25・到着
「そろそろ獣が出そうだな」
先を見据えて、ルシウスが呟く。
段々と森が近くなって来て、馬車の中も少しだけ緊張感が増した。
「万が一の時は、俺の氷で出入り口を塞ぐ。外には出てくるなよ」
「……分かりました」
馬車はシエラの帽子を飛ばすくらい、大きく間が開いている。
ルシウスの指示に、シエラは強張った顔付きで頷いた。
その隣で、カトレアはもぐもぐ昼食を食べる。
魔物に関しては帝国最強の男がここにいるので、心配していなかった。それに今回は手も足も口も縛られていない。多少の反撃もできるだろう。
他の騎士たちは、持参したものを食べ終えるところだった。みんな食べるのが早い。
シエラはあまり食欲がないらしく、一切れサンドウィッチを食べて手を止めてしまっている。やはり、城を出発してから隙を見てお菓子を食べさせていたのは正解だった。現地での食事もなるべく美味しいものが準備できればいいのだが、果たしてどうなることか……。
本当は馬車を降りてゆっくり食べたいところだったが、一応緊急で呼ばれているので先を急ぐ。
(……アンデッドは夜にしか出ないから夜戦かぁ。ゼノイスさんたちは、向こうに着いたら仮眠をとるのかな?)
カトレアはそう考えながら、まだ半分残っているサンドウィッチにかぶりついた。
「……緊張してきたわ……」
食事が喉を通らないシエラは、ちらりとカトレアを見る。
「そう緊張しなくても大丈夫ですよ、シエラ様。ここにいる騎士様たちは、帝国騎士団の中でも特にお強い方々です」
カトレアはごくんと食べていたものを飲み込むと、シエラに笑いかけた。
「……そうよね!」
カトレアがマイペースに食事をしているのを見て、シエラも落ち着いたようだった。
他の面々が戦闘に備える中、カトレアは馬車の揺れを物ともせず、ひとりだけ食べることに励む。
「ごちそうさまでした」
小さく手を合わせた頃には、もう森の入り口。
人が作った道には砂利に魔物避けが混ぜてあるので、あまり魔物は出てこない。
一匹も魔物に出くわすことなく、馬車は拠点の村まで抜けた。
◆
「――ひとまず、村まで無事に着いてよかったわ」
「そうですね」
カトレアは嬉しそうなシエラに頷く。
(……あまりにも森が静かすぎる。まるで、何かに怯えて息を潜めてるみたい……)
無事に着いたのはよかったが、カトレアには不安が残った。
他の騎士たちも同じことを思っているのか、厳しい目つきで森を見据えている。
嵐の前の静けさ。そんな感じだ。
「降りるぞ」
馬車が止まって、順番に降りていく。
カトレアはシエラのクッションを回収してから、後ろをついて行った。
目の前でシエラがルシウスにエスコートされて馬車を降りたのを見守り、自分はひょいと地面に着地。
ここからはカトレアも自分の仕事を探して動かなくてはならない。気合を入れ直して、村を見渡した。
(こじんまりしてるけど、思ったより栄えてるな)
開けた土地に道が通り、それに沿うように家屋が立ち並ぶ。いい風が吹き、のどかで落ち着くところだ。
もっと荒れているのかと思ったのだが、村にはまだ被害がなさそうに見える。
「お待ちしておりました」
「歓迎はいらない。先に伝えておいた通りだ」
「……分かりました。どうぞ、こちらへ」
先に到着していた騎士数名と村長らしき人物が迎えに来て、一行は一番大きな家に案内された。
シエラはルシウスや護衛と一緒に続き、カトレアは一旦別行動だ。
「……っと」
シエラのものを隙間なく詰めたトランクを両手に持ち、背中には自分の荷物を詰めたリュック。身体の前には肩掛けバッグと、前後左右に荷物を装備し、他の騎士と一緒に泊まる部屋にそれを運ぶ。
「大丈夫? メイドちゃん」
「重そうだな。ひとつ持つ」
「あ、ありがとうございます!」
見かねた騎士が声をかけてくれて、荷物を持ってくれた。
「メイドちゃんは、聖女様と同室だって。食事とかは村長が用意してくれるみたいだから、そっちを手伝ってあげればいいと思うよ」
「分かりました!」
先に村に着いていた騎士が色々教えてくれるので、すごく助かる。仕事のできる人たちは気が利くなと感心して、カトレアは荷物を運び終えた。
用意されていた部屋は二階。ベッドがふたつ並んだ客室だった。シエラと同じ部屋に泊まることになるかな、とは思っていたがいい部屋を回してくれて感謝だ。
