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17・裁判



 それは突然の知らせだった。


「……裁判?」


 ぽかん、と。

 シエラが想像していなかった単語に、呆然とする。口につけようとしていたティーカップの手を止めて、目の前に座るルシウスを見つめていた。


「そうだ。お前の親が俺に対して、愛する娘を権力をもって拉致・軟禁していると訴訟を起こすらしい。たぶん明日くらい、迎えが来るだろうから大人しく付いてけ」

「――え」


 彼は何の前触れもなくシエラの部屋を訪れたかと思えば、平然とそう告げて。

 事件の当事者というか、中心人物になっていたシエラはサアッと顔色を悪くしていく。


「釘は刺したつもりだったが、甘かったな。第一皇子派が金を積んだらしい」


 ルシウスはだるそうに言って、お菓子に手を伸ばした。

 

(……わーお。皇族相手に訴訟なんて。命知らずだったんだなフロンターレ伯爵家。大変なことになったな……)


 部屋に控えていたカトレアは食べ物が口に合っていたか確認しながら、シエラのことを振り返る。


 誕生日会のときにはすでに一ヶ月が経過していたし、その後の三ヶ月もあっという間で。シエラがここに来てからはもう四ヶ月が経っている。

 その間、教皇に呼ばれたこともそうだが、エレオノーラに茶会に招かれたり、それをきっかけに他の令嬢と交流して、その博識さを見込まれて相談を受けるようになったり。まるで使用人のような振る舞いをしていた主人は、ずいぶんと所作も落ち着き、貴族の令嬢として受けるべき教育を通じて、その輝きを取り戻していた。

 そして、暖かくなって段々と数が増えてきた、魔物の討伐から帰ってきたルシウスを癒し、彼の側で仕事をすることも増え、この場所での生活に慣れてきた今。


(誰も今のシエラ様を見たら、虐待を受けていたとは思えないだろうし。派閥が関与してるなら尚更面倒事になる……)


 娘を虐めていた割に、聖女の彼女を利用しようと騒がないなと思っていたが、このタイミングとは。

 悪知恵の働く誰かに唆されたのだろう。

 負ければただでは済まないのに、よくもやる気になったものだ。怖いものがないのか?

 ただ、万が一にもルシウスが負ければ、彼だけでなくシエラの人生はひっくり返るだろう。


「適当に何とかする。お前も戻りたくはないんだろ」

「はいッ……。絶対にルシウス様が無実だと証言します!」


 シエラはグッと拳を握り、険しい面持ちだ。

 ただ、まあ。彼女がいくら被害など受けていないと言っても、ルシウスに言わされていると指摘されればそこまでだろう。


(明日、迎えがあるかもって言ってたけど。私も行くのかな?)


 流石にいきなり裁判所に連れて行かれて、裁判を受けることにはならないはず。迎えは保護という名分でどこかに行くのだろう。シエラとルシウスは引き離される。

 となると、専属メイドの自分はどうすればいいか。

 カトレアは話を聞きながら仕事について考える。


「わたしのせいで、すみません……」

「別に。俺の足を引っ張りたい奴らがやってるだけだ。今回、手を回した奴については、調べがついている。お前はお前で、家をどうするかだけは考えておけよ」


 裁判を起こされると分かっていても、ルシウスに焦りはなかった。

 前もって何が起こるか分かっていて、調べもついているのだから、ずっと前から知っていたことなのだろう。シエラの近くにいても、伯爵家の話はあまり聞かなかったが、ルシウスはちゃんと気にしていたらしい。


(裁判は勝てそうみたい)


 シエラは不安そうだがルシウスの言動に、カトレアは裁判の結果を察していた。

 シエラに家族のことを聞く余裕があるところを思うと、裁判の成り行きはルシウスの裁量次第に見える。

 一介のメイドが特別できることはない。

 カトレアも普段通りの心持ちだった。


(……トーマ卿の姿を最近見ていなかったのは、このことを調べていたからなのかな)


