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20・看病



 次に目を覚ました時、カトレアはこれまた見知らぬ場所に寝かせられていて。

 薄暗い空間で見覚えのない天井が目に入ると、意識が一気に覚醒する。


「――! いっ……」


 今度は一体どこに運ばれたのかと、咄嗟に起き上がろうとすれば、体重をかけてしまった腕の傷が傷んで。痛みに目を細め、とさりと枕に頭を戻す。


「そうか。私、教会に運ばれて……」


 すぐ隣の窓から月明かりが差し込み、自分の手首に包帯が巻かれているのに気がついた。どうやら、ここは敵地ではなさそうだ。教会に世話になったことがないのでよく分からないが、ここはその一室なのだろうか。


「……目が覚めたか」

「っ!?」


 すると近くで男の声がするものだから、ギョッとした。声のする方に頭を向ければ、月明かりを正面から受けてアイスグレーの瞳が光る。


(び、びっくりした〜……)


 人がいることに驚いて、心臓がバクバク音を立てた。


「トーマ卿……。もしかして、ずっといてくださったんですか? お仕事は……?」

「しばらく側にいる。気にするな」


 悲鳴を上げなかった自分を褒めながら、カトレアはゼノイスが自分の側にいてくれたということについて頭を切り替える。


(一応、命を狙われたから見張っててくれたのかな……)


 彼は椅子から立つと、ベッドに座ってカトレアの額に手を伸ばした。


「まだ少し熱っぽい。痛みは?」

「……ちょっと、腕と足が……」


 正常に意識が働き始めたからか、傷が痛い。

 本当に自分ではどうしようもない緊急の時に、治癒師とは頼るものだ。希少な治癒師の魔法も使える回数や質に限度があるので、一気に怪我や病気は治してもらえない。まさか自分が彼らの世話になるとは。

 カトレアは一度で治らなかったくらいには、案外自分の怪我は酷かったのかな、と思いながら起き上がる。ゼノイスが手伝ってくれて、優しさが沁みた。まだ夢の中なのかと疑いたくなる。


