休日はもちろんふたりで――2
玲那は、頭脳明晰で運動神経抜群の『深窓の令嬢』。
一方の俺は、運動こそできるが勉強は並程度の『平凡な学生』。
正直、釣り合ってないと思う。玲那の夫として、俺はあまりにも能力不足なんじゃないかと。
「俺は玲那よりずっと劣っている。だからこそ、少しでもお前の役に立ちたいんだよ」
「……お兄ちゃんの言い分はわかりました。ただ、ひとつだけいいですか?」
俺の話を黙って聞いていた玲那が、ウーロン茶のグラスを静かに置いた。
美しい玲那の顔が、悲しげに歪む。
「自分を卑下するのだけはやめてください。お兄ちゃんはわたしの恩人です。誰よりも大切で、誰よりも頼りになるひとなんです。たとえお兄ちゃん自身であろうとも、わたしの大好きなひとを悪く言うのはやめてください」
落ち込んでいる俺よりも、励ましている玲那のほうがよっぽど辛そうだった。
涙で潤んだ玲那の瞳に、俺の胸が軋む。
そうだよな。自虐ってのは、自分で自分をいじめる行為だ。玲那は俺を大切に想ってくれている。その俺を苦しめているんだから、本人であっても許せないよな。俺も、玲那が自分をいじめていたら、同じことを言ったと思うよ。
潤んだ瞳を見つめ返し、俺は小さく頭を下げた。
「悪かった。もう、卑屈になんてならない」
「! はい!」
悲痛そうだった玲那の顔が、パアッと明るさを取り戻す。
「言っておきますけど、お兄ちゃんはお兄ちゃんが考えているよりずっとスゴいひとなんですからね! 自信を持っていいんです! 無問題です!」
肩の辺りで両手をグーにして、玲那が眩しい笑顔を咲かせた。
ヒマワリみたいな笑顔に、俺は救われた気分になる。抱えていた劣等感を優しく解かれ、俺の頬が自然と緩んだ。
「ありがとうな」と口にして、俺は話を戻す。
「俺は玲那の力になりたい。玲那が、俺の力になってくれているように」
「その気持ちはわかります。大切なひとの力になれるのは、なによりも嬉しいことですからね」
玲那が柔らかく微笑み、「では、こうしませんか?」と人差し指を立てた。
「今度から買い出しにはふたりで行きましょう。手伝ってほしいのですが、お願いできますか?」
「ああ。荷物持ちは任せてくれ。これでも体力はあるからな」
力こぶを作ってドヤ顔を浮かべてみせると、玲那がクスクスと笑みをこぼす。
先ほどの暗い空気感は食卓から消えていた。玲那のおかげで前向きになれた俺は、もうひとつ提案する。
「できれば洗濯も分担制にしたいんだが、どうだろう?」
「なっ!?」
なぜか玲那が絶句した。
謎の反応を訝しみながら、俺は理由を伝える。
「俺たちは兄妹だし夫婦でもある。けど、恥ずかしくないか? 自分の服を好きなひとに洗ってもらうのって。だからさ? 洗濯は別々に――」
「ダ、ダメです! 絶対絶対ぜ~~~~ったいダメ!」
玲那の大声が俺の話を遮った。
勢いよく身を乗りだし、玲那が両腕でバッテンを作る。猛反対らしい。
過剰なまでのリアクションに、俺は目を白黒させた。
「そ、そんなに嫌か!? 玲那の負担も減って一石二鳥だと思うんだが……」
「とんでもないです! 洗濯はどうかわたしに任せてください! お願いです! なんでもしますから!」
「女の子が『なんでもします』なんて軽々しく口にするな! てか、なんでそんなに必死なんだよ?」
「必死にもなりますよ!」
玲那が両手を握りしめ、力強く訴える。
「分担制にしたら、お兄ちゃんの服をクンカクンカできなくなるじゃないですか!」
「…………は?」
今度は俺が絶句する番だった。
「お兄ちゃん成分の補充にはハスハスクンカクンカが欠かせません! 洗濯を別々にするなんて言語道断です!」
顔を真っ赤にして、眉をつり上げて、玲那が両手をブンブンと振り回す。
俺はこめかみを押さえ、頬をピクピクさせた。
「つまりお前は、俺の服や下着の臭いを密かに嗅いでいたってことか?」
「――――あ」
パッと、玲那が両手で口を覆う。「失言でした!」と言わんばかりのベタなリアクション。俺の洗濯物の臭いを嗅いでいることは秘密にしておきたかったんだろうけど、興奮のあまり口が滑ってしまったようだ。
「ええっと……」と口ごもり、玲那が視線を右往左往させ、話を誤魔化すようにわざとらしい笑みを作った。
「お、お兄ちゃんもクンカクンカしまかす? わたしの服」
「するか、ドアホ!! これから洗濯は分担制だ!!」
「ええぇええええええええええええええええええっ!? そ、そんな! 酷いです! 横暴です! これは弾圧です! クンカクンカの自由を主張します!!」
「認めん! 相原夫妻家長権限により否決します!!」
「お兄ちゃんの独裁者ぁ――――――――――――――――――――っ!!」
ダイニングに玲那の叫びが響き渡る。
クンカクンカの是非を問うクソくだらない討論は、それから一時間以上も続いた。