プロポーズは突然に――1
家族会議。
それは文字通り、家族全員での話し合い。一般的には、それぞれがクリアすべき課題を決め、クリアできたかを報告する場とされている。
しかし、緊急を要する問題が起きたときにも開かれるものだ。
たとえば、父親がリストラされたとき。
たとえば、母親が病気で倒れたとき。
たとえば、息子が不良行為に走ったとき。
たとえば、娘の援助交際が発覚したとき。
ほかにもいろいろなケースがあるが、「緊急家族会議を開きます」と言われたら、真っ先に問題が起きたと考え、身構えるだろう。
それは俺も同じだった。
高二に上がる直前。春休みの最中。相原家で緊急家族会議が開かれた。
相原家で家族会議が開かれるのははじめてだ。
実の母親とふたり暮らししていたときも、二年前に母さんが再婚し、父さんと玲那と暮らしはじめてからも、一度たりとも開かれていない。
そのため、父さんから「家族会議を開こう」と言われたときは何事かと思った。父さん、母さん、玲那、俺がダイニングに集合し、ダイニングテーブルを囲むなか、なにか悪い出来事があったのかと冷や冷やしていた。
だから、会議冒頭。玲那が放った一言は、完全に予想外のものだった。
「好きってわかってますよね? 結婚してください」
「…………ほへぇ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れてしまうくらいに。
隣に座っている玲那は、体ごとこちらを向き、かすかに頬を赤らめながら俺を見つめている。
一方俺は、完全なる思考停止状態に陥っていた。緊急家族会議に対する緊張は、突然のプロポーズで吹っ飛んでいる。
たっぷり二〇秒は呆け、ようやく脳が再起動した俺は、玲那の発言を思い返し、精査する。
そして俺はこう結論付けた。
きっと疲れていたんだ。玲那がプロポーズしてきたと聞き違いするくら――
「言っておきますが聞き違いではありません。わたしはちゃんと、お兄ちゃんにプロポーズしましたよ」
どうしよう? 聞き違いじゃないみたいだ。
というか、さらっと心を読まないでくれませんか? 玲那さん。
「えっと……つまり、玲那は俺と夫婦になりたいと?」
「それ以外にどんな意味がありますか?」
「ゲームのアバター同士で――とかいうオチはない?」
「オチはありません。三次元のお話です。その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、お兄ちゃんを愛し、お兄ちゃんを敬い、お兄ちゃんを慰め、お兄ちゃんを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますという意味です」
どうしよう? 誓われちゃったんだが。
もはや疑いようもない。どうやら俺は玲那にプロポーズされたらしい。デートとかお付き合いとか同棲とか、もろもろ全部すっ飛ばして、いきなり夫婦になりたいらしい。
ツッコみどころがありすぎて脳の処理速度が追いつかないが、とりあえず俺が口にするべき言葉はこれだろう。
「玲那。俺たちは兄妹だぞ?」
そう。俺と玲那は兄妹だ。一般的に、兄妹同士で結婚することはタブー視されている。それ以前に、恋愛すること自体が非常識だ。
半眼で指摘するが、玲那は堪えない。
「お兄ちゃん。わたしたちは血が繋がっていませんよね?」
「そ、その通りだが、常識的に考えておかしくないか?」
「たしかに常識的ではありません。ですが違法でもありません。最近ではLGBTが認められつつあります。愛のかたちは多様化しているんです。兄妹同士の恋愛も解禁されてしかりと思いませんか?」
俺は深く深く溜息をついた。
説得は困難を極めそうだ。玲那の考えは、予想の斜め上をスペースシャトル以上のスピードで突っ走っているらしい。
渋い顔をする俺に、玲那は追撃を食らわせる。
「わたしは本気です。お兄ちゃんは気づいているでしょう? わたしがどれだけお兄ちゃんを愛しているかに」
玲那の真っ直ぐな目から逃れるため、俺は視線を逸らす。
もちろん気づいていた。
当然だろう。ことあるごとにハグされてきたし、手を繋ぐどころか恋人繋ぎまでしてきたし、頻繁にあーんをされたりせがまれたりしてきたし。これで好かれてなかったら人間不信になるレベルのスキンシップを繰り返されてきたのだから。
「むぐぐぐ……」と唸る俺に、しびれを切らしたのか、玲那がズイッと身を乗り出し、顔を近づけてきた。
