18*別人
カトレアが目を覚ました頃。
「……もう行った?」
「はい。緊張するから早く行って慣れておきたい、と……」
ゼノイスは東の宮で、すでにカトレアは裁判所に向かったと彼女の同僚から告げられていた。
聖女の部屋を確認してから出かけると聞いていたので、迎えに来たつもりだったのに、もういないらしい。
「いつもと様子が違ったので、不安だったのかもしれません」
「……分かった。ありがとう」
ゼノイスは礼を言うと、予定通りルシウスと共に城を発つ。
――そんなに思い詰めていたのなら、自分に頼ってくれればいいのに。
そう思う自分に気がついたが、一日一回話すこともままならないのに、彼女が自分を頼ることなんてできないだろうと呆れた。
おおよそ信頼できる年上の騎士には、あまり我慢をさせているとフラれるぞ、と。顔を合わせる度に忠告されているが、本当にこの状況が心苦しい。
カトレアが果たして「我慢」をしているのかは分からないが、自分にものすごく気を遣ってくれているのだけは分かっていたからだ。
これだから、自分に恋愛は無理なんだと。
言い訳混じりに、ゼノイスは考える。
何にしても、優先するべきは忠誠と服従の誓いを立てたルシウスで。
どうしても、自分の恋愛なんてやっている暇はない。それなのに縁談は舞い込んでくる。
仕事を優先することを解ってくれそうな人を婚約者としてだけで留めておけば、その問題は解決できて、ルシウスが探し続けた人と婚約することからは逃れられると思った。
互いを必要とする者同士に割って入るなんて無粋なことは、ゼノイスもしたくなかった。流石に気まずい。
そして思い浮かんだのが、カトレアで。
彼女はゼノイスが予想していた通り、この数ヶ月、仕事を邪魔することは決してなかったし、恋愛に関してだって何も要求してこなかった。
これが令嬢と婚約することになっていれば、贈り物や手紙のやり取り、体裁を保つための顔合わせなど、やらなくてはいけない事が後をついて回っただろう。
貴族との関係は難しい。
こっちは貧困街の平民以下の育ちなのに、そんなことに付き合う価値観は持ち合わせていないのだから、無理だ。仕事で満足しているのに、好きでもない相手に色恋を求められても困る。そんな時間があるなら自分のために時間を使いたい。そう思っていた。
しかし今は、その自分に使いたい時間が、カトレアに使いたい時間になっていて。
そのために、早く仕事を終わらせたいと働くようになった。ただカトレアと、もっと色んなことを話してみたかったのだ。
今日も仕事の延長としてだが、迎えに行けるように調整していた。彼女と話すのが、単純に楽しいと思えるから。
「…………」
会えなかったことに、少し寂しさを覚えながら、ルシウスが乗る馬車の隣を並走した。
魔法が使えないように魔石の力で結界を張ってある裁判所に着くと、ゼノイスはルシウスの後ろに付いていた。
弁護士に案内されて中を進みながら、ゼノイスのアイスグレーの目はカトレアを探す。
用意周到な彼女なら下見をして、どこかで時間を潰しているだろう。自分がちゃんとここにいることを報告するためにも、ルシウスに挨拶をしに来るのではないか。
そう考えていたが、姿は見えず。
「先に来てるんだろ?」
「……はい。そのはずなんですが……」
ルシウスもそれに気がついたらしく、ゼノイスに尋ねる。
開廷まではまだ時間があるが、具合でも悪くしていたら。そう思うと少し焦った。
きょろきょろと辺りを見回していると、やっとカトレアらしき後ろ姿を見つけて。
彼女は休憩室に入って行くところだった。
バタン、と。
後手に扉を閉めて、いつもと違う雑な所作に驚く。
カトレアはどんな時だって、扉を閉める動作ひとつとっても丁寧にやる。それが身に染み付いた習慣だから。
いつもはやらない事だからこそ、ゼノイスも気になった。
「……様子を見に行って、いいですか」
「一緒に行く」