 なんとなく。

 今この場にいないゼノイスのことを思いながら、カトレアはぼんやりと思考に耽る。

 お守りを渡してから、二週間。

 あの時の自分は本当にテンパっていたなと。思い出すと今でも恥ずかしくなる。

 相変わらず、あれ以来婚約者らしいことは何もできていないが、消化するには時間がかかる出来事だったので十分お腹いっぱいだった。






「シエラ様。どうかお身体には気をつけてくださいませ。おかえりをお待ちしております」

「うん。……いってきます」

「いってらっしゃいませ」


 そしてその次の日、シエラは予想していた通り、ルシウスと引き離された。

 王城に所属しているメイドのカトレアは関係者と見做され、それに付いていくことは許されなかったのだ。

 主人を失い、しばらく暇な時間が続いた。

 普段はできない少し大掛かりな掃除をしたり、半日の休みをもらい、街に出かけたり。

 久しぶりに自分のために買い物をして、カトレアは今まであまり買おうと思わなかった化粧品やら服を買った。

 そうして三日が過ぎて、東の宮の控室でのんびり刺繍をしていたら。


「ランベル。少しいいか」


 ゼノイスに呼ばれて。


「トーマ卿。なんだかお久しぶりですね。どうされました?」

「すまない……。最近、込み入ってて」


 それは主人の今後を決める裁判があるのだから、忙しくない訳がない。

 どうやらゼノイスは夜にも城を抜けて活動しているようだと、お守りを渡して気が付いたので、カトレアはふるふると頭を横に振る。


「いいんですよ。今はお忙しいでしょうし、タイミングが合わないだけですから」

「……悪い……」

「謝らなくていいですよ」


 ゼノイスが優先するべきは、ルシウスとシエラのことと、自分の身体だろう。

 カトレアは気にしないでくれと笑った。


「……裁判のことで、殿下が呼んでる」

「あ……。なるほど。分かりました」


 何を言われるかそれで予想がついたカトレアは、ゼノイスに付いていく。

 聖女シエラがこの城に来てから一番一緒にいたのは、間違いなくカトレアだ。どう考えても証言台に立てという内容だろう。

 ゼノイスの隣を歩きながら、カトレアはふと気がつく。

 彼のベルトにそれまではなかった気がする、見覚えのある紐が付いている。紐の先はポーチの中に続いていて、きっとそれは自分が渡したお守りに違いなかった。


「……? ああ、これ? ちゃんと持ってる」


 彼女の視線に気がついたゼノイスは、笑った。


「どこに付けるか迷ったけど、いつも持ち歩くベルトにそのまま付けると引っ掛けそうだったから、中にしまってる」


 指をかけて、ポーチの中からお守りが抜き出される。

 大切にしてくれているのが分かって、カトレアはとても満ち足りた気持ちだった。


「使ってくれて、ありがとうございます。最近姿をあまり見ませんでしたが、ちゃんと休まれていますか?」

「一応。裁判が無事に終わって、後処理も始末をつけたら、また普段通りに戻ると思う」

「そうですか……。お身体には気をつけてくださいね」


 そんな話をしていれば、ルシウスの執務室はすぐそこで。

 ふたりはどちらからともなく、切り替える。


「――失礼します」


 カトレアはゼノイスに導かれ、ルシウスの部屋に入った――。

 












「明日の裁判、あなたは見にいくの?」

「うん。シエラ様の専属メイドとして、法廷で質問に答えないといけなくなったから」


 裁判の前日。

 城どころか国中に広がったルシウスの裁判についてリサに尋ねられて、カトレアは頷く。


「まさかの法廷デビュー? あなたも大変ね」

「一生に一度の経験だと思って楽しんでくるよ」


 ルシウスに呼び出されたのは、やはりシエラがここに来てからのことを法廷で言えということで。

 カトレアは初めて法廷に上がることになっていた。


「是非、感想を聞かせてちょうだいな。……それにしても、伯爵も、もう終わりね。皇族相手にこんな無謀なことをするなんて信じられないわ」

「本当だよね」


 第二皇子ルシウスは、冷酷な皇子としてその名を帝国に馳せている。

 二つ名は「氷血の死神」

 人々にそう呼ばれるくらいには、幼少期から恐ろしいことを成してきた。

 自分を殺そうとして来る刺客を殺し。

 長年、横領や勤務怠慢を行なっていた使用人たちを容赦なく罰し。

 皇帝に言われれば、人も魔物も屠る。

 死神という名に相応しく、彼の通る道には死体が転がっていた。

 しかし、考えてみれば、この男が理由なく処罰を下し、殺傷をしたことはなかった。

 最近はシエラのおかげなのか、まとっている雰囲気も柔らかくなってきたし、何というか、人間味が増した。人外のような、未知の力を持つ彼に、人をどこか見下していそうなイメージを持っていたが、ルシウスも人を理解できる人だった訳だ。


「貴族令嬢として必要な教育を聖女様のために用意していたことは、この城ではみんな知っていることよ。先生たちに証言してもらえれば、事態は明らかでしょうに」

「……うん。ちゃんと証言してもらえれば、ね」


 明日の朝は早い。シエラが戻ってくる部屋をきちんと整えてから、法廷に向かわなくては。

 カトレアは肩をすくめて返事をすると、ベッドに潜った。


「カトレア。どうにもならないことはあるかもしれないけど、巻き込まれないようには気をつけて」

「事実を述べるだけだから、大丈夫だと思うけど。まあ、一応気をつける」


 心配してくれるリサに返事をして、カトレアは目を閉じる。






 ――そして。

 次に目を覚ました時。



「……あ?」



 彼女は見知らぬ場所にいた。




「――んん……?」


 全く自分の身に何が起こったのか分からない。

 異変に気がつくと意識は覚醒し、カトレアはあたりを見回す。

 ガタガタと床が揺れて、どうやら荷馬車に載せられていることを知る。


「はひ、ほれ……」


 ――なんだ、これは。

 とりあえず、手足が縛られ、猿轡を噛まされていることは理解したが、カトレアは混乱する。


(何? 夢?)