「ですからお兄ちゃん! 諦めて結婚してください!」
「おおお落ち着け、玲那! 顔が近い!」
世界三大美女に加えられてもおかしくないほどの美貌が急接近してきて、俺の心臓がロックバンドのドラムより激しくビートを刻む。
鼓動を落ち着けるべく一旦深呼吸。
この場で玲那を説得するのは無理と考え、俺は次なる手に出た。
「いいか、玲那? 日本では一八歳以上じゃないと結婚できない。そもそもにおいて、俺とお前が結婚するのは法律的に不可能なんだ」
問題の先送り。
全然まったくこれっぽっちも解決していないが、一八歳になるまでには時間的猶予がある。そのあいだに玲那を説得できれば大丈夫だろう。
だが、そんな浅はかな俺の作戦は、玲那に見透かされていたらしい。
「忘れたんですか、お兄ちゃん? 今日、『少子化対策法』が施行されました。つまり、今日からは一六歳以上なら誰でも結婚できるんです!」
それどころか先回りされていた。事前対策はバッチリだった。
『少子化対策法』とは、『結婚可能年齢を男女ともに一六歳以上とする』法律だ。『子どもの数に応じて補助金を支給する』制度もセットになっている。
法案が提出された時点から、「中高生の性が乱れる」とか「望まれない妊娠が増える」とか「エロゲ法案」とか、批判されたり揶揄されたりしまくったが、少子高齢化の加速によって社会保障給付費が増え続け、『一人の現役世代が一人の高齢者を支える』必要が出てきたために可決。先月末に公布された。
プロポーズの衝撃ですっかり忘れていたが、施行日はたしかに今日。俺と玲那は結婚できてしまうのだ。
に、逃げ道が塞がれている……!
相当入念に準備してきたのだろう。俺がどれだけ理屈をこねようと、玲那に論破される未来しか見えない。
もはや、玲那との結婚は不可避か……!?
諦めかけたそのとき――
いや、待て!
俺は思い至った。家族会議が開かれた意図に、だ。
そうか! 父さんと母さんは玲那の狙いに気づいていたんだ! だからこそ家族会議を開き、家族全員で玲那の暴走を止めようと考えたんだ!
希望の光が差した。
俺はダイニングテーブルの対面に座る、父さんと母さんに意見を仰ぐ。
「父さん! 母さん! 玲那になにか言ってくれ!」
父さんと母さんが頷き、口を開いた。
「よく勇気を振り絞ってくれた。頑張ったね、玲那」
「お母さん、嬉しいわ! 涼太のことよろしくね、玲那ちゃん!」
「…………ほへぇ?」
再び素っ頓狂な声が漏れた。
あっれぇー? おかしいぞ? 玲那を止めるんじゃないの? 応援しちゃうの? 父さんも母さんも常識人のはずなんだけど?
俺が大混乱に見舞われていると、年齢の割に若々しい見た目をした、焦げ茶セミロングストレートの俺の実母――相原春美が、ニヤニヤ笑いを向けてきた。
「幸せ者ねぇ、涼太。こんなに可愛い子に好かれて。いい? 玲那ちゃんほどあんたを想ってくれてる子はいないの。逃したら絶対後悔するわよ?」
「私からもお願いするよ、涼太」
母さんの隣に座っている俺の義父――相原清司が、四角いメガネの奥にある、玲那と同じ黒色の目を優しく細める。
「玲那が心を開いたひとは、私と春美さんを除いてきみしかいない。きみになら玲那を任せられる」
「あたしに心を開いてくれたのも、涼太がいてくれたからだものね」
「と、父さんも母さんも、俺と玲那の結婚に賛成している……のか?」
「「大賛成よ(だよ)」」
父さんと母さんが揃ってニッコリ。俺はひとり口をあんぐり。
う、嘘だろ!? 賛成なのかよ!? じゃあ、この家族会議はなんのために――
そこで、俺は最悪の可能性に行き着いた。
ま、まさか……説得するのは玲那じゃなくて俺!? 玲那のプロポーズに反発するであろう俺を追い詰めるために、この家族会議は開かれたのか!?
青ざめた顔で玲那を見やる。
玲那が慎ましい胸を自慢げに張り、ドヤ顔をした。
すべてお前の手のひらの上かぁああああああああああああああああああああ!!
やっとわかった! 玲那はプロポーズを成功させるため、少子化対策法が公布されたときから――いや、おそらくは法案が提出されたときから策を練っていたんだ! 父さんと母さんに根回しして、俺が逃げられない状況を作り、確実に仕留めようと企んでいたんだ!
頭脳の無駄遣いすぎるだろ! 思惑通りになっちゃったんだけどさ!
愕然としている俺に、玲那が満面の笑みを見せた。
「さあ、お兄ちゃん! わたしと結婚しましょう! 『はい』か『イエス』で答えてください!」
「拒否権がないなあ!!」