新婚旅行――9
女性と別れた俺たちは、川沿いの道を歩いていた。大自然の景色を楽しみながら、川を上る方向へ進む。
しばらく歩いていると、視界の先に一軒の店を見つけた。ログハウス風のその店は、農園に併設されている。
「なんの店だろうな?」
「あ、農園カフェって書いてあります」
俺の疑問に答えたのは玲那だった。
玲那は道の脇にある看板を指さしている。
俺と玲那は看板をしげしげと眺めた。
「なるほど。農園で栽培した野菜や果物を料理に使っているのか」
「涼太さん、涼太さん! パフェが名物らしいですよ!」
玲那がはしゃいだ声を上げる。
たしかに看板には、『朝どれイチゴがた~~っぷり!』との売り文句とともにパフェの写真が貼られていた。
玲那はキラキラと瞳を輝かせながら俺を見上げている。その目が、『興味津々です! 気になります! 食べてみたいです!』と訴えていた。
『女の子は甘いものに目がない』っていうけど、玲那も例外じゃないみたいだな。
こんな期待に満ちた目をされたら、断るなんてできるはずがない。
「じゃあ、寄ってみるか」
「いいんですか!?」
「ああ。玲那の喜ぶ顔もみたいしな」
「きょ、今日の涼太さんは攻めすぎだと思います!」
赤面した玲那が、体当たりするみたいに体を寄せてくる。
全然痛くない。むしろ、玲那に密着されるからご褒美だ。もちろん口には出さないけど。
玲那が頬を膨らませるなか、俺はクツクツと喉を鳴らした。
ホント、俺の奥さんは可愛いよなあ。
農園カフェに入った俺と玲那は、それぞれパフェを頼んだ。
玲那は、看板にも載っていた名物のイチゴパフェ。俺は期間限定の桃のパフェだ。
五分ほど待つと、俺たちのテーブルに、店員がふたつのパフェを運んできた。
「お待たせしましたー! イチゴパフェと桃のパフェです!」
「「おおー!」」
テーブルに置かれたパフェを見て、俺と玲那は感嘆の声を上げる。
イチゴパフェにはイチゴが、桃のパフェには桃がたっぷりと使用されており、バニラアイス、生クリーム、クッキーが添えられていた。美味しそうなうえに色味のバランスもよく、非常に映えそうだ。
玲那も俺と同じ感想を得たようで、いそいそとスマホを取り出した。
「涼太さん! 写真を撮りましょう!」
「おう、いいぞ」
俺はイチゴパフェの隣に桃のパフェを移動させる。イチゴパフェだけより、桃のパフェもあったほうが豪華だろうと考えたからだ。
そうやって配慮する俺を、玲那が手招きした。
「ほら。涼太さんもこちらに来てください」
「は? 俺? なんで俺が必要なんだ?」
「新婚旅行の記念撮影なんですから当然です。一緒に写らないと意味がないじゃないですか」
「イン○タに上げるんじゃないのか?」
「上げませんよ? どこの誰ともわからない方に、涼太さんとの思い出をシェアするわけないじゃないですか」
「あー……玲那はそういうやつだよなあ」
心底不思議そうに小首を傾げる玲那を見て、俺はポリポリと頬を掻く。
考えてみれば当然だ。玲那は、家族と俺以外、どうでもいいと思っている。俺大好きっ子の玲那が、俺との思い出をSNSで共有するはずがない。
つまりは独占欲。俺と過ごす時間は自分だけのものにしておきたいんだろう。
賛否両論な価値観だろうけど……嬉しいって感じちゃうんだよなあ、俺は。『似たもの夫婦』って言葉が思い浮かぶわ。
苦笑しつつ、玲那の隣に移動した。
「では、撮りますよー」
玲那がスマホを斜め上にかざし、俺の腕を抱く。
俺がドキリとするなか、玲那が画面をタップしてパシャリ。記念撮影はつつがなく終了した。
が、気になる点がひとつある。
「俺、変な顔してなかったか?」
「おやおや? どうしてですか?」
からかい顔で玲那が尋ねてきて、俺は言葉に詰まった。
言えるはずないだろ。『玲那に密着されて動揺しちゃったから』なんて。というか、玲那。お前、俺が動揺してたってわかって訊いてるだろ。だからニヤニヤ笑ってるんだろ。
「……いや、なんでもない」
「安心してください。わたしにしてみたら、どんな涼太さんもカッコいいですから」
「やっぱりわかってるじゃねぇか! ていうか、玲那も今日は攻めすぎじゃねぇ!? 俺のこと言えないだろ!」
「いつものことです」
「自覚あったんかい!」
いつもよりは反撃できたけど、まだまだ玲那のほうが上手らしい。なんていうか敗北感だ。
溜息をつきながら、俺は自分の席にもどった。
「とにもかくにもパフェをいただくか」
「はい♪」
俺と玲那は揃って合掌し、スプーンを手にとる。
玲那がイチゴと生クリームを一緒に掬い、見るからにワクワクした様子でパクリと口にした。
黒真珠の瞳が丸くなる。まるで光が差したかのように顔つきが明るくなる。
「美味しいです~♪」
玲那が頬に手を添えて、幸せを噛みしめるような笑みを浮かべた。見ているこちらまで嬉しくなる表情だ。
つられて頬を緩めながら、俺も桃のパフェを一口。
桃の果肉が口のなかで蕩け、果汁が溢れ出し、生クリームと混ざり合う。
ああ……美味い。しみじみと美味い。
桃のパフェの美味しさに感動していると――
「涼太さん、あーん」
玲那がイチゴパフェを掬い、俺にスプーンを向けてきた。
俺はカチンと固まる。
「れ、玲那? これは?」
「美味しさのお裾分けです」
「いや、けど、これって、か、間接キスなんじゃ……」
「わたしとの間接キスは嫌ですか?」
玲那が眉を『八』の字にした。
ぐっ! いつもはグイグイ来るのに、急にしおらしくされたらギャップがたまらないんですけど!? 可愛すぎるんですけど!?
こんな不安げな顔をされたら、応じないわけにはいかない。羞恥に体を熱くしながら、俺は口を開ける。
「あ、あーん」
「はい、あーん」
不安げな顔を一転、幸せそうなものに変え、玲那がスプーンを俺の口に運ぶ。
ドキドキしながら、俺はパクリとスプーンを咥えた。
「美味しいですか?」
「お、おう、美味いな」
嘘だ。
頭が茹だりすぎて味なんてわかるはずがない。
「ふふっ、それはよかったです」
玲那がふわりと笑みを咲かせる。
恥ずかしくてたまらないし、味もちっともわからないけど、玲那が嬉しそうだし、まあいいか。