 それにしてはリアルすぎだ。

 背中で手を縛られており、カトレアは身を捩る。

 目の前には何の荷物が入っているのか、箱がたくさん詰まれていた。後ろは御者が覗ける小窓がある。

 ただのメイドが城の居館で寝ているうちに監禁されているなんて、どこの誰が想像しただろう。


(全く気が付かなかったから、薬でも盛られた……? リサは大丈夫かな……)


 カトレアは同室のリサを心配したが、自分以外に捕まっている人の気配は感じない。

 こんなことができるなら、手っ取り早く殺せばいいので、きっと無事だと信じたかった。

 

(どうして私なんかを? 別に大した証言はできないのに)


 カトレアには自分がこんな事になっている意味が分からなかったが、とりあえずルシウスとシエラには不利に働きそうだと思う。


(というか、今、何時? ここどこ?)


 開廷に間に合うだろうか。

 カトレアは静かに状況を確認し、脱出を試みる。

 まず、紐で結ばれた腕を捻るが、びくともしない。ちゃんと親指の根も縛られていて、たとえ関節を外しても抜けなさそうだ。

 足は足で、手がどうにもならなければ解けそうにない。本当に寝ていたところを拐われたようで、裸足だった。

 そして、ハッとする。


(服が、違う……!? それに、指輪がない!)


 自分のものではない服を着ている。それまで着ていたはずの寝間着ではなかった。

 身につけていたはずのネックレスも感じない。

 カトレアの頭からスーッと血の気が引いた。


(――早く出て、探さないと)


 指輪をなくした。

 ゼノイスから初めてもらった唯一のそれを、盗られた。

 ふつふつと沸いて来たのは、焦りと怒りで。

 カトレアはフーーーと。自分を落ち着かせるために溜息を吐く。


(……誰かが私に成り代わろうとしてるのかもしれない)


 色んな可能性があって、目的はよく分からないが逃げなければ。

 拘束を解き、目の前の荷物を越えて、扉を開け、ここから出る。

 しかし、何も使えそうな道具は見つからず、かなり厳しい状況。

 自分はただのメイドだ。助けが来るとは限らない。自力でなんとかしなければ、死ぬかも――。

 色々な考えが錯綜した。


 そうこうしているうちに、ガタンと馬車が乱暴に止められて。


「そろそろ起きるか?」

「まだかかるだろう。かなり強い薬だ」

「じゃあ、後は時間になったら解放すればいいだけだから、しばらく暇だな」


 御者たちが話す声が聞こえて来て、そば耳を立てる。


「にしても、かわいそうだよなー」

「何が?」


 男がふたり。他に人の声は聞こえず、鳥の囀りが聞こえてくるので、ここはどこかの森の中かもしれない。



「なんにもしてないのに、目が覚めたら殺人犯に仕立て上げられるなんて」



 じっと息を潜めていたカトレアは、ひゅっと息を呑んだ。


「ご愁傷様ってかんじ」


 けらけら笑っている声が、意識の遠くに聞こえる。十中八九、これはきっと自分のことだ。


(――どう、いう、こと……?)


 彼女は愕然とした。


 誰かを殺した罪をなすり付けられる?

 すると、自分が選ばれた理由は裁判の証人とは関係なく、聖女の専属メイドだからか?

 となると、シエラの命が危ない。


 カトレアは縛られた腕をなんとか自由にできないか、捻って緩めようとする。

 硬くて手首が痛くなって来るが、何とかしなければ。

 それでも、拘束は緩まなくて。

 カトレアは自分の力のなさに歯を食いしばる。

 暴れたって、どうにかなる気は全くしない。

 このまま誰かが傷つけられて、自分は罪を着せられるしかないのだろうか。


(解放されても、ここから動かない方がいいのかもしれない……)


 考えたくはなかったが、カトレアは逃げられなかった場合どうするべきかを考える。

 ルシウスが近くにいてくれるなら、シエラが怪我をすることはないと信じたかった。

 八方塞がりで、どうしようもない。ただ機会を窺うしかなかった。 

 ――誰か、助けに来てくれないだろうか。

 思い浮かんだのは、黒髪の騎士。



(…………ゼノイス、さん……)



 裁判当日なら、きっと彼はルシウスの側にいるのだろう。

 自分を助けに来る可能性は……あまり、ない。

 もし、敵の思惑通り事が進んで、自分が殺人犯の疑いをかけられてしまったら、ゼノイスは無実だと信じてくれるだろうか。



 癖のある焦茶の髪が、彼女の弱った表情を隠した。





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