュンとしてしまい、慌てて騎士たちがフォローし出す。


「聖女さまのおかげで、死者もなく討伐が終わったんですから!」

「すごかったよな。聖火にあんな力があるなんて」


 話によれば、聖女の力がアンデッドたちを何とかしてくれたようだ。

 シエラが褒められている横で、カトレアは討伐が終わったことを知ってひと息ついた。

 主人から視線を外して村の方を見ると、ちょうどルシウスの隣にゼノイスが転移してきたところだった。


(よかった……)


 ゼノイスの無事も確認できて、カトレアは満足である。


「疲れをとるから、手を出してくれる?」


 シエラはルシウスの治療でやるように、カトレアの身体を黄金の炎で癒した。


「……カトレア」

「はい」

「わたしのために、ごめんな――」

「謝らなくていいですよ」


 言いにくそうに目を伏せて謝ろうとするシエラを、カトレアは遮る。


「シエラ様のためは、私のためでもあるんです。だから、謝る必要はありません」


 カトレアが肩をすくめると、シエラは「ありがとう」と困ったように礼を言い直した。

 その後シエラはヨハニスの方に行くので、カトレアは自分の姿に目を落とす。


(じっとりして気持ち悪いな)


 早いところ着替えて、服を乾かしたい。

 とりあえず、外套は脱いで外に干しておこう。

 そう考えて、カトレアは徐に上着を脱ぐ。

 すると、いつの間にかすぐ側までやって来ていたゼノイスが彼女の頭に大きなタオルをかけて。

 

「わ!」


 軽くタオルを擦り付けられる。


「ト、トーマ卿?」


 タオルの間から見えたゼノイスを見上げ、カトレアは彼を呼ぶ。

 手が止まったと思えば、青灰色の目がじっと自分を捉えた。


「風邪ひくから。早く着替えて」


 ゼノイスはタオルを広げてカトレアの肩にかけ、彼女の額に張り付いた髪を避けて、告げる。


「……わ、分かりました。ありがとうございます」


 カトレアはこくこく首を縦に振り、周囲に向かって軽く頭を下げ、入り口が壊れた家の中に向かった。





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