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24・出発




「撤回するなら、今のうちだぞ」


 ルシウスの容態も落ち着き、一週間ほど城で事後処理やらなんやらを片付けた後。彼は再び討伐に駆り出されたところだった。


「お気になさらず! どんなところでも、付いていくと覚悟を決めていますから」


 ルシウスが目を覚ましてから、シエラは早速彼に、自分も討伐隊に加わると伝えた。

 あの第二皇子のことだ。カトレアはすぐ許可がおりると思っていたが、予想は外れて。

 ルシウスは意外と事を渋った。


「お前みたいなのが、来る場所じゃない」

「反対されてもついて行きますので」

「…………」


 しかし、シエラもまた引かなかった。

 皇帝にまで許可を取りに行き、教皇にもちゃんと話を通して、人々を救うためにルシウスを支えるという大義名分はバッチリだ。万全に準備を整えてしまったシエラに、ルシウスはもうそれ以上は何も言えない。

 諦めて、シエラが馬車に乗るために手を差し出す。

 ルシウスの側が一番安全ということで、聖女は彼とワンセット。ふたりは馬車に乗り込んだ。


 ――そして、カトレアはというと。


「本当によかったのか?」


 少し離れた場所で主人の様子を見守っていた。

 扉が閉まるのを見て、同じく自分の仕えるべき人が位置についたのを確認したゼノイスの視線が向けられる。


「はい。私が行くと言ったので、心配しないでください」


 カトレアはメイド長と相談して、お針子が急きょ仕立ててくれた服を着ている。いつもの制服も何か接待があった時のために持ってきたが、筒状に近いスカートだと動きにくいので、パンツスタイルに変えてもらった。考えてみればオーダーメイドというやつだ。もちろん今回は念願のポケットも付いているし、私物はバッグに詰め放題。

 護身用に短剣、薬、魔物避けの煙玉、信号用の簡易的な狼煙などをもらい、一介のメイドにこんなものを持たせることに、こちらが心配になる。

 戦場に連れて行かれることを不憫に思ったのか、自分のためだけにとてもよく準備をしてくれたので、カトレアに不満はなかった。


「……何かあったら近くの騎士に声かけて。なるべくひとりにならないで欲しい」

「分かりました!」


 カトレアは元気に返事をする。

 結局、シエラの世話係として置かれたのはカトレアだけだった。女性の騎士については、ここにいる護衛騎士に勝る適任が見つからなかったらしい。

 エレオノーラ姫の護衛を借りてくるかも考えたそうだが、世話をするメイドがいれば大丈夫だろ、ということになったみたいだ。


「……指輪は、持ってるか?」

「ちゃんとつけてますよ!」


 新しいチェーンに通した指輪は、あれ以来、夜も握って寝ている。

 最後に魔石の指輪を持っているか確認すれば、もう出発だ。


「――じゃあ、また後で」

「はい」


 カトレアは今回特別に馬車の御者の隣に座らせてもらい、ゼノイスは馬にまたがる。


 今回は帝都から真南に下った場所にある森で魔物の討伐依頼が出た。アンデッド――動く死体が大量発生しているらしい。

 近くには村もあるから、出来るだけ早く応援を求むとのこと。

 一行はまず、馬で駅に向かう。そこから魔石列車に乗り向こうの駅で降りて移動するところからが、旅の本番といえるだろう。

 駅まではシエラに呼ばれることもなく、すぐに馬車を降りた。その後は、列車に二時間ほど揺られ、目的地付近まで到着。そこから拠点の村まで、また馬で移動だ。人の数だけ調子の良い馬を借りるのは難しかったようで、先に五名ほど拠点に向かい、残りは大きな馬車に詰め込まれる。


「隣、失礼します。体調は大丈夫そうですか?」

「大丈夫。カトレアも平気?」

「はい。一度立っていただいてもいいですか、クッションを敷いた方がいいです。それと、今日は天気もいいですから、飲み物もちゃんと飲んでください。あと帽子も」


 カトレアはシエラの隣に座ることになる。

 脇に抱えていたクッションの上にシエラを座らせて、カバンの中から水筒を取り出す。

 向き合うように設置された前の椅子には、ルシウスとゼノイスが座っていて、ふたりの視線が刺さった。


「えっと、もしかして毒味、いりますか?」

「……貸せ」


 コップになっている蓋に中身を注ぐと、カトレアは前のふたりに尋ねる。

 ルシウスに言われるので、それを差し出すと彼はコップに手をかざす。


「……あ!」


 何をしたか気が付いたシエラが、目を見開く。

 戻ってきたコップには、氷が入っていた。


(うわぁ〜、便利な魔法!!!)