「ん? ああ、ひと休みされますか?」
許しをもらうと、弁護人と護衛をずらずら引き連れて一緒に休憩室に向かう。
中に入ると、ソファに背中を預けて座るカトレアがいた。
「……第二皇子殿下に挨拶申し上げます」
こちらに気がつくと、カトレアは立ち上がって頭を下げる。他には誰もいなかった。
ルシウスも証人の姿を確認だけしたかったようで、いつも通りに挨拶をする彼女を見て、様子を見たいと言ったゼノイス振り返る。
するとそこにあったのはゼノイスの険しい表情で。ルシウスは眉根を寄せた。
「……?」
何かあったのかと、ルシウスはゼノイスに目で訴える。
その間に、カトレアは気を遣ったのか部屋を去ろうと、ゼノイスの隣を横切った。
「失礼いたします」
そして、ゼノイスはその瞬間に確信する。
――こいつは、カトレアじゃない。
彼女が通り過ぎた後、ゼノイスはその腕を掴むと背中に締め上げる。
「な、なにを!?」
カトレアと同じ声が上がるが、ゼノイスは容赦しない。
壁まで押さえつけ、彼女を拘束する。
「かはっ。ゼノイスさんっ!? どうしてこんなっ」
「答えろ。カトレアをどこにやった」
本物じゃないと気がついて、ゼノイスの声がすごむ。ギリギリと押さえつける力が強くなった。
「――お前は誰だ」
カトレアからは絶対にしないはずの、タバコの匂いが不快だ。こいつは絶対に顔を合わせれば挨拶をしてくれて、二人きりのときでも滅多に名前を呼ばないカトレア・ランベルではない。
「カトレアです。ゼノイスさん! ちゃんと指輪も持ってます!」
それを聞いてぶちりと何かが切れる。
拘束を緩めて表を向かせると、そいつは笑って指輪を服から出して来た。へらへら笑って、ほらと言うそいつに、ゼノイスは首を絞め上げた。
「――彼女は無事なんだろうな? どこにいる、言え!」
「ゼノ、イ……」
傷ついた顔をされるが、ただただ悪寒がする。
「ゼノ。落ち着け。死ぬぞ。婚約者じゃないのか?」
無意識に力を込めていたところを、ルシウスに止められた。
「偽物です」
「なぜ?」
「カトレアはタバコを吸わないし、人前では絶対にオレをゼノイスと呼びません。――そして、彼女の目の色は茶色じゃなくて、金色です」
見間違えるかと。
ゼノイスは訴える。
「……ここで使う予定じゃなかったんだが」
ルシウスはそう呟くと、小瓶を取り出す。
蓋を開けると、それを女の顔にかけた。
「やめ、て!!」
すると、みるみるうちにカトレアと同じ顔は変化して。別人の者へと変わった。
「始まる前に、聖水の出番が来るとはな。先が思いやられる」
騒ぎを聞きつけて見に来た者たちから、どよめきが上がる。
「本物のカトレアをどこにやった」
「さあね! 今頃、死んでるんじゃないの?」
女はそう言うと、にやりを笑って奥歯を噛もうとした。毒を仕込んでいるのだろう。
ゼノイスは額と顎を押さえつける。
側からそれを見ていたルシウスは、テンポ良く余らせて置いた聖水を開かれた口に突っ込んだ。
「居場所を言ってから死ね」
彼の冷酷な眼差しに、女は自殺が失敗したと悟って青ざめた。がくがくと震え出し、腰が抜けたのか、その場に座り込んでしまった。
「…………いきてるとおもう、わ。わたしは、どこに彼女をつれていったかはしらない。薬で昏睡させたうちに、入れ変わったわ」
ゼノイスは無言のまま。女の首にぶら下がったままのネックレスを両手で引っ張る。彼の力でチェーンが切れて、女の首からネックレスが外れた。
その音に、女は「ひいっ」と叫ぶ。
「裁判が終わって聖女を殺した後、入れ戻って罪を着せるつもりだったから、多分逃走用の荷馬車の中よ!」
口が軽い刺客である。捨て駒だったのか。この様子だと金で雇われたのだろう。
指輪だけ持つと、ゼノイスは立ち上がる。
「殿下――」
「行ってこい」
ルシウスの応えは早かった。
彼が他の騎士に指示を出す間に、ゼノイスは裁判所を飛び出していた。




