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22・回復



 夜中に目が覚めて薬を飲んでから、もうひと眠りした朝。

 起きると部屋にひとりきりで、ゼノイスはもう城に戻ったのだろうとカトレアは察する。

 寝起きでぼんやりと指輪を眺めて、ベッドから足を下ろすとカーテンを開け、自分の状態を確認した。

 昔から身体は丈夫な方だった。治癒師の治療も受けることができたので、すぐ仕事に戻れそうだ。


「服と靴、誰かに届けてもらわないとだよね……」


 焦げた服はどこかに消えて、教会が用意してくれたのだろう簡素な服を着ている。靴は最初から履いてなかったので、ベッドの側にあったスリッパだけしかない。

 手首に巻かれた包帯が邪魔で、おもむろにそれをスルスル解いた。軽い傷だったようで、もう元通りだった。よく効く薬を使ってもらえたらしい。治療費は経費で落ちることを願おう。

 この分だと足も大丈夫そうだ。歩いてもあまり痛くないことを確かめると、ふあぁ、と欠伸を噛みしめながら部屋を見回し、ベッドとテーブル以外何もないのが分かるとそこを出て顔を洗いにいく。

 久しぶりに寝過ぎたようで、外は働く人の気配をたくさん感じる。こんな時くらいゆっくりしてても、誰も文句を言う人はいないだろうと。手洗いも一緒に済ませると、のんびり部屋に戻った。


「昨日の夜リンゴ食べさせてもらったけど、お腹空いた……」


 きゅうと腹の虫がないたのを聞きながら、ぽてぽて廊下を歩いていると。


「カトレア」


 その先にゼノイスが現れて。


「――あれ、ゼノイスさん。おはようございます。どうされたんですか?」


 彼は大股でこちらに歩み寄って来る。

 何か急ぎの用でもできたのだろうか。


「どうされたって……」


 きょとんとゼノイスを見上げると、彼は溜息を吐いた。

 

「戻ったら部屋にいないから焦った。怪我は」

「あまり痛くないので、大丈夫です……?」

 

 どうしてここにいるのだろうと、疑問を残しながらカトレアは応える。


「――う、え!?」


 するとゼノイスは曖昧に応える彼女を、無言で抱き上げ部屋まで連行した。


「あ、あの!?」

「傷が開くかもしれない」

「え。多分もう平気なので……」


 片手でドアを開けて、ベッドの上に座らされる。

 そして彼の背中側に、先ほどまでなかった紙袋が置かれているのが見えて、カトレアはハッとゼノイスをその目に捉えた。


「お仕事に戻られたんじゃ――?」

「しばらく側にいるって言っただろ……。仲間と話すのに少し部屋を空けてたんだ。それとあれはルームメイトに渡された」

「リサが? 無事だったんですね!」


 ゼノイスは頷き「昼休みに抜けてきたって」と付け加えた。

 流石、気の回る友だ。すごく助かる。カトレアはゼノイスが持ってきてくれた紙袋の中身を確認した。中には手紙が入っていて、「法廷デビューが教会デビューになるなんてね。ちゃんと休んで、早く元気になりなさい」と綺麗な文字で短い文章が。