 声には出さないものの、カトレアは初めてルシウスの魔法が羨ましいと思う。

 シエラはルシウスの身体をじっと見つめる。彼の身体に影響があまりないことを確認したのだろう。笑顔で礼を言い、冷えたそれを飲み干した。

 その後すぐに馬車が動き出し、また二時間くらいの道のりが続く。

 カトレアとシエラを挟むように、ヨハニスとヘイロンが座っていて、顔見知りが多いことに安心する。

 

「風が気持ちいい。わたしも馬に乗れるように練習しようかしら。少し遠くまで行ってピクニックをするの」

「楽しそうですね」

「でしょう?」


 シエラはここまでの遠出は初めてだったようで、列車に乗るのも嬉しそうだったし、馬車の移動中もずっと外を眺めている。彼女も結構、たくましい。


「そういえば、カトレアの服。いつもと違ってすごく動きやすそう。かっこよくて似合ってるわ」

「メイド長が配慮してくださいました。あの服では馬に乗るどころか、走ることすらままならないので」


 カトレアは苦笑すると、シエラも「そうね」と笑った。


「カトレアもお休みをもらうと、こうやって旅をするの?」

「そうですね。乗合馬車で観光地まで行くことが多いですが、馬を借りることもありますよ。好きなところに行けるので」

「え? じゃあ、カトレアは馬に乗れるの?」

「はい」 


 カトレアはこくりと頷く。


「知らなかったわ」

「女性でも、馬に乗れる方は多いですよ。姫様も乗馬を嗜まれています」

「! そうだったの。ますます興味が湧いてきちゃった」


 シエラは青い目を宝石のように輝かせる。


「やめとけ。落馬でもしたらどうする」


 しかし、そこでルシウスの横槍が入った。

 薄々感じていたが、彼はシエラのことになると過保護だ。自分を癒せる存在を大切に囲っておきたい感情が見え隠れしている。それでも縛り付けようとはしないので、彼なりの優しさなのかもしれない。


「それはそうですが、ちゃんと練習すれば大丈夫だと思います! 姫様もやっていらっしゃるそうですし!」


 シエラはいつも通り前向きな応えで、落ち込んだ様子はなかった。


「…………帰ったら、用意させとく……」

「本当ですか! ありがとうございます、ルシウス様!」


 ルシウスはまた言い負かされている。彼も大抵シエラに甘い。

 とても「氷血の死神」と呼ばれるような人には見えず、カトレアは笑いそうになるのを心の中で耐えたが、他の騎士数名が肩を震わせた。表情を窺う限り、多分、彼らも普段とのギャップに驚いたのだろう。


(もっと殺伐としてるのかと思ってたけど、結構みんなリラックスしてるんだな……)


 少数精鋭の討伐隊員たちは、列車に乗った時から始終穏やかな雰囲気で、表に緊張を見せない。

 強者の余裕と捉えるべきか。これから戦場に行く者たちとは思えなかった。

 カトレアは意外と和やかな雰囲気に、少しだけ肩の力を抜いた。

 きっとこれから何回か休憩を挟むだろう。昼食は城で作ったものを包んでもらったので、気にすることはない。しばらくはシエラの様子を見つつ、のんびり馬車に揺られていればいい。



「――あっ! 帽子が!」



 そう思っていると、一陣の強い風がシエラの被っていた白い帽子を飛ばす。

 カトレアは咄嗟に馬車の外へ腕を伸ばすと、後ろに飛ばされた帽子を掴んだ。


「――リボン付きのものを選ぶべきでしたね。申し訳ありません」


 何事もなかったように、乗り出した上体を車内に戻した。


「びっくりした! 落ちるかと思ったよ!?」


 するとすぐ隣から、ヨハニスの驚いた声が。


「はい。危なかったですね。帽子はこれしか持ってきてなかったので、焦りました」

「え――」


 カトレアはフゥと息を吐き、帽子を膝の上に載せるとバッグを漁った。

 ソーイングセットを持たされているし、確かそこにリボンも一巻き入っていたはず。

 揺れる馬車の中で、カトレアは青いリボンを手早く帽子に縫い付けた。


「すみませんが、これでご容赦ください」


 シエラの頭にそれを被せて、リボンをキュッと結ぶ。

 万が一、シエラが狙われるようなことがあった場合、自分が入れ替わるとなったら帽子は大切な道具になる。落とさなくてよかったと、カトレアは安堵した。


「あ、ありがとう」

「はい」


 カトレアはにっこり笑って前を向いて座り直す。

 すると目の前に座っていたゼノイスとばっちり目があった。

 そして、自分に向いた他の目線にも気がついて、身体を小さく縮ませる。


「その……?」

「いい反応をするな」

 

 ヘイロンが口を開き、他の騎士たちの思っていたことを代弁した。


「ナイスキャッチ〜」

「流石殿下、聖女様につけるメイドも優秀ですね」


 それをきっかけに、騎士たちが次々に口を開く。


「キミ、昔は騎士団本部にいたよな。料理長が戻って来ないかなって、よく言ってるぞ。ナイフの扱いが上手くて仕事も早かったって」

「あ! おれも思い出した! めちゃくちゃ重い酒樽ひとりで転がしてたの見たぜ。いつも山みたいな洗濯物運んでたな」

「あぁ〜。あの時の子か。てっきり騎士団本部の仕事がキツくていなくなったと思ってたけど、大きくなったな」


 自分のことを言われて、カトレアは戸惑う。

 こんなに自分を知ってくれている騎士がいたとは、思っていなかったのだ。


「カトレア、有名人ね!」

「そんなことはないと思うんですが……。覚えてもらっていて光栄です……?」


 話しかけてくれた騎士たちに軽く会釈をして、カトレアはとりあえず笑っておいた。


「…………」


 前のゼノイスが物言いたげな目をしているのは、多分気のせいだろう。


「騎士団のメイドやってたなら、今回の旅も大抵なんとかなるだろうな」

「困ったことがあったら、すぐに声をかけてください。もちろん、聖女様も直接私たちに言ってくださって構わないです」


 カトレアとシエラは顔を見合わせ、振り返る。


「ありがとうございます」

「お世話になります、みなさん」


 そんな話をして親交を深めつつ、馬車は草原を進んで行く。





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