「トーマ卿」

「ゼノイス」

「……ゼノイスさん」


 食い気味に名前で呼べと見つめられて、カトレアは呼び直す。

 小さく頷いて返事をするゼノイスに、彼女は神妙に口を開いて。


「ありがとうございます。助けてくださって。何とお礼を言えばいいか……」


 ちゃんと礼を言った記憶がなかった。彼女はそう言うと、ぎゅっとシーツを握る。

 きっと色んな迷惑をかけた。

 今もこうして自分の側にいてくれることが、感情は嬉しいと思ってしまう反面、理性は申し訳ないと言っている。

 ゼノイスの手を煩わせるようなことだけは、してはいけないと思っていたのに。目の前で子どものように泣いてしまった。面倒くさいやつだと思われたかもしれない。


「礼なんていらない」

「え……」


 返って来たのは、少し低い彼の声で。


「助けるのは当然のことだ。オレがもっと早く気が付いて、内密に処理しておけば、カトレアがこんな怪我をしなくて済んだかもしれない。怒ってくれていい」


 何故か、自分を責めるようなことを言い出すから。カトレアは驚いて、それは違うと首を振る。


「怒りませんよ。どうして、助けてくれた人を怒らないといけないんですか……」


 彼女は非常に困った面持ちで、苦渋をにじませるゼノイスを覗き込む。


「そんな顔しないでください。私はゼノイスさんに助けてもらえて嬉しかったんですから。颯爽と駆けつけてくれた影の騎士様、かっこよかったです」


 カトレアは本音を冗談っぽく告げて、はにかんだ。

 するとゼノイスがずいっと身体を寄せて。

 額にキスを落とされる。


「――間に合ってよかった。逃げ延びてくれて、ありがとう……」

「ゼノイスさんのおかげですよ」


 胸が詰まって喉の奥に何か上がって来る感覚になったが、カトレアは何とかそれを押し戻して返事を返した。

 話がいち段落するとゼノイスはランプの灯りを開いて、コップに水を注ぐ。


「私、どのくらい寝てましたか?」

「事件があったのは昨日の朝だ。裁判は無事に勝って、フロンターレ嬢は殿下と一緒に城に戻った」

「……そうですか。よかった……」


 カトレアはホッと胸を撫で下ろす。

 コップを渡されて、それを両手で受け取ると水を飲み干した。自分でも気が付かなかったが、かなり喉が渇いていたらしい。

 空になったコップは、ゼノイスがサイドテーブルに戻した。


「薬はあるけど、何か食べてからのほうがいい」

「……確かに、ちょっと何か食べたいかもしれません。一日分、ご飯食べ損ねました」


 苦笑すると、ゼノイスは水差しの隣に並んで置いてあった果物を手に取る。


「これでいいか?」

「あ、ありがとうございます」


 この時期だと北の支国で取れたものだろう赤いリンゴを見て、カトレアはこくんと首肯した。

 かじればいいかと考えながら、ゼノイスを眺めていると、彼は皿とナイフを持って椅子に座る。そして、しゅるしゅると小型のナイフで皮を剥き出した。

 自分とは違って大きな手でリンゴを剥くゼノイスに、カトレアはじっと目線を奪われる。器用だ。


「遠征だと野営もあるんですよね。料理もされるんですか?」

「まあな。……リンゴなら、普段はそのままかじるけど」


 ゼノイスは皿の上で食べやすい大きさにカットすると、ひと切、自分の口に放り込んで、ナイフを片付けた。しゃくしゃく食べて確認すると、フォークを刺す。


「ちゃんと甘い。ん」

「いただきます!」


 彼は毒見と味見を終えて、カトレアにリンゴの刺さったフォークを差し出した。

 ゼノイスからフォークをもらおうと手を伸ばすと、彼は手首に巻かれた包帯を見てぴくりと反応し、それを遠ざけて。



「……口、開けて」



 カトレアは何を言われているか理解し、瞠目する。

 そうこうしているうちに、リンゴは口元まで運ばれてきた。

 

(こ、これは……)


 顔にはあまり出さないものの、ゼノイスが食べさせてくれる事に悶える。

 フォークを持ったまま待たせるのも良くないので、結んでいない髪をかきあげながら、それをパクリ。

 カトレアは頬を膨らませながら、しばらく甘いリンゴを噛んで、口に手を添えるとにっこり笑った。


「――おいひい、です!」


 ゼノイスに看病してもらえるとは、不幸中の幸いの幸いである。頑張って逃げ出した甲斐があった。

 上機嫌でカトレアはリンゴを食べる。


「ゼノイスさんは、ちゃんとご飯食べられましたか?」

「……オレは慣れてるから」

「え。もしかして私のせいで、食べられなかったんじゃ」


 さりげなく会話を振ったら、思わぬ応えにカトレアは心配になった。ゼノイスは物言いたげに口を開くが、また閉じて。気まずくなったのか、リンゴをフォークで刺した。


「お腹空いてませんか? リンゴ、嫌いじゃなければ一緒に食べましょ。私だけ食べるのも……」


 ひとりで食べるのも何だかなと思っていたカトレアは、そうしようと同意を求める。

 ゼノイスは喋り出したカトレアの口に、お代わりを添えた。もちろん彼女は拒否することなく、それを食べる。もぐもぐ咀嚼して、じっとゼノイスを見つめると、彼も観念してリンゴを口に入れた。

 カトレアに食べさせると、その後自分も食べて。

 そうしてしばらく、ふたりで小腹を満たすが、カトレアよりゼノイスの方が食べるのが早かった。


「……髪、下ろしてるところ初めて見た」


 彼女が最後の一切れを食べている間、ゼノイスはカトレアの焦茶の髪に触れて、そう話し出した。

 仕事中は邪魔にならないようにいつも結んでいて、それが習慣になってからは、無意識に結んでしまう。確かに髪を下ろしていることは、滅多にない。


「焦げて傷みがひどかったところは、切ったって」


 ふわりと手から離れた髪が肩に落ちる。

 カトレアは食べ終わると、目線でそれを追う。


「髪は伸びますから、別にいいですよ。いつも結んでますし。それに、髪を下ろすと誰か分からないって言われるので」

「……誰に?」

「え? それは居館住みのメイドに……?」


 何故か不機嫌そうな声音に変わるから、カトレアは首を傾げて彼に応える。ゼノイスは「そうか」とだけ言って、空になった皿を持って椅子から立ち上がった。

 カトレアは慌てて「ごちそうさまでした」と軽く頭を下げる。

 ゼノイスに水をもらうと、薬を飲んだ。


「……あの、今回事件を起こした人はどうなりましたか?」


 夜も更けているようなので、彼も寝たいだろう。

 あまり自分に付き合わせてはいけないが、ひとつだけ気になっていたことを尋ねる。


「生存者は牢屋行きだ。話を聞き出してると思う」

「その中に、私に成りすまそうとしていた人がいるか知ってますか……?」

「……どうして、それを知りたい?」


 やはり詳しくは教えてもらえないか。

 カトレアは問い返されて、遠慮がちに言葉を探す。


「その。多分、服とか色々盗られてると思っていて……」


 ずっと、指輪のことを気にしていた。

 もらった本人の手前、それを言い辛くてカトレアは言葉を濁す。ちゃんと取り返して、彼に戻って来たと報告したかった。


「全部、新しいのを贈る」

「え!? いや! その、必要な物は自分で買えますが、えっと……」


 気を遣ってくれるのは嬉しいのだが、そういうことを聞きたいのではなくて。

 カトレアは無意識に胸元を握ると、俯いた。

 彼はそれで、何を知りたいか気が付いたようで。

 ポーチを漁ると、それを取り出し、カトレアの前で手を広げる。


「――――え」


 息を呑んだ。カトレアは指輪を見た瞬間、唖然としてゼノイスを見上げた。


「これなら、取り返してある」


 彼は驚いて固まっているカトレアの薬指に、それをはめる。


 ――指輪が、返ってきた。


 

「ありがとうございますッ!!」



 カトレアは嬉しさに、眉を垂れて礼を言い。

 戻って来た指輪が愛おしくて、左手で作った拳を右手で囲い、冷たい魔石に口付ける。


 ――もう失くしてたまるか、と。


 カトレアは目をぎゅっとつぶって、そう誓った。





 

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