「帰ったらお礼を言わないと」


 美人な友人がツンとしているところが思い浮かんで、目元が緩む。


「仲、いいのか?」

「はい。一番の友達です」


 カトレアはリサが無事でいつも通りなのが分かって、にこにこしながら手紙をしまう。

 大きな紙袋には自分の服や靴など、必要になりそうなものを詰めてくれていた。少し多いくらいだ。


「もうここを出ても平気だと思うんですが、手続きとかって――」

「は?」


 着替えるために一着ワンピースを取り出しながら、ゼノイスにさりげなく問えば、怪訝な声が聞こえる。


「昨日の今日だぞ? 毒をもらって寝込んでたんだ。今は薬が効いてるだけだろ。あと二日は、ここで絶対安静だから」

「え……」


 こんなに元気なのに? と。

 カトレアは思わぬ話に手を止めた。


「仕事のことは気にしなくていい。問題がなければ治癒師の見立て通り、明明後日に戻るともう伝えてある」

「そうなんですか……。分かりました」


 もう連絡がいってるなら、彼の言う通りにした方がいいのだろう。カトレアは浮かない顔で承諾すると、外出用の服を畳んだ。




 治癒師に傷をみてもらうと、綺麗に治せるだろうと言われた。毒も問題なく身体から抜けているので、あとは傷の回復だけだとのことだ。

 その後、シスターがふたり分の食事を持ってきてくれたので、椅子に座ってテーブルでゼノイスと一緒に食べた。

 食事が終わって、まったりお茶を飲んで。

 ずっと自分の側にいる第二皇子の近衛騎士に、カトレアはなんだか落ち着かない。

 裁判や事件のことについて話を聞きながら、いつ城に戻るのだろうかと、じっと不思議な顔でゼノイスを見てしまう。


「――カトレア? 何か気になるか?」

「あ、いや。何だか、こうしてゆっくり話すのも珍しいなーと」


 目があって、カトレアは言葉を探した。

 いつもは主人に合わせるので、ゆっくりしていられないのだが、ここにはルシウスもシエラもいない。


「オレもカトレアと城に戻ることになってるから、あと数日はこんな感じになる」

「…………私が、狙われるかもしれないからですか?」


 聖女暗殺未遂で証拠隠滅を図ったものたちは、まだ絞れていないそうだ。

 ゼノイスはゆっくりと首肯した。


「昨日、何があったか聞いてもいいか?」


 少し躊躇うように、彼は視線を上げて。

 聞かれないなと思っていたが、気を遣ってくれていたのだ。カトレアは気が付いたら馬車の中にいて、しばらくしたら誰か他の人たちが馬車に火を付けたことを話す。


「馬車に乗ってたふたりは即死でした。男の声が聞こえて、こっそり小窓から外を見たあと気が付かれそうになったので気を失ってるフリをしました……」


 淡々としていたカトレアは、そこで言葉を止める。あの時見たものを思い出して、溜息が出た。


「無理に思い出さなくていい」


 ゼノイスはそう言ったが、カトレアは違うんだと苦笑して。あたりを見回してから、彼を真っ直ぐ見た。


「――その時、見たんです。雰囲気がずいぶん違いましたが、あれはオクターナ卿でした」


 見間違いかもしれないと、頭の中で言うか迷っていたが自分がその可能性をきっぱり否定したので、意を決して告げる。

 ゼノイスの目が一瞬開き、その直後にナイフみたいに鋭く尖った。


「あいつ――」


 聞き覚えのある声だと思って、外の様子を見たのだ。そしたら、案の定知っている男がいたのだから、間違いなどではない。

 南東の小国ビスタの使者キュロス・オクターナ。

 エレオノーラの誕生日会があった日。外廊下で出会ったのは、偶然ではなかったということだろう。


「あの時から、目を付けられていたんでしょうね。王城をひとりで出歩いてる時点で、やっぱり怪しすぎました」


 カトレアはコップを口に傾けた。

 貴き人の側にいるだけで、凡人にも価値が付与されるらしい。これは給料が高くなる訳だ。


「ビスタは第二皇子殿下の冷障を一時的に抑える薬で儲けてますから、聖女が邪魔だったというところでしょうか」


 冷静に分析したことを説明すると、ゼノイスは明らかに黒いオーラを放っていて。


「――――殺しとくべきだった」

「え?」


 ぼそりと物騒な言葉が聞こえて来るから、カトレアは驚いた顔でコップを置いた。


「何でもない。ありがとう。これで捜査も進むと思う」


 ゼノイスはかぶりを振って、話を切る。

 カトレアも聞かなかったことにしておいた。












「毒が心配でしたが、後遺症が残らなくてよかったです。びっくりするくらい回復が早かったですね」

「先生の治療がよかったからですよ。ありがとうございました」


 三日後、カトレアは怪我をする以前より元気いっぱいで教会を後にした。


「お世話になりました!」


 最後の診察を終えると出口まで見送ってくれたシスターにもひと言残して、目指すは王城。まだ今日は始まったばかりで、朝日が眩しかった。


「さて、帰りましょうか。ゼノイスさんも側にいてくださって、ありがとうございました」


 隣にいるのは、腰にいつものベルトを巻いて剣をぶら下げた私服姿のゼノイス。何を着ていても、やっぱり騎士の風格がある。

 本当にずっと側にいてくれて、彼にもたくさん世話になった。

 暇だろうからと自分の本を貸してくれたり、お菓子や花を買ってきてくれたり。

 ここ数日で、たくさん話をしてくれた。

 貧困街に生まれて、元はギルドに所属していたとか。誕生日は二ヶ月後で、甘いものが結構好きだとか。爵位は持っているが、平民だった時と価値観はあまり変わらないということ。実は影の魔法が使えて、特殊な魔法でルシウスに呼ばれるとすぐに彼の元に駆けつけられることも教えてもらった。

 今も、ゼノイスが荷物を城に届けてくれたので、手ぶらだった。魔法を使えるのは一握りなので、本当に類稀な人物なのだと、カトレアは改めて思う。


「今日まで休みだろ。少し寄り道してから戻ろう」

「いいんですか!!」


 彼女の言葉を聞いたゼノイスがそう言うから、カトレアは目を輝かせた。

 ゼノイスは彼女の反応を見ると、頷いて城とは逆方向に足を踏み出す。


(――これって、デートでは!?)


