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13・パーティ



 シエラが目を覚ましたのは、倒れた次の日の夕方だった。

 自分でも倒れてしまったことに驚いているようでしばらく表情が暗かったが、つい一ヶ月前まで伯爵家でこき使われて痩せ細っていたのだから、疲れが出ることは仕方ない。

 急に環境が変わって疲労が溜まっていたのだ。それが、心に負担が大きい刺激的な光景を見て糸が切れた。聖女様も人間なのだから、無理をすれば倒れる。

 ダンスの練習をしなきゃと焦るシエラを宥め、その日はゆっくり一日休み。また次の日から穏やかに時間は動き出した。

 その時すでに、エレオノーラ姫の誕生日パーティまであと三日。

 畏れ多いことに、カトレアがダンスを教えることになってしまった。

 体力には自信があるので問題ないし、シエラが倒れそうになったら支えるだけの力量はあったが、やっぱり踏まれるのは痛い。

 確かにこれは、踵で踏まれれば骨折する。ヒールとは男性もそれなりのリスクを背負った、恐ろしい履き物だと思いながら。カトレアはメイドになってから初めて、ダンスばかりの一日を過ごした。


 そうして二回目の夜を迎えれば、もう本番は次の日で。


「……痛そう。大変だったみたいね?」

「そんなに痛くないよ。時間もなかったから、焦っちゃった時にミスが出て。転ばせるより踏まれた方がマシかな。とりあえず、シエラ様が捻挫しなくてよかったよ……」


 カトレアは部屋のベッドの上で、赤くなった足に薬を塗っていた。

 二日間、ずっと練習していれば踏まれることは普通にある。シエラは下手ではない。短期間であれだけ踊れるなら十分だ。

 ただ、遠慮せず思いっきり踊った方がドレスが綺麗に揺れて美しく見える、と。受け売りの言葉を告げたら、足はこうなった。

 痛がるとシエラが悲しむので、ポーカーフェイスを貫いたまま今を迎える。彼女も軽いので、見た目ほど痛みはない。……ターンの際に一度、踵で踏まれた時は流石に痛かったが。

 一箇所だけ青黒くなってしまったアザに薬を塗って、カトレアは視線を上げる。


「私より、リサのほうこそ大変そうだよ。姫様のことだけでも忙しそうなのに、自分のことまで……」

「当たり前じゃない。当日はわたしも姫様の近くに控えることになっているから、自分のこともやらなくちゃいけなくて忙しいわ!」


 同室で姫付きメイドのリサは、ここ最近自分のことも磨かなくてはならず、毎日夜まで忙しそうだ。

 当日は祝時に着る正装でドレスは着ないはずなのだか、容姿の手入れについては子爵令嬢としてのプライドか、抜かりがない。

 まあ、姫様お付きのメイドがくたびれた格好では、主人の名誉にも関わるので大切なことである。

 寝る前に念入りに肌の手入れをしているリサを、カトレアはベッドに寝転んで見つめた。


「そんなに頑張らなくても、いつも綺麗なのに」

「あなたはすぐに、そういうことを言う!!」

「ご、ごめんなさい?」


 思ったことをそのまま言うと、何故か怒られる。

 キッと美人に睨まれて、悪いことは言ったつまりがなかったのだが、カトレアは慌てて謝った。


「もう……。カトレアこそ明日の配置、どうなってるの?」

「私はいつも通り留守番組だよ。聖女様を見送ったら、帰りを東の宮の控室で待ってる」

「専属メイドになったのに、いつも通りね……」

「うん。何の力もない平民のメイドは会場の仕事はしないからね。パーティがあると使用人のご飯も豪華になるから、楽しみ! ゆっくり食べれていいよ!」


 平民でも、豪商や何か誇るべきものがある家の出身ならパーティ会場に足を踏み入れることが許されている。大っぴらな決まりではなく、配慮と言う名の暗黙の了解。今のところそこに当てはまる条件は提出していないので、カトレアは参加できない訳だ。


「あなた、自分の故郷の話は全然したがらないものね。婚約のこと、ご両親には連絡したの?」

「面倒なことになるから言わないよ。ド田舎すぎて、手紙が届くのも遅いし。……本当に結婚するなら別だけど……。たとえトーマ卿に聞かれても、家のことは口に出せないな。馬鹿にされるのも嫌だし、引かれるのも普通に辛い〜」


 カトレアは枕に顔を埋めた。

 将来自分が本当に結婚する相手には、家のことを紹介しなければならないのが、彼女にとっては悩みの種だ。帝都で生活している人とは価値観が合いそうにないので、実家とは離れて暮らすことになるだろう。


「家族とは仲がいいほうがいいわよ。何かあった時に頼れるから」

「……そうなんだけどねぇ……」


 カトレアはむくりと顔を出して、溜息を吐く。


「さて。今日はもう寝るわよ。夜ふかしが一番、肌に悪いんだから」

「……リサのお陰で、私まで綺麗になっちゃうね」

「当然よ。わたしがおすすめの美容品を使わせてるんだから。ちゃんと化粧をして、髪もアレンジして、服も似会うものを着れば絶対見違えるわ。現に髪を下ろしてるカトレア、別人みたいだもの」