もてなしてもらう側で、城よりやる事が少ないかも? と考えながら、カトレアはトランクの中身を整理した。
「一体、何日かかるのかな。討伐……」
ルシウスにとっては、相手が何であろうと倒すだけだからなのか、討伐対象をちゃんと彼女に伝えていなかった。
(第二皇子は、たぶんシエラ様をこの村に置いてくつもりなんだろうな)
シエラを前線まで連れて行く気はないだろう。
彼は拠点にシエラを置いていくつもりなのだと、カトレアは察していた。
「それにしてもアンデッドか。一応、夜光石は多めに持ってきたけど、私も夜は起きてた方がいいのかな……?」
トランクの中から、夜光石のネックレスやブレスレットが入った袋を取り出して中身を確認した。
この村から東の森にアンデッドがわいている。
強い思念が残って、死んでも尚動き続けるという魔物のことだ。
動く死体が出たとは、恐ろしい。滅多にないことだ。普通ならあり得ないモノ・コトは、それが持つチカラも強いというのは、この世界の法則。
手強い相手になることは予想されるし、どこにいるのか場所を特定するところから始まるとしたら、苦戦するかもしれない。
まあ、そもそも強くて面倒な魔物が出たから、ルシウスがここに寄越されたわけで……。
「……長引かないといいけど」
カトレアは荷物をしまうと、貴重品だけは自分のショルダーバッグに入れて持ち歩く。
部屋の外に出ると、ちょうどこの家の女性と会ったので挨拶をし、軽く話をした。皇族を出迎えるなんて初めてだから、失礼があったらすみませんと言われるが、それはカトレアも似たような心境である。
その流れで家を案内してもらって、必要なものの場所を確認してから、カトレアはシエラの元を目指した。
一階のリビングダイニングで話しているだろうと、廊下を歩いていたら、部屋の扉がちょうど開いたところで。シエラを迎えなければと、少し早歩きで部屋に向かう。
「ルシウス様!」
最初に部屋を出てきたのはルシウスだったが、その後ろからシエラの怒ったような声が聞こえる。
「わたしも前線に行きます! 自分だけここに留まるなんて、そんな――」
「勘違いするなと言ったはずだ」
ルシウスがこちらに歩いてくるのを見ていたが、彼は足を止めるとシエラを振り返って、そう突き放した。
「着いてこられても邪魔なだけだ。お前を守るために割く人員が増えれば、その分戦う仲間を危険に晒す」
「……っ」
討伐の現場を知っている者に言われては、それ以上シエラも言えることはない。
拳を握り、悔しさを露わにするシエラに、ルシウスはゆっくりと口を開いた。
「ここにいろ。……日が昇ったら戻る」
「!」
彼はそう言うと、もう後ろを振り返らずに前を歩き出す。
「――待っています。どうか、ご無事で!」
シエラはその背中に、彼を思って言葉を叫んだ。
カトレアはその様子を狭い廊下の端っこで、自分は空気だと言い聞かせて見守った。
(本当に。何事もなく終わりますように……)
カトレアは自分の方に歩いてきたルシウスに軽く頭を下げる。
そして、彼と一緒に歩いてきたゼノイスと目があって、互いに無言のまま相槌を打つ。
言いたいことは、シエラと同じだった。伝わっているかは分からないが、自分を気にかけてくれただけで、カトレアは嬉しかった。
その後五日間、ルシウスはシエラと約束した通り日が出ている時間には、村に戻って来た。
獣やヒトのアンデッドとの戦いは、村にまで呻き声が聞こえてくるので、シエラも夜は眠れていない。それでもルシウスが帰ってくると、弱音は一切吐かずに彼を癒やして怪我の手当てもした。
カトレアはそんな彼女の体調を気にかけながら、聖女の護衛に残った騎士たちと一緒に村長の家で過ごす。騎士たちが奮闘しているおかげが、村に被害は全くなかった。
「ゼノイスさん、今頃どうしてるのかな……」
カトレアは洗濯を干すのを手伝いながら、東の森を見据えて呟く。
到着した日以降、カトレアがゼノイスと顔を合わせることはなかった。ルシウスがこちらに戻っている間、影の騎士は現地で指揮を取っていたからだ。
ザアアっと草木を揺らして一陣の風が村を通り抜け、カトレアは手を止める。
「…………」
彼女はただの聖女専属メイドだ。
シエラの側で、シエラが不便のないように雑務をするのが仕事。戦場のことは知る必要はなく、騎士に言われた通りに従っていればいい。
ただ……。何となく、胸騒ぎがしていた。




