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47.王子の邂逅

 ユーグ様の言葉に、辺りはしんと静まり返った。フィリベルト王子も口を閉ざし、信じられないといった顔でユーグ様を見つめている。


 いつも穏やかなユーグ様と、決闘という言葉がうまく結びつかずにぽかんとしていると、ユーグ様はさらに驚くべき言葉を続けた。


「私はユーグ、リエルの王子です。相手にとって不足はないでしょう?」


 フィリベルト王子が大きく目を見開き、ユーグ様を凝視する。何故かユーグ様は、とても楽しそうに笑っていた。


「あなたにとって我がリエル王国は敵でしかないのでしょう。あなたが私たちを敵視するのも仕方がないと、そう思います。ですが」


 ゆったりと落ち着いて語るユーグ様に、みな引き込まれていた。ユーグ様は王者の貫禄のようなものを見せつけながら、そっと私を守るように腕を伸ばす。


「彼女を愚弄することだけは許せません」


 思わずユーグ様を見つめると、彼も微笑みながらこちらを見返した。鮮やかな青い瞳が、こんな場には似つかわしくない優しい光をたたえている。


 そうやって見つめ合う私たちに向かって、フィリベルト王子が低くねちっこい声で言い放つ。


「ああなるほど、ようやく得心がいった。ロザリー、お前はリエルの王子を篭絡したのだな。お前が死の呪いから逃げ切れたのも、おそらくはその男のお陰ということか」


 相変わらずフィリベルト王子の顔には怒りが浮かんだままだったというのに、何故かその声はひどく楽しげだった。


「分かった。お前の申し出を受けてやろう、リエルの王子よ」


 笑顔でにらみ合う二人の王子を止められる者は、誰もいなかった。




 そうして私たちは、王宮の中庭に場所を移していた。あの日、あのお茶会が開かれていた場所。私がフィリベルト王子に平手打ちを食らわせてしまった、まさにその場所だった。


 中央にはユーグ様とフィリベルト王子が離れて立ち、私たちは彼らを遠巻きに見ていた。ジネットが私の右側に立ち、しっかりと私の腕をつかんでいる。


「ねえジネット、いいの……?」


 小声でそう尋ねると、彼女はユーグ様から目を離さずに答えた。


「良くはないけれど、ああなったらもう止められないわ。ユーグ様、本気で怒ってるから」


 彼女の目線の先に立っているユーグ様は、いつも通り穏やかに微笑んでいる。ただ、その青い目にはどこか剣呑な光が宿っているように思えた。


「本気で怒ると、逆に冷静になるのよね……子供の頃からそうだったわ」


 そう言いながら、彼女は私の腕をつかんでいる手に力を込めた。


「ユーグ様の身に危険が及びそうになったら、すぐに私が割って入るわ。でもそれまでは、あなたのことを守る。何があるか、分からないから」


「大丈夫ですよ、俺たちもいますから」


 左側から、レミが声をかけてきた。彼とリエルの兵士たちも、油断なく周囲に目を配っている。


「これより、古き作法にのっとりデルトの王子フィリベルトとリエルの王子ユーグによる決闘を始める。いずれかが武器を取り落とすか、降参するか、あるいは戦えなくなった時点で決着がついたものとする」


 中庭の向こう側から、陛下の声がする。決闘の見届け人として、大急ぎで呼ばれてきたのだ。その顔は、先ほど話した時よりもさらに苦しげで、寂しそうだった。


 陛下の言葉が終わると同時に、向かい合っていた二人が武器を構える。ユーグ様は緩く湾曲した細身の剣を片手で抜き、フィリベルト王子はまっすぐな幅広の剣を両手で握った。


 広い中庭がしんと静まり返る。二人は剣を手に、微動だにせずじっとにらみ合っていた。


 針一本落としても聞こえそうな静寂が、突然破られる。私の目には、二人が同時に動き出したように見えた。


 ユーグ様がまるで舞うように、軽やかに剣を繰り出している。フィリベルト王子はそれを自分の剣で受け止めると、大きく上から振りかぶった。明らかに、殺気のこもった一撃だった。ユーグ様は危なげない動きで、その攻撃をかわす。


 口に手を当てて、悲鳴を飲み込んだ。ユーグ様の気を散らさないように。


 ジネットは難しい顔をしていたが、ユーグ様を止めることはなかった。つまり彼女は、ユーグ様が勝てると踏んでいるのだろう。でも、万が一ということもある。せめて彼が戦いに集中できるよう、おとなしくしていなくては。


 そう自分に言い聞かせたが、どうにも恐ろしくてたまらなかった。ユーグ様にもしものことがあったらどうしよう、そんな考えが頭から離れない。恐怖に耐えきれず、ついに目を伏せた。


「……大丈夫よ。ユーグ様は、あんな男に負けるほど軟弱じゃないから」


 私の動揺が伝わったのか、ジネットが小声でささやいてくる。その声は、いつも通りの明るいものだった。そのことに少しだけ安心しながら、もう一度前を見る。


 その間にも、二人の戦いは続いていた。交互に繰り出す攻撃を受け止め、かわし、そして反撃に移る。まるで打ち合わせでもしているのかと思ってしまいそうになるくらい、息の合った動きだった。


 思わず見とれそうになった時、二人の動きに狂いが生じる。私にもはっきりと分かるほど、ユーグ様が体勢を崩したのだ。


 フィリベルト王子の顔に醜い笑みが浮かぶのが見える。とっさに飛び出していこうとしたが、ジネットが私の腕をつかんだまま放してくれない。どうしてなの、ユーグ様が危ないのに。


 きっとそれは、一瞬のことだったのだろう。けれど私には、ひどく長い時間のように思われた。


 無防備になったユーグ様の頭めがけて、フィリベルト王子の剣が振り下ろされる。けれど次の瞬間、ユーグ様の姿はそこにはなかった。彼はかがみこんだ姿勢から大きく横に飛んで、頭上に迫りくる剣をかわしたのだ。フィリベルト王子の剣が敷石にぶつかる甲高い音が響く。


 ユーグ様はくるりと身をひるがえし、フィリベルト王子の手元めがけて蹴りを放つ。全力で剣を振り下ろした直後の王子はとっさにかわすこともできなかったのか、蹴りをまともに食らってよろめいた。その手が、剣から離れる。


 あまりの速さに、悲鳴を上げる暇すらなかった。ユーグ様はフィリベルト王子の剣を蹴り飛ばして遠くにやると、そのまま自分の剣を王子の首元にあてがったのだ。そうして二人は、ぴたりと動きを止める。


 中庭には、また恐ろしいほどの静寂が満ちていた。


「……そこまで。この勝負、リエルの王子ユーグの勝利とする」


 陛下の言葉が響き、張り詰めていた空気が緩む。ジネットが私の腕を離してくれたので、そのままユーグ様の方に歩み寄った。一刻も早く、彼の無事を確かめたかった。


 フィリベルト王子は力なく石畳に座り込んだまま、顔を伏せている。ユーグ様は剣を鞘に収め、こちらに向き直った。その青い目は、いつもと変わらない優しい光をたたえている。


 ユーグ様に声をかけようとした時、フィリベルト王子の手がすっと動いた。その手の中で、何かが光っている。


 それが何なのか理解した瞬間、私は全力で駆け出していた。ユーグ様とフィリベルト王子の間に、自分の体を滑り込ませる。


 乾いた音を立てて、小ぶりのナイフが落ちる。その刃は、血に染まっていた。

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