 そっちにあるのは、商店街。わざわざ遠回りしてふたりで街を歩くなんて、もうそれはデートだろう。デートだと言わせてくれ。

 初めてのお出かけチャンスが、こんな急にやって来るとは。

 喜びを噛み締めようとして、カトレアはハッとする。


(私、お金持ってない!! 馬鹿!!)


 帰るだけだと思っていたので、ろくに手持ちがない。ちゃんとお金を持っていれば今回一緒にいてくれた礼だと理由をつけて、色々買えたのに。

 心中そんなことを悔しく思いながらも、カトレアはゼノイスの隣を歩いた。


「第二皇子殿下はよくお忍びで街を歩くと聞きましたが、ゼノイスさんもご一緒するんですか?」

「基本的には。でも、あの人も自分に護衛は必要ないと思ってるから、結構ひとりで外出してるな」

「へぇ。そうなんですね〜」


 他愛もない話をしながら、朝の活気あふれる街を進む。商店街にも、たくさん人が流れていた。

 ゼノイスはまるで行き先が決まっているかのように、迷いなく歩くのでカトレアはそれについて行く。何か買いたいものでもあるのかと、店を見ていると彼の足が止まった。服屋の前だ。


「まずは服な? その後は靴を買って。昼を食べたら宝石店にも行こう。買い物が終わったら、お茶でもするか」

「え! え!? あ、あの。でも、私今、何も持って」

「何も気にせず選んでいい。オレがそれを買いたいだけだから」

「――っ!」


 もしかして、この前言っていた「全部、新しいのを贈る」を本気で実行するつもりなのではないかと、思考が行き着く。カトレアは突然告げられた豪華すぎる本日のコースに、目を回した。心臓が口から飛び出そうだが、自分の身体は無事だろうか。

 ゼノイスは有無を言わせず、扉に手をかける。

 来店を告げるベルが鳴るせいで、カトレアが断りを入れるタイミングは消されてしまった。


「あ、ありがとうございます。今度、必ず何かお返しを……」

「気持ちだけ貰っとく」


 嬉しくてどんな顔をすればいいのか、よく分からないままゼノイスと一緒に入店すると、大人な返しをされる。

 これが、高給取り騎士様の余裕か……。

 カトレアはこれ以上は無粋かと思い、言葉に甘えることにした。



 そうして服を五着試着し、一着は着たままショッピング続行。靴も有名な店で、ちゃんと自分の足に合ったものを買ってもらった。これも履いたままゼノイスの隣を歩き、一緒に食事をして、宝石店ではバレッタを購入。

 服も靴も髪留めも、全部ゼノイスに買ってもらったもので街を歩き、美味しいケーキを食べながらお茶をして。

 幸せすぎるこの時間が、ずっと続いてくれればいいのにと思っていれば。

 気まずそうな表情の騎士がひとり現れて――。




「――トーマ卿。至急、城にお戻りください……」




 ゼノイスに告げる。

 どうやら、一緒にいられるのも、ここまでみたいだ。


「今日はたくさん素敵な時間を、ありがとうございました。ここ数日、ゼノイスさんが一緒に居てくださったおかげで毎日すごく楽しかったです!」


 カトレアは口早に言いたいことを詰める。


「……悪い。ちゃんと城まで送りたかったんだけど……」


 ルシウスが突然魔法で呼んだのではなく、騎士が呼びに来たのは、自分を気遣ってのことかもしれない。ゼノイスはすぐにでも行かないといけない雰囲気だった。


「どうか、お気をつけて」


 カトレアは自分のことは平気だと目で訴える。

 彼はぐっと口を横に結んだ後、頷いた。

 ゼノイスは席を立つと、「彼女を頼む」と騎士に言い残して店を出る。人目につかない場所に出て、城に魔法で移動するのだろう。


 伝令に来た騎士も店の外に出て待機するそうで。

 

 残ったのは食べかけのケーキと空っぽになった席。

 カトレアはゼノイスが頼んでくれたそれをパクリ。


「……急に寂しくなっちゃったな……」


 彼と会えなくて当たり前の日々が戻って来て、カトレアは苦笑した。

 

 








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