「それはよく言われるけど……。見慣れてないだけだよ」


 いつもはきつく結んで髪飾りの中にまとめているが、カトレアの焦茶色の髪は胸まであり、癖でゆるく波打っている。

 初めて自分のオフを見られると、「誰?」なんて言われるのは珍しくなかった。


「そっちの方がわたしは好き。デートの時は必ず、相談するのよ? 絶対にその髪、可愛くするから」

「……デート、かぁ……」


 隣でリサが毛布を被る音を聞きながら、カトレアは呟く。


「……わたしが結婚してここを出る前に、一度くらいちゃんと着飾らせなさいよね……」

「……うん」


 毛布に包まったリサと目があって、彼女は困ったように笑った。


「……おやすみ、リサ」

「おやすみなさい」


 灯りを消せば、夜はあっという間に更けていく。











 迎えたパーティ当日。

 昼間から次々と支国のお偉い様からエレオノーラ宛の誕生日プレゼントが運び込まれ、夜に開かれるパーティに向け着々と盛り上がりを見せていた。

 その間、パーティに参加するレディたちの準備がされる訳だが、入浴から始まりマッサージやらなんやらと、それはもう時間がたっぷり必要で。

 すっかり夜の帳が下り始めた頃。

 ゆったりと始まったシエラの支度が、やっと整った。


「すごくお綺麗です。シエラ様」


 腕に自信のあるメイドたちによって入念に磨き上げられ、着飾られたシエラはとても美しかった。

 軽く巻いた金色の髪をハーフアップにまとめ、白を基調とし、金色の差し色が映えるドレスを身に纏い、まるで女神のようだ。主役はエレオノーラなので、装飾が控えめの流線的なドレスなのだが、それが逆に神秘的な美を醸し出している。

 もちろん、ドレスと靴、それから装飾品は全てルシウスが用意したものである。さらに言えば、気に入らないかもしれないという理由で、他にも十数着ドレスはあった。

 シエラが倒れた日に品が届いて、ミレーユに山のようなプレゼントをどうするべきか相談されたことは、多分一生忘れない。


「これが、わたし……?」


 シエラは呆然と鏡に映る自分を見ていた。

 まるで魔法にかけられたみたいで、不思議そうな表情だった。伯爵家のせいで、病弱だから外に出られないのだということにされていた彼女は、今日初めてパーティに参加する。特別な一日になることは間違いない。

 シエラが聖女で、エスコートが第二皇子のルシウスだという点を除けば、何も憂いはなかった。

 招待客が桁違いに増える皇帝の誕生祭でなかっただけ、まだマシなのか。


(今まで、第二皇子が東の宮に近付こうとする人、全部排除してたからな……)


 東の宮の出入口は騎士で固められ、理由がない限り中に入ることは許されない。毎日ように聖女に謁見を求める手紙が届いているのだが、ルシウスはことごとく無視である。

 しかし、今日はそうも行かないだろう。

 シエラは様々な人間と顔を合わせることになるはずだ。姫様の誕生日会の席で、野暮なことをするものはいないと思いたいが、酒が入る場なので何とも言えない。

 留守番のカトレアは、主人の初パーティが楽しい時間で終わってくれることを祈った。


「準備はできたか――」


 時間が近づくと、正真正銘の皇子がシエラを迎えに来る。ノックの軽やかな音と共に、ルシウスが部屋に入ってきて。


「――ルシウス様」

「…………」


 ルシウスはシエラの姿を見て、その歩みを止めた。

 まるで物語の一幕のようなシーンだったが、なるほど。どうやらあれは現実にある場面を、物語が描き起こしていただけだったらしい。

 無意識なのか、シエラもきゅっと拳に力を入れて、ルシウスの普段とは違う華やかな格好にときめいている。

 死神と恐れられるルシウスでも、あの美形には皆目を奪われてしまう――のは分かるが、カトレアはそれよりも背後で控えている騎士の方に目が眩む。


(う、わ……。むり……)


 彼女は正装に身を包んだゼノイスを見つけてしまい、心臓が見えない何かに掴まれた。

 こんな近くに、バージョンアップした彼の特別な姿を見られて、今の仕事場に感謝しかない。

 欲を言うなら、ルシウスにはもっと頻繁にシエラに会いに来て欲しかった。切実に。


「……サイズは良さそうだ。似合ってる」

「は、はい。ありがとうございます。ルシウス様も、その、すごくカッコいいです……」


 そんな初々しいやり取りが聞こえて、カトレアは現実に帰った。遠くに合わされたピントを、手前に戻す。


「お前は伯爵家の令嬢ではなく、聖女として夜会に呼ばれている。あまり俺の側を離れるなよ」

「はい。わかりました」


 ルシウスに差し出された手に導かれ、シエラは本館のホールへと足を踏み出した。


「――いってらっしゃいませ。よい夜を」


 扉の向こうに消えていったシエラの背中に、カトレアはお辞儀をする。


(……!)


 多分、扉が閉まる直前に、ゼノイスのアイスグレーの瞳と目が合ったのは気のせいだ。


「カトレア? どうかした?」

「……いえ。部屋片付けて、ついでに掃除をしたら、ゆっくりご飯食べましょう」

「うん」


 仕事仲間にそう告げて、カトレアは主人の去った部屋の掃除を始める。

 シエラに施された香油が、ふんわりと部屋を満たしているのを感じながら。


(……トーマ卿は、誰かと踊らないのかな……)


 カトレアは、ぼんやりとそう思った。








 

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